5-3 魔王の決断

 これは魔王城の一室での出来事。

 国王軍が不意打ちを狙い魔界の土地を侵略しようとした数日後の事である。

 ちなみにまだ魔王軍は国王軍が攻めようとしていたことは、全く気が付いていなかった。気が付いていたのは――。


 ★


 ここは魔王城内。場所は多くの人が集まる大広間。普段魔王はじめ多くの人が集まるところ――ではなく。個室だ。それでも数十人は軽く入れる部屋だが。大広間から見るとかなり小さく。室内も装飾がそこまでないので、落ち着いた感じの部屋だ。そんな部屋の中には現在数人の関係者だけが呼ばれていた。魔王が大切な話をするために。


「――ルーナを次期魔王の座からはく奪し。ミリアを次期魔王とする」


 魔王。テオデール・ヴンサンが発言するとこの場に呼ばれていた者が皆賛同した。反対する者はいなかった。


「アイザック」


 周りの反応を見てからテオドールが声をかけると彼の側近の男性。アイザック・ベーカーがすぐに前へと出てきた。


「はっ」

「いつも通り頼む。後日公にする。やり方はアイザックに任せる」

「わかりました。すぐにミリア様で手続きを行います」

「頼む。ミリアもいいな?」

「はい。もちろんでございます。お父様」


 そしてテオドールの隣に立っていたミリア・ヴンサン。ルーナの妹はセミロングの金髪を揺らしつつ返事をした。

 そしてすぐにアイザックはじめ。ここに呼ばれていた者が部屋を出ていく。


 「――ふふっ」


 部屋の隅ではミーアの母。そしてテオドールの妻であるリリーも事の成り行きを見つつ微笑んでいた。なお、この場に姉であり。次期魔王だったルーナの姿はもちろんない。


 ルーナがいないところで、このようなことを決められていたことをルーナ本人が気が付くのは――もう少し後の事。


「ところでお父様。ルーナお姉様はどうなるんですか?」


 アイザックはじめ。部屋に呼ばれていた人がいなくなった後ミーアがテオドールに問いかけた。


「もちろん今まで通りだ」

「なら――お父様。私が正式に次期魔王に任命されたら。お姉様をにしていいですか?魔術が使えなくともお姉様はお姉様。この国の為に活躍してほしいのです」


 笑顔でテオドールに話すミリア。それを聞いたテオドールの頬が緩む。


「――任せよう」

「ありがとうございます」


 ミリアと少し話した後テオドールも部屋を後にした。

 そしてテオドールのお付。部屋の外で待機していた人達もテオドールが部屋を出ると後に付いて行くのでいなくなった。部屋に残ったのはリリーとミリア。もともと広い部屋ではなかったが。少し前までそこそこ人が居たこともあり。2人になるとさすがに静かで少し寂しくなった感じがする。


「――お母様。これでよろしかったですか?」


 人の居なくなった部屋でミリアが小声で話す。


「えぇ。えぇ。これで良いのです。これからのミリアは自分の事だけを考えなさい忙しくなりますよ。頑張るのです」

「はい。お母様」


 もちろん彼女たちの会話を聞いた者はこの場には誰もいない。2人だけの会話だ。2人もそれがわかって話している。


「さあ、ミリアも行きなさい」

「はい。お母様」


 その後すぐにミリアも部屋を後にした。部屋に1人になったリリーは窓際へと移動し。窓から町の様子を眺めていた。

 ユーゲントキーファーの町は今日もいつも通り時が進んでいる。

 これは魔王あっての事。そして次期魔王が正式に決まれば、さらに当面の間は安泰だろう。


 裏切りがない限り――。

 

 ★


 コンコン。


 ミリアが部屋を出てしばらく。天井から小さなノック音が聞こえてきた。

 姿は見えないが黒いオーラが見えていそうな雰囲気が天井にある。

 音が聞こえてくるとリリーは視線を動かすことなく。窓の外を見続けながら小声で話し出した。


「――姿は現さなくていいわ。わかっているわね?ターゲットは無能。あなたが手を染める必要はないわ。適当にならず者にでも依頼して、今は死なない程度にやらせなさい。何をしてもいいわよ?精神的に壊しても――無能はやはり居るだけで邪魔なのよ。私の邪魔をして――ふっ。さあ、行きなさい」


 コンコン。


 再度小さな音がするとリリーは再度ユーゲントキーファーの町――いや、その先。人間界の方を見つめる。

 次こそ誰もいなくなった部屋でリリーはぎゅっと手に力を入れた。


 本当なら今この光景は見れないはずだった。リリーの計画では今この町は――自分たちの者に――。


 しかし、『不意打ちが失敗した』とフィンレーから連絡が来たのは数日前の事。

 それを聞いた際リリーは戸惑った。何故失敗したのかわからなかったからだ。


 ◆


 ここ最近のヴアイゼインゼルには、魔王軍の部隊は全くいなかった。

 なぜならリリーが必要ないと進言したから。


 リリーは、無能にわざわざ警備を付ける必要はない。それに一応次期魔王が居るとしておけば国王軍も簡単には攻めてこない。もし――何か起こってもすべて無能の責任にすれば魔族への説明は簡単。無駄なところに人を割く必要はない。などとテオドールに進言していた。

 

 テオドールも、そもそも現在の魔王軍は国王軍と比べると明らかに数が少ない。そして、ヴアイゼインゼルなら異変を察知したらすぐに行けると考えていた。なので、今は自分の周りが手薄になることを避けるためリリーの案にすぐ賛成したのだった。 

 もちろんそのような理由がなくても、リリーを溺愛しているテオドールはすぐにリリーの案を通していただろうが。


 そして、リリーはすぐに行動を起こしては怪しまれるので、しばらくの時を待ってから行動を起こすようにとフィンレーと相談した後。不意打ちの作戦を練ったが――これがあっさり失敗してしまったのだ。それもフィンレー曰く反撃を受けたと……。

 

 ヴアイゼインゼルには無能がいるだけ。そもそもヴアイゼインゼルには、中級魔術を使える者すらいなかったはず。いないようにしたはずなのに――不意打ちが誰かにバレた。そして反撃された。

 その一報を聞いた時。本当にリリーは何があったのか全く分からなかった。

 しかし、それとほぼ同時にとある一報が入った。


 無能が何かやらかすと邪魔なので、リリーは以前からこっそり見張り(ヴアイゼインゼル内を適当に歩かせていた)をしていた者から『――魔術が使えるようになった可能性があります』という報告を受けた時には大層リリーは驚いた。

 しかし、聞いた話は初級魔術が使えるかも――だけだった。なので無能がそんな軍隊を追い返せるようなことはできないだろうと思った。

 のだが、後日見張りからは『――の近くに見慣れない者が』という報告もあったので、あの無能が人を集めている可能性が急遽浮上した。まさかだったが。慎重に事を進める必要があったので、リリーは無能が魔術を使ったということが。他の者の耳に入る前に、至急先ほどの事。次期魔王変更を魔王に進言したリリーだった。もちろんリリーの進言はすぐに通り先ほどの発表となった。


 一応予定通りにことは進んでいた。しかし――余計なことをしないといけなくなったリリーにご機嫌はあまり良くなかった。


「――ちっ。無能を生かしておいたのは間違いだったわ」


 リリーの舌打ちを聞いた者はもちろんいなかった。

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