聖女創造
中村智一
第1話 ただ、幸せなだけ
うちのママは、とても優しい。
『未来、おいで』
いつも笑顔で、柔らかくって、温かい。
小さな私が寂しそうにしているとすぐに側に来てくれて、優しく抱きとめてくれたものだ。ママの胸に抱き寄せられた私は、けれどそれでも泣きぐずっていると、ママはそっと私の額にキスをして『おまじない』をかけてくれた。
ママのキスにはいろいろな意味がある。
悲しい気分を消してしまう『おまじないのキス』、おはようとおやすみの時にする『あいさつのキス』、そして、『あいしてる』のキス。
ママは小さな私にたくさんの愛を与えてくれた。
『こーら、未来。危ないって言ったでしょ』
それでいて、厳しくて、小さかった頃いたずら好きだった私はよくよく怒られていた。怒るのが苦手なママは、でも、その度に心を鬼にして叱ってくれた。
幼かった私は、幼ながらに、ママを怒らせないようにしなきゃと思っていたけれど、まあまあ、幼いのだからそんなにうまいことはいかず、結局はなにかしらしでかし、涙ながらに謝り、もしくは罰としてお尻を叩かれたりしたのも、今ではいい思い出。
普段は優しいママだけれど、その時ばかりは厳しい顔を貼り付けていたっけ。
それでいて、ママはかっこいい。
『やったよ未来!』
例えばスーパーでのお買い物の時。
卵の特売日。ママは私をおぶりながらたくさんの人がごった返していたその特設コーナーを颯爽と駆け抜けて、戦利品を勝ち取っていた。
ママは昔、バスケットボールをしていたらしい。
とはいえ、小学校の時、ほんの少しだけ。成長の早かったママはその時は背が高い方だったらしく、顧問の先生に勧められたらしかった。
だからか、テキパキと動いたり、駆け出したりするママは、どこかスポーツ選手のようで、顔つきもキリッとして見えたので、その時ばかりはかっこいいなと思うのだった。
ママは強い。そう、強いのだ。
私を産んだ時、ママはまだ13歳だったと知った私は本当に驚いた。
たしかに、よくよく思い出してみれば、ママはみんなのママよりも断然に若かった。でも、ママはママで、優しくて厳しくて強かったから、若いとか、若くないとか、当時の私にはよくわからなかった。
今ではママが若いということを自慢したい気持ちがあるのだけど、それは別に優れたことではないし、誇るべきことでもないよとママが言うので、あえて自分から友達に言ったりはしないのだけど、でも、やっぱり言いたいなという気持ちがある。
そんな、今の私よりもほんのすこしだけおとなだったママは私を産んで、たくさんの苦労をしてきたのだろうということを、私は知っている。もう、私だって立派な女の子だ。
パパがいないことを、まったく、これっぽっちも寂しいとは思わなくて。
でも、寂しいと思わないことが、本当はすごいことなんだなということに気づけるくらいに、私はおとなになったのだ。
そんな、若くて、強くて、優しくて、かっこいいママが泣いているところを、私はほんの2回しか見たことがない。
ママは常日頃から「ママは泣かないよ」と言っていた。
泣き虫の私とは大違い。やはり強くて、かっこいいママ。でも、私はその泣き顔を2回見た。けれど、そのどちらもが悲しいものではなかった。
その原因はママにパパができたこと。
パパはママよりもひとつ年下だった。
しかもしかも、パパは私のだいすきなだいすきな王子さまだったのだ。
当時から、いや、今でも、私の王子さまはかっこいい。
真っ白な髪の毛、真っ白な肌、長いまつげ、真っ黒の瞳、男のひととは思えないほど美人な、私の王子さま。
一目惚れだった。家にあった、どこでもらってきたか知らないチラシに、だいだいと彼の顔が載っていて、私は会ったこともないその王子さまに恋をしてしまったのだ。幼稚園生から続く、私の初恋。
だから、そんな王子さまがママにとられると思った私は、恥ずかしいけれど、ちょっぴりヤキモチを焼いたりした。
だって、卑怯だ。パパならパパと、初めからそう言ってくれればいいのに、ママも、パパも、そうとは言わずに、一緒に暮らし始めたのだから。
当時の私にとっては、大好きな王子さまと一緒に住めるというだけでもう大喜び。
だから、それ以上にママが喜んでいることに気が付かなかったのだ。
本当に卑怯。ママは泥棒猫。
でも、今思えば、ママはあの頃から少しずつ変わっていったように思う。
それまでママが持っていた、ちゃんとしなきゃ、みたいな雰囲気が薄れていったように思うのだ。同時に、ちょっといろいろおろそかになっていた。
いくら起こしても起きなかったり、忘れ物が増えたり、『はたらきたくなあああい』と喚いたり。
一言で言えば、ママはポンコツになった。
それまでの、強くてかっこいいママのイメージは崩れ去った。
でも、私はそれが全然嫌じゃなかったのだ。むしろ逆。
ママは今まで以上に優しくなった。そして、可愛くなった。綺麗になった。
それが、パパと一緒にいるからなのだとわかった私は、そこでもほんの少しだけヤキモチを焼いた。
私は、そんなパパとママが大好きだ。
生まれてきてよかったと、毎日のように思っている。それが、それ自体が幸福なんだとわかる。
そう、ただ幸せなだけ。
ただ愛しているだけ。
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