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292ki
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「先生、最初に交わした言葉を覚えているか?
オレは覚えてる。」
「先生、初めて会った時あんたは祈っていた。それが神なのか、世界なのか、はたまたあんたが信仰する別の何かだったのかオレは知らない。あの消毒液臭い真っ白な、オレの周りの機械だけがゴテゴテとした部屋。目覚めたオレを見て、あんたは本当に嬉しそうだった。そして、オレにこう言った。
「貴女は
先生、オレが神様だったら良かったな。いや、そもそも不知火アマネだったら良かったな。まあ、オレはそのどっちでもないから普通に違いますけどって言っちまったんだけど。思えば、地獄のはじまりはそこだったんだろう」
「
でもやっぱり、何でそんなことが出来るのかとかは分からん。理解がさっぱり及ばない。まあ、これは本題には関係ないし、あんたはよく知ってるだろうから割愛しよう」
「不知火アマネ。そう、彼女の話だ。世界でも有数の資産家「不知火財閥」のご令嬢。喋よ花よと育てられた罪の無い可憐な少女だ。
そんな彼女は10歳の時に不幸にも事故にあった。事故は彼女の脳に障害を残し、不知火アマネはいつ目覚めるか分からない身になった。これに耐えきれなかったのが不知火アマネのパパとママ、つまりは不知火財閥のトップだ」
「彼らは必死に大切な一人娘を救う方法を模索した。金を惜しまず、苦労を押します、大切な娘を助ける方法を探し回った。
そして、最終的に見つけ出したのがまだ理論段階だった人工機脳。先生、あんたの研究だ」
「不知火夫妻はプロジェクトに多額の費用を投じ、あんたを支援した。あんたは彼らの期待に応えるために不知火アマネの脳に人工機脳手術を行った。
まあ、懸念点は多数あった。不知火アマネはあんたが想定していた人工機脳技術の対象者にしては症状が深刻だったし、まだ幼い10歳の少女だった。
上手くいかない可能性はもちろん、中途半端に上手くいってしまい、不知火アマネが前とは別人になってしまう可能性があった」
「でも、愛する娘を取り戻す機会を親はどうしても諦められない。
「どんな形でも娘は娘だ」
彼らはあんたにそう言ったらしいが、本当に覚悟は決まってたかと思うか?精々、少し口下手になったり、怒りっぽくなった娘が帰ってくるだけだと思ってたんじゃないか?悲劇の真っ只中にいる奴は盲目だ。少しでも光明が見えると、自分達だけは助かると思いやがる。
先生、あんたもきっとそのことは分かっていたはずだろうな。でも、止まるにはアクセルを踏む力が強すぎた」
「手術は実施された。
術後、不知火アマネの容態が急変することもなく、後は様子を見るばかり、目覚めるのを待つばかりだ。
あんたは祈った。あの部屋で、一人の少女が元気に目覚めるのを。自分の問いに笑顔で答える未来を。
そしてオレが目を覚ました。
36歳のおっさんのオレが」
「36歳がおっさんかどうかは異論あるかもしれんが、10歳の女の子の代わりに出力されたのが36歳の独身成人男性の自我ならもうおっさんでいいだろう。
正反対だ。手術は失敗だ。実験は惨敗だ。賭けてもいいが不知火夫妻は絶対にこんな結果を予想していなかったろうよ」
「何でこんなことが起きたのかは誰にも分からんだろう。他の事例は上手くいったとも聞いたし。
あんたの説明してくれた「桃太郎理論」がオレ的には一番しっくりきた。桃太郎のストーリーの要素をAIに学習させ、物語を出力させると、原作通りの桃太郎が出来上がる可能性はもちろんあるが、同じ要素だけを持っただけの全然違う物語を出力する可能性もある。
それが人間の脳で起こった結果、10歳の少女の人生の記憶が36歳のおっさんの記憶として出力されちまった……のかもしれん。まあ、運が悪かっただけかもしれんな。そんな言葉で表されるのは業腹だろうが」
「オレの答えを聞いたあんたは分かりやすく頭を抱えて、絶望の象徴の様な顔をして嘆いてくれた。
オレからすりゃ目が覚めたらいきなり知らない天井で、少女の身体になっていて、事情を知ってそうな男はわんわん泣いてるんだから大層戸惑った。まあ、何とかあんたを宥めすかして事情を聞いたら出てきたのが前述の通りだろう?頭を抱えたね。「貴方は本当は存在しないはずの自我で望まれて生まれた存在ではないんです」だぁ?デリカシーと人間心理を学んでこい、この阿呆」
「そして、ここからが地獄旅行のはじまりだ。
あの答えが地獄の入口への第一歩だとしたら、ここからはもう、地獄の底にホップ・ステップ・ジャンプしていると言っていいだろう。
この明らかな失敗を、オレたちは隠し通すことにした。夢見がちのお金持ちの前言なんてすぐに撤回されるなんてことは二人とも分かっていたしな。
地獄への共犯者って奴だ。涙が出ちゃうね。
方や自分の研究の失敗を認めて世間からのバッシングやパトロンからの責任追及を畏れた最悪マッドサイエンティスト。方や少女の人生を蹂躙しておきながら、自分の今後の進退を危ぶみまだ傷の浅そうな方を選んだ偽物の人格。
哀れ、不知火アマネ嬢はオレたちのエゴの被害者だ。吐き気がしちゃうね」
「そこからはとにかく隠蔽に必死だった。AIの学習用にと不知火夫妻から借り受けていたアルバム、日記、思い出ムービーをオレはとにかく学習し、完璧な不知火アマネの再現を目指した。不知火夫妻もおっさんが娘のフリをするために使われると知っていたらこんな大切な物は貸し出さなかっただろうに。
あんたは泣きながら必死に虚偽の報告書を書いてたっけ。たまに演技指導もしてくれた。中身はいい歳こいた大人同士が一体何をやってるやら。
お互いにきっと一番長い二週間だった。オレが何とか不知火アマネの演技をものにするのと、あんたが何とか報告書の体裁を整えるのと、娘が目覚めたと聞いた不知火夫妻が我慢出来なくなって突撃してくるのに大体それだけかかった」
「誰も彼もの静止を振り切って、息を切らして病室に飛び込んできた不知火夫妻を前にオレは内心ドッキドキだった。そんなオレの演技を見て彼ら泣いた。オレの演じる不知火アマネの姿に大泣きした。
「ああ、娘が、アマネが帰ってきた」って言ってたな。
いや、失敗したらダメだからオレにとっては喜ばしいんだろうけどさ……正直、ちょっと引いた。
いや、帰ってきてねぇよ。あんたらの前にいるのは娘のフリしたおっさんだよ。本物のアマネちゃんが何処にいるのかはオレたちが知りてぇよ。帰ってきて欲しいよ。
まあ、成功は成功だ。オレたちは最難関だった両親を騙すことが出来た。おめでとう、あんたは栄光を、オレは優しい家族と贅沢な生活をゲットした。
全然、欠片も、全く嬉しくないがね」
「それからオレは全力で不知火アマネを演じた。自分で言うのもなんだけど、この世で一番不知火アマネを理解出来ていると思う。考え方も、仕草も、動作も完璧だと自負している。本物越えしたかな?って思う時すらある。流石にこれはブラックすぎるジョークだが。
あんたの方は中々忙しそうだった。何せ、不知火夫妻はあんたの技術に惚れ込んで世界中にその財力に物を言わせて人工機脳を喧伝した。人々はこぞってあんたの新技術に飛びついた。そのおかげで支援金も人材もたんまり手に入れた人工機脳プロジェクトは飛躍的に技術を上げた。だからなのか、不知火アマネの様な不幸な存在は後にも先にも彼女だけだった。皮肉なもんだな」
「オレはそれからのほとんどを不知火アマネとして生きた。それはそれは窮屈で苦痛だったが、少女の人生を保身のために乗っ取ったんだ。これくらいは当たり前だろうと思って耐えた。
だけど、たまに経過観察と称して、あんたのところで仮面を脱ぎ捨てるあの瞬間の何と清々しかったことか!
あの時間こそが、あの時間だけがオレの本当の人生だ。
二人で現状を嘆いたよな。罪悪感に苛まれるのを励ましあったこともあった。どうでもいい下ネタに盛り上がった時もあったっけ。ご令嬢は決して見ないであろうスプラッタ映画をコーラとポップコーン片手に一緒にガハガハ笑いながら見たことも」
「そんなこんなで5年の月日が経った。これだけ世間様を欺けばオレの演技もこなれてきた。中々に板についたとも言える。慢心していた。慣れてきた頃が一番悪い。そういう時期だ。
聞いてくれ。先生。この間オレは不知火家の避暑地に遊びに行った。そこはオレが昔行ったことがある場所だった」
「オレの記憶に確かにある場所だった。この時期は桜が一斉に咲いて綺麗で、オレはそれを見るのを楽しみにしていた。そう、楽しみにしていたんだ」
「馬鹿だなぁ。普通に考えて8月に桜が咲いてるわけないだろうに」
「そもそも、桜なんぞ一本も植えられていなかった。調べてみたが、そこに桜があったなんてことすら今までなかったらしい。
どういうことだ?って考えた時にオレは思い当たった。
コラ画像というヤツだ」
「オレは甘く考えていた。先生にオレという自我はそもそも存在しないと何度も何度も言われていたのに、実感が伴っていなかった。またまた〜、何やかんや言ってオレの元ネタみたいなのがあるんでしょう?今はなんか事故って女の子やってるけど、いつかなんかの奇跡で全てか元通りになるんじゃない?
そんな考えがきっと、心のどこかにあった。
本当に馬鹿だと思う。不知火夫妻には色々含めて陳謝するしかねぇな。悲劇の真っ只中にいる奴は盲目だ?自分だけは助かると思いやがる?何言ってんだ。全部オレのことだろ」
「オレの記憶は不知火アマネの記憶をツギハギして作られたコラージュだ。思い出も、経験も、記憶も、全部全部全部。
そう、オレは偽物なんだ。そもそも存在しないIなんだから」
「そう実感した。痛感した。自覚した。
その日から、オレはどんどん失われていった」
「今までそこにあると信じ込んでいた思い出が色褪せて分からなくなった。今まで出来ると思い込んでいたことが出来なくなった。今まで脳裏に蘇っていた思い出が死に絶えた。そうして、オレは少しずつ少しずつ消失していった」
「そして、さっき自分の名前が分からなくなった」
「オレが持っていた偽物の名前。不知火アマネではない、オレの自我の名前。それすら分からなくなった。それと同時に頭の中で何かが蠢く感覚があるんだ。
なあ、先生。きっとオレはもう死ぬんだと思う」
「死ぬって言い方はおかしいかもしれんな。でも消える。消滅する。この世からいなくなる。それで、それできっと代わりに」
「そう、代わりに。
なあ、もう一度聞くけど最初に交わした言葉を覚えているか?オレは覚えている。なんならさっき教えてやっただろ?その言葉を次に目を覚ました時に問いかけてくれ。
たくさん後悔したけど、一番の後悔はきっとあの時なんだ。先生、あんたの質問にオレが本物の答えを返せなかった時。あの時、嘘でもオレが不知火アマネだって言っておけばあんたまで苦しませずに済んだんじゃないかって、ずっとそう思ってた」
「目を覚ましたら、きっとあんたに本物の答えを返すことが出来る。嘘でも偽物でもない、本当の本物の言葉で」
「こんなメッセージ、本当は送っちゃダメだよな。あんたをまた困らせちまう。でもさ、さっきも書いた通り、オレにとってはあんたと過ごした時間だけが本当の人生だった。地獄への共犯者のあんたに何も言わずに去ることはオレには出来なかった」
「面倒かけるけど、消去しておいてくれ。一応、不知火アマネの携帯からも消しておくけど、確認頼んだ」
「色々あったけど、本当に幸せだったんだ。嘘じゃない。先生、あんたにも幸福がありますように。祈ってるよ」
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