歴史を先取りする少年

 食べ比べの結果、味は予想通り下総産が一番美味しかったけど、他領でもそれなりの収穫が見込めるようだ。


 元々昆陽先生は救荒食としての栽培を推進していたから、気温の低い東北地方は別にして、甲斐でも武蔵でも下総でも、それなりに栽培出来ることが分かったのがまずは重要。


 取り急ぎ自分たちの腹を満たすためという目的でも、植えてもらわなければ飢饉対策にはならないからね。


「しかし今は甘藷の需要が多いとは言えません。飢饉の時には役に立つでしょうが、平時にあってはこれを米の代わりに植えると困ることが一つ……」

「(パリパリ……)売値か」

「左様にございます」


 米は皆が食べ、需要があるからこそ各地で生産・流通・売買されており、ゆえに飢饉で供給が滞ればたちまち価格が釣り上がるが、甘藷はそもそも今は需要の無い食べ物なのだから、取引しようにも買値が付かないおそれがある。


 つまり現状、米に代わって武士の暮らしを支える作物とはなり得ないのだ。


 飢饉で食べるものが無いときは、人々も贅沢は言っていられないだろうけど、そうなると米が無いから仕方なく食べるものというイメージが定着してしまいそうで怖い。


 なんでそう考えたかと言うと、未来で生きていたときの俺の婆ちゃんが、芋大嫌いだったんだよね。


 それは太平洋戦争中に米が無くて、毎日それしか食べられなかったときの辛い記憶が蘇って嫌だというのが理由らしくて、それと同じ事になると思ったから。


 そうなると甘藷栽培に先は無い。下手をすれば飢饉が終わった後に、現金化のために再び米に植え替えるなんてところも出てくるだろう。しかし、未来を知る俺はこの先飢饉が定期的に発生することを知っているから、そんな愚策はやってほしくない。


 それを防ぐためには……


「植えてもらうには、それに見合う需要を生み出すことが肝要なのです」

「(パリパリ……)たしかにな。売っても金にならぬ物を育てる大名はおらんだろう」

「(ポリポリ……)そのために色々と調理法を考案したということか」

「御意。庶民の手の届くものから、大名や豪商でなければ食べられぬ高級品まで、甘藷の調理法が融通無碍で、かつ美味しいということを知ってもらう必要があります」


 当然食わず嫌いの者は現れるだろう。例えばみたいに。あの人は弟が嫌いだからという理由だったけど、芋を野暮の象徴みたいに言う人もいるから、万人受けするとは思っていない。


 だが、ハナから米の代替品として使われるよりはいい。それに普段から取引される野菜の一つに入るのであれば、年貢として取り立てる大名や旗本も収益化という意味で少しは安心出来るというものだ。


「(パリパリ……)して、余は何をすればよい」

「(ポリポリ……)父上に頼めば百人力ぞ」

「父上も兄上も食べ過ぎでございます(パリポリ……)」


 パリポリうるせえな。一回手を止めてもらえませんかね……?


「おお、すまんすまん。なんだかクセになってやめられん(パリパリ……)」

「まこと、止まりませぬ(ポリポリ……)」


 かっ◯えびせんじゃないんだからさあ……似たようなものだけど。


「(パリポリ……)手が油まみれじゃ……」


 だから賢丸様も一回止めなさい。


 話が長くなると思い、夜食代わりではないが切り芋の素揚げに塩をまぶしたもの、要はポテチを用意したのだが、三人は話半分でそちらに夢中になってしまっている。


 俺が食いたくて厚切りポテトにして作ってもらったのに……




「では……改めて話を聞こう」

「……されば話を元に戻しますが、市中にて焼き芋を売る許可を町奉行に」

「そなたが売ると申すか」

「いや、部屋住とはいえ武士が商いを始めるは、いささかよろしくありません」


 この時代、武士が商いを行うのは卑しいとされている。


 本来は為政者が金に執着すると腐敗の元になるから避けるべきという清廉な考えだったのだが、いつしか金持ち商人への嫉妬混じりでそういうことになってしまったようだ。


 しかしそう考える者が少なくない今、俺が直接手を下して悪評が流れてしまうと、初手で躓くことになるのでそれは避けたい。


「では誰が売る?」

「木戸番……はいかがかと」


 木戸とは江戸市中の町と町の境に設けられた門のことであり、夜はこれを閉じ、通る者の素性を改める。不審者を町内に侵入させないための自警設備であり、その番人が木戸番。別名番太郎とも言い、彼らが詰める小屋を番小屋という。


 その収入は町内に住む者から集めた、町会費のようなものから給金として支給されるが、額は非常に少なく、そのため番小屋で駄菓子や雑貨品を売るなどして生活の糧としていた。未来で言うコンビニのはしりかもしれない。固定店舗みたいなものなので、かまどを置いて焼き芋を売るには最適である。


「しかしそれなら普通の商家でもよいのでは。なぜ番小屋なのだ」

「火を扱うからであろう、のう安十郎」

「ご賢察恐れ入ります」


 火の見櫓は木戸の側にあり、木戸番は火事の際半鐘を打つ役割もあった。また夜毎に拍子木を打って夜警もしたりして、自警消防団のような役割も担っていたから、火の取扱いを行う許可を得やすいと思う。


「焼き芋を庶民が手軽に買える物として普及させるには、各町内に必ず一つはあり、飯屋や商家のように暖簾をくぐらずとも買える番小屋の店先で売るのが一番かと」


 治察様も賢丸様もなるほどと納得されているが、それもこれも未来の知識があったから言えることなんだよね……


 焼き芋が庶民の味になり、甘藷が普通に食卓に上がるのは歴史が証明している。ただそれはもう少し先の話であり、今のところそれを予見している者は俺以外に誰もいない。なので先取りしようというわけだ。


「甘藷が安定して供給され、庶民でも手の届く価格で手に入れば……」

「焼き芋の味を知ったら売れるであろうな」

「して、何と称して売る? 焼き芋だと他の芋と区別が付かんな」

「焼き甘藷……語呂があまり良くないな」

「それについては腹案が。十三里、と命名したいと考えております」

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