次期魔王様
2-1 1人ぼっち
「ソフィの馬鹿!」
頭上からルーナの声が響いている。
「私。馬鹿ですからー」
さらに落ち着いた声のソフィの声も聞こえてくる。
「おもいっきり見られちゃったじゃない!」
多分ルーナは頬を顔を赤くしているだろう。雰囲気的に……ソフィは笑顔かもしれない。ニヤニヤしているような声にも聞こえる。
「いいじゃないですか。減るもんじゃないですよ?むしろ見せましょう。私なんてウエルカムですよ?」
「嫌よ!ソフィと一緒にしないでよ!」
「まあ――ルーナ様。平ですからね」
「――ぐぬぬぬ」
「魔術が使えれば反撃もできと思いますができませんからね。言われたい放題ですねー」
「――と、とにかく!男の人に見られた!」
「それが?私なんて――」
「ソフィの事はいいから!あと自慢しなくていいから!」
頭上から聞こえてくる2人の会話はその後もしばらく続いたのだった。
★
「ソフィの事はいいから!あと自慢しなくていいから!」
ここは魔王城の離れ。元気な声が朝から飛び交っている。そんなところが俺。セルジオ・クシランダーの新しい勤務地だ。
現在は、早朝の出来事に関して話し合いが必要ということで、ルーナとソフィはルーナの部屋にあの後から籠って話しているところだ。
なお2人が話しているのだが――1階にいても声が筒抜けという状況で俺は1人で、頭上から聞こえてくる会話を聞きつつ仕事を早速していた。
ちなみに俺現在1階の食堂にて調理中だ。
揉めている現場には居ないのだが――内容が筒抜けなのは、そもそもこの屋敷内が静か。人がたった3人しかいないからだろう。
とりあえず頭上の騒ぎはおいておき。俺は俺のすべきことをすることにした。
余談だが俺は今までいろいろな職を転々としてきた。
それもあってか、気が付けばいろいろなことができるようになっていた。特に家事に関しては、各所で雑用(普通の者なら魔術で楽するところ)を頼まれたときに。俺は魔術が使えないため効率は明らかに魔術が使える人と比べると悪い。
例えば、火を得意とする人は火関連の事(火を起こすなど)なら難なくするが。水関係の作業(水をその場に発生させる)が苦手で、その場合は水が得意な人に任せるなどだ。また火と水両方を使える者なら瞬時にお湯を作ったりできる。さすがに魔術だけで料理はできないが。でも魔術が使えればいろいろと楽することができる。
そんな中で、俺はそのようなことが一切できない。けれど1からすべてを覚えているため。魔術に頼らない分時間はかかってしまうが。それなりのことは1人でできるようになっていた。
そして今はというと、得意分野の人が居れば、あっという間にいろいろと出来てしまうであろう調理を俺が時間をかけて行っているところだ。何故のこのようなことになったかというと。
『では、朝食と、お掃除をお願いします』
ルーナの部屋でソフィにそのように頼まれたからだ。もちろん雑用係の俺はなんでも言われたことをするだけなので、すぐに調理場へと移動し。朝食を作っていた。
その間ずっと頭上からにぎやかな声が聞こえてきているという現状だ。
「だから私が来た時に言いましたよね?」
「――何を?」
「裸で寝ないようにと。いえ、寝てもいいです。しかしそれは襲われてもよいということと判断すると言いましたよね?」
「後半聞いてないけど!?」
「前半は覚えているのに脱いだと――」
「――うっ――だ、だって、暑いから仕方ないじゃん。それに今までは見られても――」
「起きているときは脱がないのに不思議ですね」
「寝ていると暑くて知らないうちに脱いじゃうの!」
「――」
俺は何を聞かされているのか。
何とか聞かないようにしつつ調理をする俺だったが。どうしても静かな屋敷なので、ほとんどの会話が耳に聞こえてきてしまう。
「――魔力も枯渇してそうな。無能次期魔王様。このままでは本当に落ちるところまで落ちますよ?」
「――ソフィ。一応言うけど、私の方が立場上だからね?」
「それが何か?」
……ソフィ半端ない。かなり強気だ。ルーナが魔術使えたら即殺されていそうなことをサラッと言っている。
そりゃルーナも俺と同じで魔術が使えないから攻撃されないだろうが――そういえばソフィは何の魔術が得意なのだろうか?とふと俺は考える。
余談となるが、この世界では、火。地。水。風。空の力があるとされており。すべての人がすべての力を一応使うことができるが。普通はそれぞれに得意、不得意があるので全部を使いこなす人はごくごく一部だけだ。
ちなみに無能の俺には全く関係ないことだ。何も使えない。でも知識はあるので得意不得意なく。すべての術式は可能なので、もし魔術が使えればそれなりの事はできるはずだが――全く発動しないため知っていても使えない。無意味である。
普通は何か得意な力が1つはある。もちろん得意な力は、1つの人もいれば2つ。3つの人もいる。そして国王。勇者。魔王と言われる人は基本すべての力を均等に使えるとされている。現に今の人間界の勇者は化けものみたいに強いという噂を聞いたことがある。
そして強い者の子はその力(魔力)を必ず引き継いでいるので、普通なら一般人より強い魔術が使えるはずなのだ。けれど――。
「ルーナ様がここまで本当に噂通りの無能だとは思いませんでしたよ」
ちょうど頭上からソフィの声が聞こえてきたが。ルーナは魔王の子なのに全く魔術が使えない。
ちなみに俺は普通の家庭だったので、それなりに普通の魔力はあってもおかしくないのだが――全く発動しない。
「ルーナ様。変わるなら今ですよ?先ほども言いましたがセルジオ様も無能と言われ生きてきたお方。そして今無能が2人。そして初めにも言いましたが。私は以前魔術が使――」
俺の居ないところで勝手に俺のことを馬鹿にしてくれている声も聞こえてきたが。それは既に慣れていることなので問題ない。俺は特に気にせず作業を続ける。
ちなみにその後の会話は声が小さくなったのか聞こえなくなった。
頭上から声が聞こえなくなってから少しして足音が食堂へと近づいてきたのだった。
★
「とりあえずルーナ様。ルーナ様のお世話。基本雑用をするセルジオ様です」
「よ、よろしくお願いします。ルーナ様。セルジオ・クシランダーです」
朝食前。簡単に再度俺の自己紹介が行われた。
まだ少しルーナは少し恥ずかしそうにしているが――あれは事故であると言いたい。でも許してもらえないなら殺してくださいである。俺はそんなことを思いつつルーナに再度挨拶をしていた。
「――雑用係ね。わかった。って、雑用って何するの?ソフィが全部してたんじゃないの?」
挨拶の後、不思議そうな顔でソフィに聞くルーナ。どうやら今のルーナの発言から、今まではすべてソフィが身の回りのことをしていたらしい。
ちなみに再度となるが。この屋敷本当に3人しか今いない。警備の人の姿も本当にない。もし攻撃を受けたら――強さはわからないが。ソフィ頼みになることは間違いない。
「そうですね。すべて私がしていました。散らかしまくる堕落お嬢様の身の回りのことを」
「――ソフィ?さっきから私を怒らそうといつも以上に罵倒してない?」
「いえいえ」
笑顔でルーナに答えるソフィ。顔には煽ってますよ?と書かれているように俺でも見えた。
この様子はまた何かが始まりそうだ。今度は俺の目の前で……その場合俺はどうしたらいいのだろか。大人しく立っているべきなのか?さっと消えるべきなのか?
ちなみにルーナとソフィ。仲が悪い様子はない。
あと、年が近い――いや、見た目では――というべきか。とにかく、ここに居る3人みんな年が近そうに見える。今この3人の状況を全く知らない人が見たら。学校で同級生3人が何やら話していると思われてもおかしくない雰囲気だ。なので、完全にルーナをソフィがいじっている状況だ。
忠告しておくが。ルーナは次期魔王である。ソフィ恐ろしいお方。怖いもの知らずだ。
「とにかく無駄話はこれくらいに」
「ソフィが余計なこと言うからでしょ!」
ルーナのツッコミはもっともだった。無駄話をしていたのはソフィの方だ。しかし今はまるで『私何か言いました?』といった雰囲気でソフィは話を変えようとしていた。
「はいはい。堕落お嬢様」
「ソフィ!?」
もう一度言っておこう。マジでソフィ半端ない。
「とにかくです。これから堕落お嬢――ルーナ様のことに関しては」
「わざと言ってるでしょ!?」
ソフィは間違いなくわざと言い間違っているが。ルーナの声は全く聞かずそのまま話を続けた。ホント、ルーナが少しでも魔術を使えたら――この場が戦場になりそうだ。
「これからほぼすべてセルジオ様にお願いします」
「「えっ?」」
すると唐突なソフィの発言に、俺とルーナの声が重なる。そしてともにソフィの方を見る。
「朝ルーナ様を起こすのはセルジオ様にお願いします。お部屋は隣ですから壁を蹴ってもいいですよ?」
「隣だったの!?あと壁蹴るのはおかしいわよ!」
驚きますよね。いきなりどこの誰かわからない人が隣に居るとか。あと、俺もルーナに同意。壁蹴って起こすとか。どんなんだよ。と、心の中で思いつつ2人のやり取りを聞いていた。
「そして、お食事など。身の回りの事に関しても、すべてセルジオ様ができるようなのでお願いします」
「えっ――できるの?」
すると今度はルーナが疑いの目で俺を見てきた。そりゃそうだろう。無能に何ができる?とね。でも魔術が使えないだけで何とかできる俺はルーナに答えた。
「――一応。魔術が使えないので、すべて地道に1から作ることになりますが。できます」
「セルジオ様大丈夫です。こちら時間だけは無駄にありますから。ルーナ様が日中常にお昼寝ができるレベルに暇ですから」
なんとなくこの場。ここでの生活の雰囲気は既に見えていたのだが。ソフィの発言からも本当にこの場所はすることがないらしい。ルーナは本当に次期魔王なのだろうか?と思ってしまう。
「ちょ、ソフィ。私そんなに――」
すると、もちろんルーナはソフィに抗議――だったが。
「事実ですから。恥ずかしいのでしたら、ぜひルーナ様もいろいろ教えてもらうことをお勧めします。まあ私もセルジオ様のお力はまだ全く知りませんが」
そういえば今更ながらだが。昨日少し話しただけで、ソフィは実際にしているところを見ずに朝食もだが。いきなり俺に仕事を丸投げしてきたのだ。俺がそんなことを思っている間もソフィの話は続いた。
「あと、先ほどのようにルーナ様が脱ぎ散らかせばセルジオ様が片付けます」
「なっ!?」
再度頬を赤くするルーナ。そりゃそうだ。俺も恥ずかしい。できることなら――脱ぎ散らかさないようにお願いしたい。
「部屋を散らかせばセルジオ様が片付けます」
「ちょ、私の部屋自由に入られるの!?」
「もちろんですよ?すべてセルジオ様にしてもらいますから」
慌てつつさらに顔を赤くするルーナ。ちなみに俺も驚いた。掃除とはいえ、ルーナの部屋に入るのか。と。
「食事の際に野菜を残したらセルジオ様が食べます」
「――うん!?って――食べて……」
「ないですよね?」
「……」
ルーナは野菜が嫌いらしい。ソフィに言われ少しだけ言い返そうとしていたが言い返せず。ルーナはとても恥ずかしそうにしている。
これだけいろいろ言われていると、少しかわいそうになってきた
あと、今ソフィおかしなことを言った気がするが。俺の聞き間違えだよな?
「もちろん。お風呂が面倒というなら。これからはセルジオ様がお部屋でルーナ様の身体を拭きます」
「ちょっと待った!!それは待った!」
過去一番ルーナの顔が真っ赤っかになった。
俺はというと唐突なことでぽかーん。反応できず。
「着替えも面倒というならこれからはセルジオ様が手伝ってくれます」
「だから待て!ソフィ!待て!ストップ!」
ルーナが再度顔を真っ赤にし慌てる中。どんどんと衝撃の事実。俺の仕事内容が明らかになっていく。俺大丈夫だろうか……明日には――いや、今日死にそうである。
「とにかくルーナ様の身の回りのことはセルジオ様が行います。以上です。さあ、ルーナ様。自由にセルジオ様をお使いください」
「ちょちょちょ。私女だからね?今まで男の人が付いたことなんて――」
「それが?」
「……」
完全にここではソフィの方が上らしい。ソフィは終始動じず話し続けている。いや、ルーナの様子を見つつ――楽しんでいるようにも見える。
「――ヘマしたら――追い出す。いや――消す」
するといろいろ諦めたのか。ルーナがこちらを見てつぶやいた。って、いやいや、俺ここでは本当にミスが許されないらしい。一気にレベルが跳ね上がった。即処分。殺されるかもしれなくなった。
「まあまあルーナ様。あっ、セルジオ様朝食の準備は?」
俺がこの後本当に大丈夫だろうか?などと思っていると、普通にソフィが話しかけてきたので、慌てて頭の中を切り替えた。
「――あっはい。大丈夫です。準備できています。大したものは――ですが」
「――食べれるのかしら」
俺がソフィに答えるとすぐに、ルーナから冷たい声が――どうやらルーナ大変ご機嫌が悪いみたいだ。これで料理が不味いと言われたら――俺死ぬな。
それから俺は、かなりドキドキしながら先ほど準備ていた料理をルーナの前に出す。そして散々言っているがこの屋敷には3人しかいないため。食事は一緒とすでにソフィから聞いていたので、ソフィのものと自分のものも一緒に机へと準備する。ちなみにこの食堂の机はそこまで大きくないので、3人がそれぞれ距離が離れているということはない。なのでもしヘマすると――即何かが飛んでくる可能性がある。
「――これ。あんたが作ったの?魔術――なしで?」
すると俺が料理を並べるとすぐにルーナから驚いたような声が聞こえてきた。
「あっ。は、はい。一応以前お店で働いたたことがありまして――調理場にあった材料でできる物を作ってみました」
本日の朝食。この屋敷にあったもので作れたのは、ホットサンドとスープだ。
朝食をお願いされた際に『ここ最近は物資もまともに送ってもらえないので、食材は少ないです。品数は少なくても問題ありません。そもそもルーナ様は小食ですから。あと、食材の鮮度に関してはあまり良くありません』ということをソフィから聞いていた。
そして、実際パンなどはあったが。少し硬くなっていた。そして野菜も鮮度はあまり良くなかったので、本当はサンドイッチとスープだったところをパンも焼いた方が美味しくなるのではないかと思いホットサンドにしてみた。
また、スープは残っていた野菜をいろいろ入れて作っただけだ。でも味は大丈夫なはずだ。
なお、先ほどルーナは野菜嫌いと聞いたので――すでに殺されそうな予感がしていた俺だった――が。
「なかなかですね」
まずソフィから驚きの声。あれ?
「――おいしそう」
あれ?次にルーナ様からも驚きの声……?
はっきり言って俺は大したものを作っていない。次期魔王様にこんなシンプルな朝食でいいのだろうか?と思っていたのだが。材料がないし。仕方ないと思い作れる料理を作り出しただけだが――まさかの高評価?だった。
まずルーナがホットサンドを一口。ちなみにナイフとフォークなどはあったので準備したが。ルーナには不要だったらしい。手でホットサンドを持ちかぶりついていた。堅苦しい雰囲気はここには本当にないようだ。
「――美味しい」
俺がそんなことを思っていると、すぐにそんな声が聞こえてきた。
「セルジオ様。早々に食で心を掴んだようですね。確かに普通に美味しいです」
さらにソフィからも。俺はというと――。
「え、えっ?」
驚くだけだった。
簡単に結果を言うと――どうやらホットサンドだけでかなりの高評価だった。
ホットサンドは普段からよくよく目にしたものなので――食べなれている。いや。もしかすると。魔界では?などと俺は思いつつも。こんな普通の料理で感動されると。ルーナは今まで何を食べていたの?という疑問が湧いた俺だった。
ほんとに魔界では食材がほとんどないのだろうか?と感想を聞きつつ真剣に考えていた。
「今までは変な料理ばかりだったから――美味しい」
するとルーナがボソッとつぶやいた。
「――えっと、参考までに、ルーナ様は今までどのようなものを食べていたのでしょうか?」
俺が恐る恐るルーナに聞いてみると。ルーナの代わりにソフィが答えてくれた。
「説明しますと、身体に良い。と言われる料理が多かったと資料には残っていました。もちろん身体によいものが美味しいとは限らずですね。なかなかの料理名が並んでいましたね。あれは――ルーナ様を覚醒させるためにいろいろ実験していたみたいです」
「――覚醒?実験?」
食事で――実験?そもそも覚醒って、とにかく。料理の話を聞いただけなのに。とんでもない言葉が出てきた。
けれど――なんとなくだが。俺が来るまでの直近はソフィが担当していたはず。ソフィが変なものを出す雰囲気は――などと俺が思っていると。
「そして、私は辛い物が好きでして、どうしても作るものは辛い物になりますから」
俺が確認する前にソフィ自身が話してくれた。するとすごく嫌そうな顔をしてルーナがつぶやいた。
「――朝から激辛のパン食べさせられて酷い目にあうし。それに毎食真っ赤っかとか。食欲失せるから。不味くはないんだけど――」
「――」
ソフィもなかなかだったらしい。
そして今の話からここ最近は極端に偏った?料理しかルーナは食べていなかったことが判明したのだった。
つまり――庶民の食事を作れば十分喜ばれる可能性が出てきた。
「セルジオ様。ちなみにこの堕落次期魔王様は料理をすれば魔術が使えなくとも爆発が起こるでしょう」
すると、俺が一応だが『ルーナは何かできるのだろうか?』と頭で思った瞬間。ちょうどソフィが話してくれた。にしても――爆発はないでしょ。
「ソフィ!?って今日めっちゃ話すわよね?」
もちろんそんな評価をされたルーナはすぐに反応していた。
「事実ですから」
「爆発とかそもそも触ったことない!って、私の悪口言いたいだけじゃん」
「はい」
「認めた!?」
「にぎやかだな……」
その後の食事中も言い争いをするルーナとソフィ。ここはどうなっている――と思いつつも。久しぶりににぎやかな朝食をとった俺だった。
ちなみにルーナはその後朝食をしっかり完食した。野菜もあったが。『これなら食べられる』と言ってくれたのだった。とりあえず一安心の俺だった。
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