なぜ冒険者パーティは全滅したのか? 『全滅事故調査官』アズサは、ギルドを追い出されても真実を暴く
くらげもてま
第1話 依頼人・少女ニニ
冒険者。それは人の世界を押し広げ、時に名誉を、時に財宝を、そして時にはその両方を手に入れる英雄たちを指す。
彼らは泥まみれの沼地を進み、毒虫の蠢く密林を駆け抜け、城ほどもある巨獣と切り結ぶ。そして酒場に帰り、めいめい武勇伝を語り合って歌をうたい刹那に生きるのである。
だが、それは切り取られた明るみにすぎない。現に、冒険者の平均寿命は三週間と言われている。新米冒険者に限ればそれはさらに縮まる。
アズサ・ヨナガの両親も冒険者だった。少なくとも一瞬は。王城での退屈な勤めに嫌気が差して冒険者になった。「今にアズサをお姫様にしてやるからな!」と言って出ていった一週間後、二人は死体になって戻ってきた。父は肩から上が無かった。反対に母は腰から下を噛みちぎられていた。素早く身元を確認できたのは、二人が肌見放さず持っていたアズサの似顔絵のおかげだった。どこで、どうしてそうなったのかは、今なお知らない。
二人の最期の時がわからないせいで、アズサは未だに両親の死に現実感がない。朝起きる度、全てが嫌な夢だったんじゃないかと思う。アズサは二人のために泣いたことが一度もない。
「何かの間違いです! この人が死ぬわけないんです! そんなのありえませんっ!」
だからアズサには、目の前で泣き崩れる女性の気持ちがわからない。
もちろん涙の理由はわかる。この女性の恋人はクエスト中に命を落とした。アズサがその遺骸を見つけたのだ。行方不明になってからまだ三日とたっていないのに全身の腐敗が酷く、左手薬指のリングがなければ故人を特定できなかっただろう。だが死因の特定は容易だった。
「死体の兆候と、強烈な溶解液で構成されるポイズン・ブロブの核が付近に放置されていた点から見て、死因はポイズン・ブロブとの戦闘中の負傷で間違いありません。このあたりでは珍しい危険な魔物です。相打ちになったのは本当に勇気ある、立派な最期だったと思います」
淡々とした口調で調査結果を伝えながらアズサは「しまったな」と思った。泣き崩れていた女性の顔が、今度はみるみる怒れる般若の形相に変わっていったからだ。殴られると思って歯を食いしばったが、喉を絞められたので無駄だった。
「あの人を返してよ! 何が立派な最期なの!? 私達結婚するはずだったのよ!? そんな危険な魔物がいるならなんで退治しないのよ! あの人はあんた達ギルドに殺されたんだ! この人殺し!」
女性の声の半分もアズサには届いていない。小柄な彼女の両足が宙に浮いてぱたぱたと虚しくもがく。童顔が紅潮し、空気を求めて痛々しくあえぐ。
もし冒険者ギルドの職員仲間達が女性を取り押さえなかったら、アズサはそのまま死んでいただろう。ばたむんと床に崩れ落ち、ぜーひゅーと弱々しく喘ぐ。なおも喚き続ける女性が外へとつまみ出されていく。
まただ――。
いつもこうだった。冒険者ギルド・クエスト下全滅事故調査官――通称事故調査官。アズサの仕事は冒険者稼業の暗闇を見つめることだ。夢破れ命を落とした冒険者たちが、どこで、なぜ、どうやって死んだのかを調査する。それが彼女の仕事。
だが最後はいつもこうなるのだ。「なぜ死んだのか?」という遺族の問いかけに答えるたび、いつもいつも傷ばかり増えていく。
「アズサ君は調査技術は一級品なんだがねえ……」
医務室で手当を受けていたアズサに、冒険者ギルド・クエスト下全滅事故調査室室長――アズサの上司が顔を出して、苦々しげにため息を吐いた。
「勿体ないお言葉です、室長」
「あのねえ、誉めてるんじゃないんだよ」
そうだったのか、とアズサは感心する。この中年の室長は一度も冒険に出ず政治だけで出生した男で、アズサとはものの伝える速度が180度違っていた。アズサは特に気にしていないが、自分と話す時の室長の目がなんとなく苛立っているのは気が付きつつあった。
「さっきのは、なんなんだい」
「遺族の方に調査結果をお伝えしました」
「ダメだろうあんな馬鹿正直に伝えたら。ご遺族の方はとても傷ついているんだ。もっと思いやりを持たなくちゃならない」
「思いやり……ですか……」
「そうだ。もっと当たり障りのない情報だけを伝えたら良いだろう」
「思いやりなら、正直に伝えることが思いやりです。 私は両親がどうやってクエスト中に死んだのか知りません。そのせいで未だに二人が死んだ実感がありません。たとえ辛くとも、遺族には包み隠さず全てをお伝えしたほうが良いと思います」
「君がどうしたいかは関係ないよ。大事なのはご遺族の方だ。遺族が真実を知る必要があるか? ない! 適当に隠蔽してやれば幸せに過ごせるだろうが!」
「私は告知を希望された方にしかお伝えしていません」
「口答えが多いな! あんな風に伝えたら遺族はどう思う! ギルドに対してどんな感情を持つ? ギルドは人々に夢と希望を配っているんだ、君の行動はギルドの印象も決めるんだと理解したまえ! 次からは何か聞かれても余計なことを答えてはダメだ、わかったな?」
アズサは頷いた。言いたいことはある。それでも、増えすぎた傷が上司の言葉の正しさを証明している気がした。
自分のやり方は間違ってるのか? 遺族は何も知らないほうが幸せなのだろうか。現実を知るのはただ辛いだけなのかもしれない。自分はそれを知らないから、痛みを理解できないだけなのかもしれない。
「ま、確かにおまえは言葉がきついよな。それはそれとしてあのジジイはムカつくけどな」
アズサがその話を伝えると、もしゃもしゃと骨付き肉を貪るリザード族の青年が鋭い牙をむき出して笑った。成人男性でも並ぶと小柄に見える彼らの巨体は、ただ笑うだけで地響きがするようだ。
「ムルルラグが死んだら、どこで、なんで、どうやって死んだのか、私は絶対に知りたいのに」
「勝手に殺すんじゃねえよ! ったく、ガキみたいな顔しておまえ平気でエグいこと言うよな」
「顔は関係ないから」
ムルルラグは慣れた調子でアップルジュースのジョッキを頼む。リザード族の鱗と鉤爪のある手から、アズサも当然とばかりに受け取って、ぐびぐびと黄金色のノンアルコールジュースを喉に流し込んでいく。
「けぷ……やっぱり私、間違ってるのかな。みんな大切な人の最期を知りたいはずだって、そう思ってたけど。本当はずっと酷いことをしてきたのかもしれない。知りたくもない真実を突きつけて……私、この仕事やめたほうがいいのかも……」
「それ、俺の前で言っても無駄だぜ。お得意先が減るような答えをすると思うか?」
「確かに」
アズサとムルルラグは良きビジネスパートナーだ。アズサは冒険者の死因を調べる訓練は受けているが、死体があるのは大抵が危険なダンジョンや密林。ムルルラグのように腕の立つ冒険者の助けがなければあっという間に二次災害だ。
「辛気臭え顔だな」
「なんなの。顔のことばっかし」
「ま、気の滅入る仕事だよな? 冒険者ってのはバカ共だが、バカなりに色々抱え込んでやってるからよ。その死に様ってのは壮絶だぜ。冒険者が引退を決める瞬間ってのは自分が死にかけたときよりむしろ、仲間の死を見た時だって言うからな。アズサはよくやってるだろ、マジで」
「どうしてみんな大切な人を残してまで冒険者をするんだろう。ムルルラグは怖くないの?」
「俺は身寄りとかいねえからな」
「いなくなったら私は困る」
「ふん、当然だぜ。他の連中は俺みたいにスタンプカードをくれねえからな? 十回ごとの無料依頼も無しだ」
鞄の中のスタンプカードをチラと確認すると、ちょうどデフォルメされたトカゲ……もといリザード族のスタンプが九個押されていた。死ぬにしてもスタンプが貯まりきってからにして欲しいな、とアズサは思った。
「ま、そんなに気にするならしばらく休業したらどうだ。考える時間ってのも必要だぜ。おまえいったい何連勤してんだよ?」
「たしか十六連勤くらい」
「はぁ!? おまえもう少し自分の体を労れよ! マジで死ぬぞ!?」
「しかたない。やるべきことが山積みだった。でも、休むのはいい案。ちょうど一区切りついたとこだし。温泉行って、ごちそう食べて、ごろごろして……悪くない」
「全滅事故の調査官が働き詰めってのも笑えねえ話だ」
ため息とおもむろに立ち上がり、少し伸びをしたアズサ。それでようやく腰掛けたムルルラグと同じ全長になる。その瞳に、二人よりさらに小さな影が映った。アズサの腰ほどしかない少女だった。
ふと、アズサは息を呑む。彼女は仕事柄、たくさんの滅びに触れてきた。たくさんの死に触れてきた。そういうものに出くわす時、肌がピリピリするような予兆がある。今、眼の前の少女から確かにその予兆がした。
「にいちゃが……」
転ぶのも気にせず駆けてきたのだろう。浅黒い肌、ふさふさした犬に似た耳が、土と擦り傷の血でぐしゃぐしゃに汚れている。コボルド族の少女だ。歌と踊りを愛し、いつも笑顔を絶やさない種族のはずが、今、食いしばった歯の根がちがちと震えている。そうしないと泣き喚いてしまうのを幼いながら理解しているのだ。
「にいちゃが死んじゃっだっ……」
とりあえず休暇はまだ取れそうにない。アズサは既に頭の中で湯気を立てていた温泉の栓を、そっと引き抜いた。
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