第17話 根神先輩
わたしたちは卓に移動して、メンバーと挨拶を交わした。
「あ、川上おひさ~!」
「ご無沙汰してまーす」
根神先輩は卓の一角にでーんと構えていた。
彼と会うのは夏の即売会以来、約八ヶ月ぶりだった。
八ヶ月で驚くほど老け込んでいた。白髪が増え、丸い顔がたるんでいた。十年前はどちらかと言えばハンサムなほうだったのだけど。どんどん太っていまでは身長175センチのクマさんと化していた。
「やあなつみん、元気してた~?」
「まあまあっす」
「会社辞めたんだって?なつみんもいよいよ同人で食ってく覚悟決めたって?」
「いやそーいうわけでは……」
相変わらずのようだ。
彼とは一度、イベントに出掛けた。大学時代、まだわたしが純真な乙女だった頃の話だ。
推し声優を生で拝める、というので釣られてしまったのよね……。
イベントが終わり、一緒に食事もした。そのあたりになるとわたしもようやく彼の妙な挙動が気になりだしていた。わたしもオタクではあるけれど、根神先輩は普段よりさらにキョドっていた。
だんだん腰が引けてきたわたしは、とにかく夜も遅いので――とその場を辞することにした……駅のホームに着いてホッとしたものの、別れる瀬戸際、彼は突然わたしの手を取って、甲にキスしようとした。
わたしは驚いて、かなり取り乱していたので、無言で後じさり、そのまま電車の車内に逃げ込んだ。
次に会ったとき、根神先輩はあの日のことなど起こらなかったように振る舞った。そしていまに至る。
わたしも彼も誰にも言ってないので、あの日の出来事は誰も知らない。
手前のひな壇に彼の売りものが陳列されてる。
異様に胸のでかい女の子のフィギュアが2体。つるぺた系の娘が一体。わたしの理解した限りではフィギュアそのものは市販品だけど、おっぱいの部分が売りものの「改造パーツ」なのだ。改造パーツはほかにもいくつかある……。
メンバーの人数の関係で2卓取っているけど、売りものは3冊だけなのでスペースは余っていた。おかげで彼は半分近く占領していた。古参なので仕方ない、という空気だった。
彼の隣には、少なくともアラフィフとおぼしき女性が座っていた。
(誰、この人……)
見たことない人だ。根神先輩も紹介しようとしない。
彼女はやや仏頂面で、何でこんな所にいるのか自分でも分からない、という雰囲気だ。わたしと目が合うとかろうじて笑顔を作り会釈した。しかし無言。
おかげでサークルの空気は妙な具合だった。
あとで確認したけど、メンバーの誰も彼女が誰か知らなかった。
やっと聞き出せたのは「売り子の手伝い」という一言だけ。良くも悪くも根神先輩の改造パーツは固定客がたくさんいて、開始直後に列ができる。わたしたちはなし崩し的に彼のお客さんをさばく手伝いをさせられる。
彼なりにそれを悪いと思ったのかもしれないが……。
しかしゆるいサークルとはいえ、誰も知らない人を卓の内側に招いて勝手に座らせるか!?
気がつくと卓の前はがら空きになっていた。サークルメンバーとサイファーくんはどこに行ったのか!?わたしは慌てて探した。
みんなはエントランスの向こう、廊下に出て自販機の前で賑やかに談笑していた。
「あっ来たなナツミ~」
みんなあきれた笑顔でわたしを見ている。お姉様たちの中心には、サイファーくんがいた。
「川上、よくやった!」
事実上のリーダーと目されてる伊藤さんがわたしの肩に手を置いて、言った。
「は?何がです?」
「見たでしょ?あの……」伊藤さんは卓のほうに手をひらひらさせた。「根神が連れてきたあの人さ!いったい何なのってみんなヒンシュクだったんだから。でもサイファーくんが来てくれたからわたしら一矢報えるよ!」
「えと、お話が見えないんですけれど……」
「サイファーくんが売り子手伝ってくれるそうだ!」
「え?」
「や~んコスプレ衣装用意しときゃ良かった!抜かったわ~」
「いいよねっペンシルヴェニアからやってきた王子様なんてさっ!」
それ国じゃなくね?だいたいバイエルン国っていったよね?わたし。
まいっか。
そうしてサイファーくんの社交デビューは軟着陸を果たしたのであった。
ひとつだけ実感したとすれば、
イケメンは正義、ってことね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます