終末ロボ☆エルフガイン

さからいようし

第一章『エルフガイン出撃』

第1話  徴兵されたっぽい 



 「浅倉健太」現国教師がテストの答案用紙から顔を上げて、言った。「きみにはもうなにも言うことない」

 けっして完璧なテスト結果を誉めてるのではなかった。突き放したような、侮蔑まじりの口調だ。教室の空気が凍り付いた。

 健太は内心舌打ちしつつ、壇上に進み出て答案用紙を受け取った。

 (58点? べつに底抜けに悪い得点じゃねえよな……)

 健太は無言で肩をすくめ、自分の机に向かった。

 「オイ浅倉ァ!なんだいまのその態度は!?」

 現国教師が語を荒げた。憤慨とは微妙に違う、嘲りまじりの煽り文句に思えた。

 (こいつチンピラかよ……)

 健太は無視して自分の机に腰掛けた。たったいま堂々指導放棄を宣言した相手に応じる義務はない、と思った。

 新学期早々産休に入った先生の後釜として現国担任となった新任代理講師、北川。

 そいつは特定の生徒を集中的につるし上げてほかの見せしめとする典型的な手段に出て、もっかのところ健太がその標的なのだった。

 健太が生贄に選ばれた理由は,なんとなく想像できた。


 (こいつも、俺の母親を知ってるから、俺を叩いてもいいと思ってやがんだろな)


 「あァン?なんかひとこと言うことあんだろぅ?」

 前から陰険なやつだったが、よせばいいのに今日はいささか執拗だ。生徒の手前、まもなく振り上げたこぶしを下ろせなくなるはず。

 「なんか言えよ!そんな態度で許されると思ってんか!?えェ?」

 (ここで口答えしたら停学なんかな?)

 うちの学校はわりと簡単にそういう処置する。ひと騒ぎしたらどうなるのかすこし興味深かったが、健太は相手の顔を見据えたまま沈黙していた。

 (正直、面倒臭い)

 クラスメイトが固唾を呑んで対決に魅入ってるのがまた煩わしかった。

 教師が教壇をまわって健太のほうに向かってきた。何故かどんどん逆上せあがってるようだ。本能が身の危険を訴えていたが、健太はただ教師を眺めながら、立ち上がっただけだった。

 教師がまた叫ぼうと口を開けた瞬間、スピーカーから声が響いた。


 『2ーBの浅倉健太さん、教頭先生がお呼びです、職員室に来てください』


 教師がうろたえたような顔でスピーカーに顔を向け、次いで健太に向き直った。

 健太は髪をポリポリしつつ言った。「あ~、なんかおれ、呼び出されたんで……」そして相手の了解をまたず横を通って教室のドアに向かった。

 「おい!待て!」

 背中に呼びかけられたがまた無視して、廊下に出た。



 グラウンドで体育の気配がする、五時限目。週のなかばで健太にとってはひたすら休日が待ち遠しい。さっきの小イベントはなかなか刺激的だったが、予期せぬ注目から解放されてホッとした。

 とはいえこんどは職員室に呼び出された。

 (べつの厄介事か?思い当たる節なんか無いんだけど)



 浅倉健太は偏差値57の県立普通科高校に属している。

 校舎は埼玉県の奥のほう、武蔵丘陵の小高い山の斜面に造成されたニュータウンの隅っこにあって、背後は山に囲まれている。

 最寄りの鉄道駅までバスで15分というど田舎だ。


 職員室まえの廊下で待ち受けていたのは、健太の担任、礼子先生だった。

 「あ、浅倉くん来た。さっこっちよ」手招きされ、健太は最後の十メートルを駆け寄った。

 「俺なんかしました?」

 「先生も知らないのよ。だけど訪ねていらした方たちがね……」

 礼子先生はなにやら心配げな顔で、健太を職員室のとなり、校長室のドアに誘った。

 それで健太はますます困惑したものの、礼子先生が待ち受けてたのは予想外のボーナスだった。先生を眺めているときだけが健太の至福の時間だった。

 田舎の高校で英語教師やってるのがおかしい、というくらいの超絶美人なのだ。

 二六歳。彼氏ナシ。


 礼子先生がドアをノックした。

 「失礼しま~す」ドアをそっと開けて言った。「浅倉くんが来ました~」

 「入ってもらって」中から男性の声。

 「さ、浅倉くん」

 礼子先生に促されて入室した。

 広めのフロアで奥の窓際に校長の執務机が置かれている。壁際の書類棚の上にはトロフィーや盾がたくさん陳列されている。手前中央にはソファーセットが置かれていて、いまはそのソファーに3人が座っていた。

 座ってるひとりは教頭だ。しかめ面で健太を手招きしてる。

 「きみ浅倉健太かね?座ってくれ、若槻先生も」

 健太は教頭のとなりにおずおずと腰を降ろして、対面に座ってる人を見た。

 ひとりは制服を着た自衛隊員に見えた……しかも教頭と同年代、40過ぎの高官のようだった。

 そしてもうひとりは、白衣を纏った30代くらいの女性だ。

 彼女は入室する健太を腕組みして見据え続けていた。

 「彼が、松坂のせがれか」制服の人がとなりの白衣に尋ねた。思いがけず父親の性を言われて健太は当惑した。

 「彼はいまお母様の姓を名乗っています」白衣の女性が改訂した。「もう10年くらい、そうよね?」

 「はあ……」

 「さ、それではさっさと要件に入りましょう」教頭が言った。「あなたがたの馬鹿げた提案は一考する価値もないですがね」

 白衣の女性が大きな笑顔になった。

 かなり美人だ。

 「価値はありますわ、教頭先生。それどころか、あなたがたが介入する余地などないのですよ。ここから先は浅倉くんの意向を確認するだけですから、席を外していただいて構いませんのよ?」

 「そういうわけにはいかないよ!この学校で起こるすべてはわたしの権限が及ぶのだ!好き勝手されては迷惑だ!」

 制服の人が「まあまあ」というように両手を振った。「島本さん、教頭先生も、控えてもらえませんか。しかし権限については――」制服は教頭に顔を向けて言った。「島本博士が言ったように、われわれに絶対的権限が与えられているのです」

 教頭がまた口を開きかけたが、制服が機を制した。

 「この件に関しては、議論の余地なしでしてね。なにせ政府案件で」


 「あの~……」健太のとなりで礼子先生が口を挟んだ。「これはいったい、なにの話なのでしょう?」

 「ああ」白衣の人はソファの背に片腕を回して礼子先生に顔を向け、足を組んだ。「わたしたちは浅倉くんを、えー、徴用しに来たの」

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