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第70話 旅立ちと交差
首都ハミシバを出てから1200年ほどが経った。
100年ほど前から一人の少女と暮らしている。
彼女はワタシのことをシーラお姉ちゃんと呼ぶ、ワタシにも妹ができて少し嬉しかった。
彼女はソフィアと言い、どこか違う世界から来たと言っていた。
悪魔の呪いで不死となったワタシは「そんなものだろうな」と思い、深くは聞かなかった。
ソフィアはいい子であり物識りであった、ただ、物識りでありながら、こちらの世界のことは何も知らないという、少しへんちくりんな少女だ。
へんちくりんと言えば、彼女もほとんど歳を取らなかった。
少しずつは成長しているので不死とは違うようだが会って100年、見た目はほとんどかわっていない。
それでも不死の私から見れば短命種ということになるのかな?
不死のワタシ、シンデレラが「へんちくりりん」などというと他の人から笑われそうね。
そんなことを感じていた。
そんなある日。
「本当に大丈夫なの? 私に気を使わなくていいんだからね?」
シーラお姉ちゃんは、私の目を真っすぐに見つめてそう言った。私が1人で旅に出たいと相談したからだ。
お姉ちゃんと私とでは、時の流れの感覚が違う。シーラお姉ちゃんと一緒に過ごした時間は100年ほど。だけど、お姉ちゃんにとってはとても短い時間なんだと思う。
なにより、お姉ちゃんと過ごした時は短いけど、今まで生きてきて一番濃密な時間だった。これまでのすべてを忘れさせてくれるほど、幸せでかけがえのない記憶として私の脳裏に刻まれていった。
本当ならもっともっと……、これからもずっとお姉ちゃんと一緒にいたい。
だけど、お姉ちゃんと私は同じ「時」を生きることができない。なにより私の存在がお姉ちゃんを縛っていることにも気付いている。
私が生まれた国「グランソフィア」、そこには今でも私を牢獄から逃してくれた人を知る人がまだ暮らしているかもしれない。
お姉ちゃんは違う世界の人だけどここに暮らすようになってからお姉ちゃんはお姉ちゃんでその人たちと連絡を取る方法を探していた。
そして、どれくらい前だったかしら……。お姉ちゃんははじけそうな笑顔で私に話してくれた。
『ドリゼラ姉さんが!元気にしてるって!』
一緒に暮らしているからわかる。お姉ちゃんは大切な人に会いに行きたいんだ。あんな曇りのない笑顔はこれまで見たことなかったから……。
お姉ちゃんがお姉ちゃんのお姉ちゃんに近づかないのは、私を気にしてのことだ。
どこからきたかもわからない私を引き取って妹として家族として受け入れてくれている。
そういえばワタシの故郷、グランソフィア、聞いた話では、「聖ソフィア教団」はまだ残っているらしい。神託という導を失ったとしても、これまでずっと信じてきたものを急に捨て去るのは簡単ではないのだろう。
それでも、1000年の時を経て教団の権力は以前と比べてずいぶんと弱まり、国を解放する動きが広まっているそうだ。すぐにはむずかしいかもしれないけど、そう遠くない未来には、自由に出入りできるようなっているかもしれない。
私は誰よりもシンデレラお姉ちゃんに幸せになってほしい。それに、お姉ちゃんのお姉ちゃんにもだ。
その枷に私はなりたくない。
シーラお姉ちゃんと一緒に過ごせたおかげで私は、「人」として生きていけるようになったと思う。
お姉ちゃんと一緒に料理をした。とても楽しかったし、うまくできるとお姉ちゃんはとても喜んでくれた。
お買い物をしていてスリにあった時、私は怒った。シーラお姉ちゃんはもっと怒って、その犯人を捕まえて機関銃のような口撃をくらわしていた。すごい悪口が響いて人が集まってきたのでふたりで慌ててその場から逃げ出した。その後はいっぱい笑った。
なんだか懐かしいな、そういえばパーラ様やノアラ様だっけ、もう今は亡くなっているだろうけど私を自由にしてくれた恩人だ。
何も恩返しできなかったのだけが心残り。
そういえばシンデレラお姉ちゃんが大切な人たちのことを調べてうまくいかなかったとき、夜に独りで泣いているのを見かけた。私も悲しくてベッドで泣いた。
シーラお姉ちゃんと一緒に生活していろんな感情を知った。長い長い時間の中、それとは逆に「忘れる」こともできるようになった。暗い部屋でずっと私が聞いていた「知識」は、私に必要なものだったのか。少なくとも、こちらの世界では、それはいらないものだった。
頭に入ってくるものを初めて「いらない」と思えた。そうすると、それがなんだったかわからなくなった。お姉ちゃんと話をして、それが「忘れる」だと知った。
長い時を同じ場所で過ごすと奇妙に思う人も出てくるかもしれない。だけど、今の私ならひとりでも生きていけると思った。全部、シンデレラお姉ちゃんのおかげだ。
「シーラお姉ちゃん、私はもう十分お姉ちゃんに守られてきたよ? お姉ちゃんには私のためじゃなくて、自分のため、お姉ちゃんのお姉ちゃんのために時間を使ってほしいの」
「ソフィア……」
「私はお姉ちゃんたちみたいに不死じゃないけど、ふつうのみんなよりずっと長生きだから、また多分この姿でお姉ちゃんにも会えるよ? だけど、不死のお姉ちゃんにとっての、この時間は私よりずっと軽いものなのかな。」
お姉ちゃんは下を向いて、一度息を吐き出した後、改めて私の目を覗いてきた。
「私のためじゃなく……、ソフィア自身がそうしたいのなら止めないわ。よく考えたら私が不死だと言っても、これまで生きている時間は私よりずっとあなたは大人なんだしね?」
お姉ちゃんは本当に優しい。きっと本物の「聖女」とはこういう人のことを指す言葉なんだ。
「ありがとう。シーラお姉ちゃんは、お姉ちゃんの幸せのために生きて。私も自分の生きる道を自分で見つけてみせる。そうしたら、きっとどこかで私たちの道は交差すると思うんだ」
お姉ちゃんは少しの間、私の顔を見つめた後にそれ以上なにも言わなかった。
ただ、眩しいくらいの笑顔を向けてくれた。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
時の流れが神の領域に至っている……。
よかった(´;∞;` )向こうは、うまくいってるみたいですね
作者からの返信
コメントありがとうございます!
とりあえず、みんな無事という吉報があってなによりでした!