作者 武緒さつき♀
第48話 至福
「おっ、お母さん!?アナスタシア姉さん!?」
後ろにいたのは紛れもなく私の母親と姉だった。
「ドリゼラ!まさかここに来てくれるなんて! 会いたかったわ!」
お母さんは私の右手を両手で強く握りしめた。感触を確かめるかのように何度も握りなおしている。目の前にいるのが、本物の私だと確かめているかのようだ。その後ろにはアナスタシア姉さんが笑顔で立っている。
「ドリゼラ!元気そうでなによりよ。」
「うん! お母さんも姉さんも元気でよかった!」
私は少しの間、母親と姉の顔を見つめて微笑みあった後、振り返ってコンサドーレ様に問い掛けた。
「コンサドーレ様……、これは一体?」
彼は一度咳払いをした後に話し始めた。
「実は、以前にドリゼラ様の住所を調べたときに『トレメイン』の名が気になっていたのです。楽園に住まう方のお世話係りにその名の母娘がいたと……」
コンサドーレ様の説明はおおよそこんな感じだった。
楽園で暮らしているのは代々の王妃様だけではない。王宮のさまざまな功労者や、その方々のお世話係の人もこの中で暮らしている。
ただ、楽園の存在は外に知られてはならないため、専属で働く人たちは対外的に「他国へ行く」とされるようだ。
「先日、ドリゼラ様がエリザベート様の話をされたときに思い出したのです。そういえば、彼女がここへ入ってからお世話をしているのは『トレメイン母娘』ではなかったか、と……」
彼は以前から、楽園での務めによって外界との交流が途絶えてしまう人を気にかけていたそうだ。そして、私もそのような境遇にあると知り、官房長様へ掛け合って、母親と姉と会えるように取り計らってくれたようだ。
お母さんとアナスタシア姉さんがエリザベート様のお世話係をしていたのは、本当に単なる偶然だったみたい。
「私は先にお屋敷へ戻りますね。トレメイン夫人とアナスタシアはドリゼラさんとゆっくり過ごしてください。午後は休暇にしておきますから」
エリザベート様はそう言うと、優雅な所作で一礼をしてここを離れていった。
「この陽気ですから、どこかへ行くより庭園の方が過ごしやすいかもしれませんね。私はここへお茶を運ぶよう係りの者に申し伝えてきます。また、迎えに参りますので、お母さんとお姉さんとの時間を楽しんで下さい」
コンサドーレ様もそう言って、私と母と姉さんにそれぞれ深くお辞儀をしてから去っていった。
ああ、コンサドーレ様ってなんてお優しい方なのかしら……。まさかこんな最高の贈り物を準備してくれているなんて。
私たちは庭園にあったテーブル席に腰掛けて、お互いの近況を報告し合った。離れて暮らした期間はたったの2年だったけど、それまではずっと一緒に過ごしてきてたので、その2年はとてもとても長い時間に感じられた。
コンサドーレ様がここを離れてから少しすると、給仕の方が2名ほどやってきてティーセットと焼きたてのスコーンとジャムをいくつか差し入れしてくれた。
お茶もお菓子もとても美味しい。シーラちゃんにもらったビスケットのときも思ったけど、王宮の関係者ってこんなにおいしいものをいつも食べてるの?
コンサドーレ様の言う通りで、外の陽気はぽかぽかしてとても気持ちよかった。陽の光に照らされて、庭園の草花もとてもキレイに光って見える。目の前には、会いたかったお母さんと姉さんがいる。
今この瞬間はきっと、私の心にキラキラと輝く記憶の1ページとして刻まれると思う。
お話していると時間が過ぎるのはあっという間だった。2年の隙間を埋めるように私はいっぱいお話をした。お母さんもいろんな話をしてくれて、アナスタシア姉さんは、私たちに圧倒されてか聞き役に回っていた。
「お手紙はちゃんと届いているかい?」
「うん、仕送りもちゃんと一緒に届いてるよ。だけど、私も働いてるから無理しなくていいんだよ?」
「いいのよ、楽園にいるとお給金もらっても使うところがあんまりないのよね。お屋敷にはちゃんと私たち専用のお部屋もあるし、お料理の食材もほとんど準備してくれるのよ」
なんと至れり尽くせりなのか……。それなら遠慮なく使っちゃおうかな?
「ドリゼラに送っている手紙、お母さんと姉さんが時々替わって書いてるんだけど気付いていたかい?」
「もちろんよ、字が全然違うもの」
「本当はもっとたくさん手紙を出せたらいいんだけど、楽園は人だけでなく『物』の出入りもとても厳しいの、ごめんなさいね?」
「いいのよ、元気でいてくれたらそれで十分だし、今日はこうして顔も見られたんだから」
そのとき、庭園の入り口あたりからこちらに向かって歩いてくるコンサドーレ様の姿が見えた。表情を確認できる距離に来ると、申し訳なさそうな顔をしているのがわかる。それを見て私は、そろそろ時間なのだと察した。
「お母さん、アナスタシア姉さん!今日はありがとう! そろそろここを出ないといけない時間みたいだわ」
私は席から立ち上がると、できる限りの笑顔をつくってそう言った。
両親も私の視線の先のコンサドーレ様に気付き、察したようだ。
「ドリゼラ、会えて本当によかったよ。これからも手紙は書くからね。寂しくなったら古い手紙も読み返してみてね?」
ここでお別れすると、またきっとしばらく会えない。私も両親もそれをわかっているから笑顔でいるけど、視線を逸らしていた。目が合うとお互い泣いちゃいそうな気がするからだ。
両親も立ち上がったところで、コンサドーレ様がこちらに歩み寄って来た。そして、両親に向かって大きく頭を下げている。
「大変心苦しいのですが……、そろそろ私もドリゼラ様もここを出ないといけない時間です」
「いいえ! 司書様、今日は本当にありがとうございました! 娘と会えるのはまだずっと先だと思っていましたので、なんとお礼を言ったらいいか……」
コンサドーレ様と母と姉さんはいくつか言葉を交わして、それから私は彼の後を追って庭園を出た。陽はオレンジ色に変わっていて、時の経過を感じさせた。
後ろ髪を引かれる気持ちを振り払いながら、私は黒い壁を通り抜け、楽園をあとにした。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
主役不在の家族対面。
うむむむ…(´・∞・`;)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
ノワラにとってはこの上ない至福の時間となったようですが、素直に受け入れていいか悩むところでもありますね……。