第3話:魔女の庭
魔女は死ねば自分の庭に埋葬される。
教会や神殿には受け入れられないからだ。
庭は少なくとも100年放置される。
もし弟子がいたら師匠の生前から自分の庭と家を用意しなけれなならない。
デーティアは弟子入りしてすぐ、森の中の空き地に自分の家と庭を用意し始めた。
それまでエルフの村での交易の商売と呪術師に習った薬の販売で小金を貯めていたため、師匠のルチアよりもしっかりした家を建てることができた。
石材で土台を組んだ頑丈な家だ。広いデッキの奥にドア、1階に客を迎え簡単な調合ができる竈付きの部屋、その奥に念のための患者が休むことができるベッドが2台ある部屋。東側に広めの薬の調合室とキッチン。家の裏手はパントリーと浴室になっている。2階は書庫と自分の寝室、それに広いバルコニー。屋根部屋は薬草や予備の道具を入れている。
しっかりした職人に依頼して、家に使用する木材や素材、家具は拘って自分で選んだ。
家ができるとそこからルチアの家に通った。
通いながら少しずつルチアに薬草を分けてもらい、また自分でエルフの村や森の中で探し、町で買えるものは買った。
伝統的で本格的な魔女の庭を作った。
周囲を囲む柵には棘の多い赤い花の咲く蔓薔薇を絡ませて生垣を作った。
生垣のすぐ内側には毒草を植えた。ジギタリス、トリカブト、馬酔木、水仙、リコリス、鈴蘭など。
その内側には薔薇や数種類と香りの良い植物。ジャスミンやクチナシなど。
内側の日当たりのいい場所に宿根草の薬草やハーブ、1年草の花々。
そして野菜畑と小さな果実園。植えているのは杏、林檎、レモン、スモモ、カラント、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリーの低めの木立。
今ではなかなかない魔女の家が出来上がっている。
デーティアは主にこの庭で採取した植物で、伝統的な薬や香料や香油、ちょっとした化粧品を作っている。またこの庭の植物で染めた糸で機を織ったり刺繍を刺したりして、小物を作っている。それに薬草茶や美容茶のハーブティーに料理用の乾燥ハーブ。
定期的に町へ売りに行くと、いい値で取り引きできた。
特にデーティアの髪油や香油はよく売れた。
「デーティアの薔薇水や香油で調えると肌も髪もすばらしく潤う」と評判だ。わざわざ買いに来るご婦人も多い。
こういった化粧品や香りものや、刺繍入りのハンカチや布製の飾りを、恋に悩む娘や、夫に振り向いて欲しいと願い、デーティアの家を訪れるご婦人に売っている。
「あとはあんたの努力次第」
と言い添えて。
その代わり、こういった類の料金は格安だ。
時には金銭ではなく物品で取り引きする。
またデーティアの商売相手は女性か老人を主にしている。
若い男はお断りだ。
デーティアのエルフ的な美しさに惹かれて、ルチアに師事していた頃から若い男どもが群がってきたが、誰もが真剣な気持ちで向き合うことはなく、ひやかしと仮初めの遊び目的なのは見て取れた。
デーティアは冷たく振り払ったし、時には箒や杖を振りかざして追い払ったことがある。
ある時、あまりにしつこく無礼だったため、怒り心頭したデーティアは染め物のための植物を煮だして煮えたぎった鍋をひっつかんで
「すぐに出て行かないと二度とあたしの顔を見れないようにしてやる!」
と脅したこともあった。
「魔女の商売相手でまともなのは女と年寄りだけさ」
ルチアはよく言った。
「今どきは結婚する魔女も多いって言ったけどね、そんな魔女は嫁げはただの女になるのさ」
生涯嫁がなかった婆の口から言うと負け惜しみに聞こえるけどね、と小さな声で付け加えて続けた。
「稼げる魔女はたいてい男は必要としないよ。一人で子供を産んで育てる魔女が多いから、魔女は身持ちが悪いと思われることもあるけど、自分で自分を養うことができるなら生涯一人の男に繋がれる道を選ぶもんかね」
男の面倒を見て終わるなんてまっぴらだよ、とルチアは独り言ちる。
それなのにルチアはデーティアが魔女の契約に子宮を捧げると言った時は躊躇をみせた。
「惚れ薬の作れない魔女なんて」
という理由が大きかった。
現在デーティアは化粧品や小物や助言で、惚れ薬の代替を補っている。
どうせひと時の幻惑に過ぎない薬だ。効き目が切れれば我に返る。その時に心を握っていなければ傷つくのは女の方だ。
ほんとうにばからしい。
デーティアの母親がエルフの村を出て行ったのも、デーティアが魔女となって人とエルフのはざまにいるのも、つきつめれば「恋」という熱病のせいじゃないか。
母親はデーティアを介してエルフ族に人間の血を混ぜないために村を出た。
デーティアの母親が人間に恋をして子供を持った時点で、デーティアはエルフ族から隔絶させられたのだ。
エルフ族はエルフの血が人間と混ざることはかまわないが、エルフ族に混ざることは忌み嫌う。
個人としての混血には寛容だが、集団への混入は許さないという、一見矛盾した考え方を持っている。
その排他的で集団的利己主義に、デーティアは小さな頃から晒され嫌気がさしていた。
あたしはエルフであって人間、エルフでもなく人間でもない。
そう思い知らされ続けたデーティアは、今更どんな男の甘言にも惑わされない。
魔女の契約をした時からは特に、「恋」という気持ちも捨てたのだから。
独特な美しさを持つデーティアは、商売相手の女性に疎まれないように気を配った。
髪は肩で乱雑に切り、黒い服を着て赤いフード付きマントを身に纏った。
変わり者の魔女を演出した。
ある夜、デーティアが森の中へ分け入り、月明りを集めて魔力を蓄えた薬草を摘んでいると、奇妙な声が聞こえた。
森の生き物ではない。
人間だ。
人間の赤ん坊が泣いている。
デーティアはそろそろと周りに気を配りながら、声の方へと近づいて行った。
そこはルチアの家だった。
元と言った方がいいだろう。今ではルチアの墓所だ。
崩れかけた門柱の下に、赤ん坊が泣いていた。
生まれて10日も経っていないだろう。
籠に入れられ、豪華な布地に大切にくるまれた甘ん坊の体の上には、王家の印章付き指輪(インタリオリング)が置かれていた。
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