第71話 ふたり
私の家族やロコちゃん、ガーネットさん、それにグレイが無事でいると知ってから、グランソフィアを再び訪れるまで、さらに1年近くの月日が必要だった。それまでの間はナイトレイ商会を通じて、ひっそりと手紙のやりとりを行っていた。
情報を送ってくれたのは主にグレイ、彼からの手紙には私や女神様についても書かれていた。
簡単に言うと、グランソフィアの中では、女神様も私も最初からいなかったことになっているそうだ。
女神様はグランソフィアの国民にとって、明確な実像として存在したわけじゃない。それがひとりの少女として実在していると知っている人間はごく少数なのだ。そのため、いなくなった……、もしくは連れ去られた、よりもその存在自体が最初からなかったことになっているみたいだ。
そして、それは私についても同じだ。私も聖女パーラ様の影武者だった。そのため、一部の人を除いてはその存在自体が知られていないのだ。
女神様がいなくなったことにより、当然「ご神託」もなくなっている。ただ、普通の人にとって、お悩み書きの返事は元々そう何度もあるものではなかった。
これまでは、運が良ければ返事が来ていたものが、絶対に返事が来ないものに変わってしまったわけだ。
聖ソフィア教団は今でも存在し、ご神託については「女神様が眠りについている」みたいな説明をしている。ただ、その状況による国民の不安を払拭するのにロコちゃんは活躍しているそうだ。ご神託が無くても、彼女は国民にとっての「聖女」として憧れの存在でい続けている。
女神様を解き放った張本人の「聖女」を教団は頼り、ロコちゃんもそれに力を貸している。おかしな構図ではあるけど、そのおかげで大きな混乱にならずにすんでいる、とグレイは記していた。
ただ、彼女の立場上、私がグランソフィアにやって来ても話す機会をつくるのはむずかしいだろう、ともあった。もちろん会って話したい気持ちはあったけれど、まずはロコちゃんの無事を確認できればそれで十分だと私は思っていた。
国内での聖ソフィア教団の権力は、以前に比べてずいぶんと弱まり、それと反比例するように他国との交易が徐々にではあるけれど盛んになりつつあるようだ。
私はナイトレイ商会との取引を名目に、短い期間ではあるけれど、グランソフィアに足を踏み入れる機会を得た。
自分の生まれ育った国に再び足を踏み入れた時、内から込み上げてくるものがあった。だけど、目的を果たすまでは我慢すると決めていたから、そこはぐっと堪えた。
変装の意味合いもあったけど気持ちの切り替えもあって、私は髪をバッサリと切っていた。
ショートヘアにして黒いクローシュを被り、白のブラウスと黒のパンツの組み合わせで、以前に何度も通った街のバザールを歩いた。
4年以上の月日が経っていたけど、街に大きな変化は感じなかった。教団の関係者と思われる人とすれ違うときは無意識に顔を伏せていた。
羊雲が追いかけっこするように浮かぶよく晴れた日で、とても暖かい。ここに暮らしていた時の私なら、ご機嫌に鼻歌でも歌いながら楽しくお買い物をしていただろう。
「パーラ様がまた姿を消したらしいぞ?」
「またか? まったくあの人は……、警備する方の身にもなってくれよな?」
横を通り過ぎた教団の関係者らしき人の会話が耳に入った。
なんだろう……、このとても懐かしい感じ。何年経ってもあの子は全然変わらない。どこか遠くから彼女の姿を確認するつもりだったのに、どうやら行方をくらましているみたいだ。
ロコちゃんと大神殿のお部屋でいろんな話をした記憶が頭を過ぎる。そして、私は急にあることを思い立った。なにか確信があったわけじゃない。ただ、言葉にするなら「直観」としか言いようのないものだった。
この国に住んでいた頃、よく行き来した街のバザールと家を繋ぐ道、4年経っても相変わらず舗装されていないその道に向かって歩いた。
急になにかを思い出したように小走りになったり、後ろを気にしながらゆっくりと歩いたりもした。
そう……、この道で彼女は私を追って来たんだ。それがロコちゃんとの最初の出会い。あの日、彼女の顔を見た瞬間は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
雲が太陽を覆ったのか、あたりが少しだけ暗くなった。私は空を見上げながら、独りで呟いた。
「……さすがにそう都合よくいかないわよね?」
大きな雲が陽の光を遮っていた。ゆっくりと流れている雲はもう一時すれば再び明るい光を届けてくれそうだ。
その時、ひと際強い風が吹いた。私は帽子を飛ばされないように左手で頭を抑えた。風はそれを私に伝えに来てくれたのか、後ろから近付いてくる白い頭巾をした女性の姿が目に入った。
いつか見た光景が記憶に蘇る。まるであの時をそのまま再現するかのように彼女は小走りで迷わずこちらにやってくる。
そして、表情が視認できる距離まで来ると、勢いよく被っていた頭巾を外した。
彼女の顔が目に映った時、ちょうど陽の光が2人の間を照らすように射し込んできた。
美しいブロンドの髪がよりいっそう輝いて見えた。
彼女は、私が思っていたよりずっと大人になっていた。とてもとても綺麗になっている。もう「そっくりさん」とは言われないかもしれないね?
お互い口に馴染んだその名を呼びかけようと口を開いた。だけど、言葉より先に目から溢れる涙を抑えきれなかった。
―― Fin ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます