第4話:王家の醜聞
王家の印章付き指輪(インタリオリング)!
これはただごとではない。
一瞬どうしたものかと思ったが、自分で身を守る術のない赤ん坊だ。
保護するしかない。
一度連れ帰って、王家に問い合わせよう。
デーティアは赤ん坊を抱いて家へ戻った。
幸い、デーティアの家には子を産んだばかりのヤギが3頭おり、乳の心配はなかった。
「さて、どうしたものかね」
独り言を言って考えた。
先ほどは王家に問い合わせようと思ったが、問い合わせて「はい、左様でございます」とばかりにすんなり事が運ぶだろうか?
「どうやら訳ありのようだね、おまえさん」
デーティアは満腹して眠る赤ん坊に問いかけた。
どちらにしろ今日は疲れた。
事を探るのは明日にしよう。
デーティアは赤ん坊の籠を自分のベッドの奥に置いてしばしの眠りに就いた。
「どうせ朝までに、何度も起こされるだろうよ」
デーティアの考えは外れ、赤ん坊は日が昇るまでぐすっすり眠った。
朝の太陽に赤ん坊の髪はキラキラと金色に輝いていた。赤みがかった金髪、瞳はロイヤル・パープル。王家によくでる色だ。
王家縁の子供に間違いはない。
加えて男の子だ。
朝の乳をあげて、沐浴をさせようと産着を脱がせると、赤ん坊の二の腕に小さな痣があることに気が付いた。
赤いスペードだ。
デーティアは背筋に冷たいものを感じた。
これは王の剣を司るダンドリオン侯爵家の直系に現れるものじゃないか。
王家の印章付き指輪にダンドリオン家直系の痣。
これでこの子の出自の見当がつかない者はよほどの田舎者か馬鹿者だ。
デーティアの住むこの森は王都から馬車で1日ほど。
さほど大きくはないが、町に行けば王都の噂には事欠かない。
王家には今年18歳になる第一王子がいる。第一王子キリアンには幼い頃からの婚約者がいる。それがダンドリオン侯爵家の長女フィリパだ。
フィリパは完璧な淑女と言われる女性で17歳。
15歳の時から王宮で暮らし、事実上王子妃として遇されている。何事もなければ8ヶ月前の建国祭に結婚式を挙げる予定だった。
ところが直前に突然婚約破棄を言い渡されて、生家へ戻された。
理由は王子キリアンが「真実の愛」をみつけたからだと伝わっている。
相手は元庶民のサドン男爵令嬢エルーリア。
サドン男爵が後添いとして迎えた酒場の女アイリーンの連れ子だ。
アイリーンによく似た豊満で妖艶な体に似合わない、天使のような童顔の娘だとか。
婚約破棄の話を聞いた時、デーティアは
「大方、酒場女の手練手管と体に骨抜きされたんだろうよ」
と苦々しく吐き捨てた。
後から伝わってきた噂は2つに分かれていた。
嫉妬に狂ったフィリパがエルーリアを苛烈に虐め倒したとか、それを王子キリアンが怒って断罪したとか、エルーリア寄りのもの。
もうひとつは、エルーリアが主要な貴族の令息を誘惑し、フィリパに濡れ衣を着せて陥れたフィリパ寄りのもの。
エルーリア寄りの噂では、エルーリアが体を使って貴族令息を篭絡したと誹謗中傷したというものや、逆にフィリパが体で彼らを誘惑したというものもあって、色々と矛盾が多い。
その時は「ばかばかしい」と聞き流していたが、今になってデーティアは考えた。
「王宮に住む完璧な淑女が多くの貴族子息を体で誘惑?有り得ないね。なんの得もないしね」
酒場女の娘だからとばかにする気はないが、フィリパ派の噂の方が正しいのだろう。
それにしてもこの赤ん坊は…
新しく縫い上げた産着を着せながらデーティアは思う。
王家のロイヤル・パープルの瞳にダンドリオン侯爵家直系の証の痣。
第一王子キリアンと元婚約者フィリパ・ダンドリオンの間の子供だろう。
王子は婚約者と関係を持ったにも関わらず、ポッと出の小娘を選んで婚約者を捨てたのだ。
エルーリアがサドン男爵家に来たのはたった1年前。
それまでは王子は確かにある意味で婚約者フィリパを認め愛していたのだろう。
「だから色恋なんてくだらないんだよ」
デーティアは吐き捨てた。
王族らしく国のためになる婚姻関係で満足しておけばいいものを、小娘の体に溺れるなんて笑えるね。そんなにいい女なのかね。と。
最近の噂によると、国王はキリアンとエルーリアの結婚に反対で揉めているという。
業を煮やしたエルーリアは、さらにあれもこれもとフィリパの罪状を並べ立て、王子はフィリパを国外追放か修道院に幽閉しろと国王に迫っていると言う。
もちろん、国王はそれを撥ねつけて「目を覚ませ」と諭していると言う。
これらのことは秘密にされているが、秘密と言うものは隠せば隠すほど露見するものなのだ。
しかもエルーリアが盛大にフィリパの悪行を喧伝させている。
この町の者でさえ
「ありゃあ、エルーリアっていう娘っこの大嘘だな」
とわかっている。
大体見えてきた。
この赤ん坊はフィリパが蟄居先で秘密裏に産んだ王子との子供だ。
国外追放や修道院幽閉で子供の存在を知られることを恐れて、森へ捨てられたのだろう。
デーティアは怒りで血が沸騰しそうだった。
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