間章3
趣味旅行
ここは魔王城の一室。魔王テオドールの部屋だ。
そんな部屋へとノックもなしに、いつも通り気軽に入って来る人影があった。
「じゃ、ちょっと行ってくるわねー」
声の主は女性だ。その女性は少しおしゃれをしていて、余所行きの服装をしている。そして、外出用の小さなカバンを持ち。長く綺麗な水色の髪を揺らしながら室内へと声をかける。
魔王の部屋に気軽に入れる女性は2人しかいない。今の声の主は、そのうちの1人。リリー・ヴンサン。テオドールの妻である。
「ああ、そういえば今日から出かけるんだったね。今回も本当に護衛はいらないのかい?」
気配で誰が来たのかはわかっていたテオドールは、すぐに優しい口調で一度手を止めリリーの方を見て声をかける。
余談だが。リリーの姿を見て、いつも目がハートになっていることは本人だけが知らないことだ。
「あなたがまとめているこの町で事件が起こるわけないじゃないですか。そりゃ人間界にでも行くなら多くの護衛も必要でしょうけど。魔界の中なら大丈夫ですよ。毎回無事に帰ってきているじゃないですか」
微笑みながらリリーが答える。
その姿。仕草は誰もを惚れさせるような雰囲気だった。これがいつものリリーである。一部では魔性の女と言われているとか。もちろんテオドールはすでにメロメロである。目の中にハートが複数となっている。
「それはそうだが――でも魔界でもまだまだ開拓が行われていないところもあるだろう?何があるかわからないぞ?」
「心配性ね。大丈夫よ。ちょっと気晴らしにぐるりと見てくるだけだから。今回はすぐ戻るわ。大丈夫よ。ちゃんと少しは優秀な人一緒に行くんだから」
このリリー・ヴンサンの趣味は旅行だ。
定期的に気晴らしということで旅行。旅に出ている。
以前はテオドールも付いていくことを強く提案していたが。リリーと結婚したあと。ずっと魔王の妻では、息が詰まってしまうから定期的に旅行に行かせてほしい。という決め事をしたので、テオドールは渋々いつも見送っていた。
ちなみにリリーの旅行は基本2日3日だが。時たま1ヶ月以上旅行に出ることもある。しかしそれも決めたことなので、テオドールもとやかくは言わない。
また、テオドールもリリーが魔王城ばかりでは息が詰まってしまうということはわかっていたので、魔王城から離れたヴアイデの町の外れにリリー用の家を作ったくらいだ。
しかし、現在その建物は土地が人間界のものになってしまっているので、テオドールはヴアイゼインゼルの外れに新しい家を作った。なので、最近はそこに行っているとテオドールは思っていた。また護衛からの報告もあったので、そう思い込んでいた。
「――まあ、お前がそういうなら。早く帰ってきておくれよ」
「甘えん坊さんなことで、じゃ、行ってきますね」
「ああ、気をつけてな」
「そうそう、ミリアが魔術を見てほしいと言っていましたよ」
「おお、そうか。ならちょっと見てくるか」
「お願いしますね」
「ああ、リフレッシュしてくるんだぞ」
「ありがとうございます」
それから少しすると、魔王城からリリーと数名の護衛が出発した。
リリーは毎回旅行に出るときは、魔王城から出る際。顔や髪を少し隠しているので、側から見ると。魔王の妻が移動していると気がつく者はなかなかいないだろう。
また、護衛の数も極端に少なく護衛の服装もちょっと豪華な普段着なので、少し身分の高い人たちが歩いているという風にしか見えない。
その後魔王城を離れてからリリーたちは、一般の馬車に見せた魔王城所有の馬車に乗り換え。ユーゲントキーファーを離れたのだった。
それからしばらく、リリーはヴアイデの町の外れにある屋敷にいた。室内は綺麗で定期的に誰かが使っていることが伺える。
そしてその日の晩。リリーの元を訪ねてきた者がいたのだった。
◆
「では、数日間見回りに行ってきます」
ここは国王城の一室。フィンレー・ベルナルドが父であり。国王のベレンジャー・ベルナルドと話していた。
「フィンレー。そんなくそ真面目に見回りをしなくとも、あの大敗後こちらに攻めようとする魔族はいないと思うがな」
「父上。油断していると――ですよ。もちろん現状からそのような事はないと思っていますが。しかし備えは大切ですし。定期的に各町も見ておいた方がいいですから。それに俺の顔も知ってもらわないとですから」
「はははっ。こりゃそのうち乗っ取られるな」
「いえいえ」
「まあどうせこれと行ったこともないからな、行ってこい」
「はい。予定では、デアドリットシュタットのバーナデットに会い。その後クリンゲルレーシュタットのドミニク。そして最後にヴアイデでリアムの様子を見て帰ってきます」
「わかった。そうだリアムには褒美をまた渡しておいてくれ。あいつにはいろいろやってもらっているからな」
「わかりました。では、行ってまいります」
「ああ、まかせた」
それから少しすると、国王城からフィンレーが数名の護衛と共に出発した。
フィンレーは順番に人間界の町を周り。各町の長と会っていった。そして予定通り最後の町。ヴアイデまで問題なくやってきていた。
そしてその日の夜。町が静まり返った時間にヴアイデの町の長で、友人のリアムの家をフィンレーは訪れていた。
「やぁ、リアム。どうだ?」
フィンレーがノックをした後。気楽に声をかけると、長く青い髪を結んだ男性。リアムがフィンレーを迎える。
「おお、フィンレーよく来たな。そろそろ来る頃だと思ったよ」
「どうだ?こっちの様子は」
「まあまあだな。でも上手くいってると思うぞ?もともと町の人が少ないからな。噂を広めるのも簡単だし。俺超人気者だから」
「さすがリアムだな。任せて正解だ」
「いや、フィンレーが声をかけてくれたから。っか、こんな話より。だろ?」
すると、リアムがニヤッとしつつ。フィンレーの方を軽く押す。
「だな、待たせているからな。行くか」
するとフィンレーもニヤッと微笑む。
それからフィンレーとリアムは目立たない服装に着替え。またフィンレーの護衛も着替えさせてから、静まりかえった夜の町を歩き。ヴアイデの外れにある建物へと向かっていた。
「リアム。一応だが。あまり派手にするなよ?」
「いやいや、誰だよ。夜中ずっと暴れてるお盛な次期国王様は」
「仕方ないだろ。あんな身体。人間界じゃいないだろ」
「まあな。っか。フィンレーは一途だな」
「そういうリアムはとっかえひっかえだな。いつも違う人を呼ばせて」
「そりゃせっかくならいろいろ抱きたいだろ。魔族だぞ?」
「おい、外ではあまり言うな」
「悪い悪い」
「まあここに居るやつは大丈夫だがな。それなりに良い思いさせてるし」
そして2人が建物へと到着すると。フィンレーは護衛に建物の周りを目立たないように隠れながら警備させ。リアムとともに建物内へと入った。
★
「リリーさん。すみません。遅くなってしまって」
「問題ないわ。さあさあ、お友達は隣の部屋へ。今日もご希望通りかわいい子ばかり連れてきてあげたわよ?」
「いやー、リリーさんありがとうございます。じゃ、フィンレーあとで」
「ああ、楽しんで来い」
「さあ、フィンレー。こっちもお風呂の準備出来ているわよ?それとも――?ふふっ」
ヴアイデの外れの屋敷で、次期国王である勇者と、ヴアイデの町の長が、魔王の妻。魔族の者たちと密会しているということは、もちろん彼ら彼女ら(一部の護衛)しか今は知らないこと。
その後各部屋では明るくなり。そしてまた暗くなるまで、お盛んだったことは……その場にいた者たちだけの秘密だ。
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