第2話 お世話ですと!?

 彼は30分くらいで戻ってきた。

 玄関ドアがガチャリとあいて彼が姿を現すと、わたしは慌てて制止した。


 「ちょっと待った!ブーツ脱いでから!」

 「あ~……このあたりはそうするのか」


 彼が座り込んでブーツのヒモを解き始めた。わたしはやや間の悪い思いをしつつ、スリッパを用意した。それとタオルも。

 「もう、びしょ濡れじゃないの」

 わたしは彼の頭をごしごしした。

 「ありがとう」彼はすぐにタオルに手をかけ、自分で拭き始めた。衣服も濡れていたため、半日お砂遊びをした子供かわんこのニオイがした。


 「え~……ちょっとさあ、着替えたほうが、良くない?」

 「着替えはキャンプに置いてきてしまったようだ」

 「……ああ、そうなんだ。それじゃとりあえず……し、シャワー浴びない?」

 「それはいいな。用意していただけるのか?」


 それで彼を家に上げると、浴室に案内した。

 途方に暮れているようだ。

 「えーとね……まずシャワー。ここ捻るとお湯が出るから」

 シャワーを出してみせると、彼は眼を丸くした。

 「お湯が使えるのか!これはこれは」

 「服はこのカゴに入れてね。洗濯するから」

 「洗濯なら自分でできるからお構いなく」

 「いいからゆっくりしてて……これタオル。それから、と……」


 クロゼットからTシャツとジーンズを取り出してもうひとつのカゴに置いた。わたしの服だが体格はほとんど同じなので、なんとか履けるだろう。

  「これに着替えて、しばらくお部屋でじっとしててね。わたしはちょっと出掛けてくる」



 わたしは室内の濃すぎる空気から押し出されるようによろめき出た。

 階段を下りて傘を差す。

 さっき彼が駆けていった方向に路地をとぼとぼ歩いた。雨は少し弱まっていた。

 視線が気になる。


 わたしの部屋に男の子が突然出現した、なんてことは誰も知らないはず……彼が窓から飛び出したときも目撃者の気配はなかった。

 だから……いつもと変わらない日常のはずだ。

 なのにわたしは身体が麻痺したようにぎくしゃくした足取りで、夢うつつのまま歩き続けた。角を曲がって鉄道沿いの二車線道路を駅のほうに向かった。コンビニとコインランドリーに行くのだ。


 無人のランドリーで彼の衣服をいそいそと洗濯機に突っ込んだ。うちにも洗濯機はあるけど、頭の回路がどうかしてすぐ乾かさねばならぬと判断したため、乾燥機のあるランドリーに来た……らしい。

 男物……生々しくて耳まで真っ赤になってるかも。

 あらためて見ると、ズボンは木綿のようだ。洗濯機かけても大丈夫なんだっけ?

 血のついたシャツは破けてもうダメそうだったし、裂ける前からぼろっちかった。元は絹の上等なシャツだったのだろうが、何日も着の身着のままで過ごしたらしい。それは洗濯をあきらめ、畳んだ。

 (服を揃えなきゃなあ……)

 なかなか困難なミッションに思えた。男物の服を買うなんて、初めて。姪っ子にミッキーのチビTを買うのとは分けが違う。


 (そうだ、とりあえずオフで古着を漁ってみよう。それと下着はドラッグストアで買えるはず……サイズは……彼はわたしと同じくらいの背丈だったからまあなんとかなる、はず)

 だけどコンビニに着いたわたしは相変わらずぼんやりしていた。お菓子を物色しながら(いや、今それじゃなかろう)と何度か考え直したのだけど、結局買ったのはチーズケーキと健康ドリンク。


 アホの子かな?


 ぼーっとしたままリサイクルショップにワープしていた。

 Tシャツとワイシャツ、それにスウェット上下、靴は……あとで靴屋さんに行って新品を買おう。とりあえずサンダルを買ってしばらく我慢して貰おう。あの編み上げブーツよりマシだ。

 ラッパーが履くような幅広の半ズボンを取って眺めた。

 履かせてみたい……

わたしは首を振ってズボンを戻した。そういうのはまたあとでね。


 コインランドリーにとって返し、洗い上がった彼の服を乾燥機に入れた。十五分後、衣服を回収してアパートに足を向けた。

 1時間ちょっと留守にしていて、急に心配になった。

 (彼……まだいるのかな)

 居なくなってたらとんだ間抜けだ。もう片手いっぱい無駄な買い物している。

 そもそもいったい彼は誰なんだ!?

 あの巻物に勇者様とか書いてなかったか?

 なにが起こってるのよ!?


 ドアをそっと開けると、キッチンの向こうに彼の後ろ姿が見えた。こたつに入っている。

 わたしはちょっとホッとしたことと思う。

彼が振り向いて、こたつから足を出して改まった態度で正座した。

 「た、ただいま~」

 わたしはいままで言ったことのない言葉を使い、家に上がった。

 彼は言いつけどおりジーンズとTシャツに着替えていた。肩にタオルを掛けていて、長めの赤毛はまだ濡れている。

 「エッと……お風呂は使ったのね」

 「おかげでサッパリした」

 ほんのり、ボティソープの香りがする。

 「なにか食べる?」

 「かたじけない。しかしそのまえに、お互い自己紹介すべきだろう」

 「あ、そうね」

 わたしは彼の前に座った。

 「わたしは川上ナツミ……え~……あなたのお世話係、みたい、です」

 それで、彼は驚くべき素性を明かした。


 「わが名はサイファー・デス・ギャランハルト。生まれはアルトカペラン城市。魔導傭兵を生業とする。カワゴエのカワカミどの、このたびは宿を提供いただき誠に感謝している」


 えーと、

 どこからツッ込むべき?

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