第3話 同棲……しちゃっていいすか?

 勇者サイファーくんが現れて2時間が経過した。


 わたしの【常識】が「通報しろ!」としきりに訴えかけてる。「ナツミちゃん、このままずるずる現状維持なんて許されるわけないよ!?」


 わたしたちはこたつに足をツッコんで話を続けた。

 「温かい」

 「そう、よかった」

 彼は不思議そうに布団をめくった。

 「見たところ火鉢もないが、どういう仕掛けなのだろう?」

 「えーと、電気、かな?」

 「電気ってなんだ?」

 「雷とか、ピカッと光るアレみたいなやつ……かな?」

 彼は考え深げにうなずいた。

 「バァルではそんなものを利用しているらしいが……魔法の類か?」

 「エ~……、魔法は使ってない、です」


 彼は頭上の電灯、それにテレビ、こたつの上のPCを順に見回した。

 「先ほどざっと街を見回ったが、どの家にもガラス窓がふんだんに使われている。立派な二階建て……もっと大きな四角い建物もあった。車輪をいくつも着けた乗り物が走っていたが、騾馬に引かれていない。薄汚れた路地もなく地面は煉瓦でも石でもない不思議な舗装がなされている。だいたい昼間から明かりを灯して……ここはたいへん裕福な街のようだ」

 「フツーの街ですけどねえ……」


そう言っているうちにポットのお湯が沸いた。わたしがティーバッグで紅茶を淹れる様子を凝視するサイファーくん。

 「この女は嘘を言ってないか?」とその表情が言っていた。

 わたしはなぜか焦りつつ、コンビニで買ってきたチーズケーキをお皿により分けた。サイファーくんはチーズケーキが収まってたビニール容器を取り上げてしげしげと眺めた。

 「透明だ……こんなに薄いのに紙でもない」

 「そんなの気にしないで」わたしは容器を取り上げてゴミ箱に放り込んだ。

 「捨ててしまうのか!?」

 「貴重品じゃないから。さ、お茶を召し上がって」

 「……ありがとう、御馳走になる」


 紅茶とチーズケーキを嗜むあいだ沈黙が訪れた。彼のフォーク遣いはたいへん上品で、長い時間をかけてチーズケーキを食べた。終始淡々として美味しいかどうかは伺えしれない。


 「さて」わたしはポケットから巻物を取りだした。

 サイファーくんがそれを見て顔をしかめた。

 「それを開けてしまったんだな」

 わたしはぎくりとした。

 「え?まずかった……?」

 「多少面倒なことになるかもしれない。あいつらは狡いんだ。封印を解いてしまうと、ある程度契約に縛られる……」


  先に……言って欲しかったです。


 「そ、それじゃわたしが「お世話係」って、なにか法的に縛られた契約交わしたってことなの?」

 「たいへん申し訳ないが」

 「ああの、それっていつまで……?」

 「俺の出番がまた巡ってくるまでかな」

 「あなたの、出番……?」

 彼が現れたときのことを思いだした。あの傷。

 「だれかに刺されたの?その……」わたしは胸のあたりを指さした。

 「知らないほうがいい」

 「そうですか……」

 サイファーくんは気まずそうに顔を背けた。

 「討伐に失敗した、とだけ言っておこう……成功すれば俺は因果律から解放されるはずだった。色々あってややこしい事態に巻き込まれているのだ。あなたが知れば巻き込んでしまうかもしれない。知らないほうがいいんだ」

 「そう……なんだ」


 サイファーくんは立ち上がった。窓によって外を眺めた。

 「ここは平和そうだ。俺の魔力が戻るまでしばらくご厄介になりたいのだが……差し支えあるだろうか?」

 「ううん、ないよ」わたしは答えたけど、やや性急だったかもしれない。ていうかなんも考えず即答してた。

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