1-2 魔王城へ

 ここは魔王城のとある個室。


に関わる者はソフィ。お前にすべて任せる。魔王様もずっと手を焼いているからな。なるべく周りには気が付かれぬようにだと。そろそろあの様子だと頃合いかもしれないが――今のところはソフィに一任する。あっそうそう、前任みたいに無能を覚醒させようとはするなよ?そりゃ覚醒させたら大手柄だろうが。自分がやられちまう。無能相手は予想以上にヤバいらしいからな。会話すらままならないらしいし」

 

 魔族の男性がせわしなく動きつつ1人のスタイルの良い女性に声をかける。

 また周りを見ると他の魔族も忙しそうに動いている。

 この光景はここではいつもの事。いつも通りの光景である。


「――わかりました。お任せください」


 男性から指示を受けたのはソフィ・スペンサー。

 数か月前に魔王城勤務になったばかりの女性だ。そして魔族の中ではかなり若い方。そして今のソフィは数日前に魔王城離れのの子守り係という任務を受けた。今は報告のために魔王城を訪れていた。


 ちなみにの子守りというのは、外れを引いたと言っている者もソフィの周りに多くいた。ドンマイと声をかけてくる人もいた。

 しかし、今のソフィは周りの小言は一切気にすることなく。任命後は魔王城離れに向かい。皆からと呼ばれている人の現状確認のち。に気が付き。もう1人くらい離れに人員が欲しいという相談で魔王城を訪れていた。そして先ほど、離れの事は一任すると言ってもらえたところだった。


 その後ソフィはすぐに求人を出した。わざわざ求人を出した理由は魔王城に勤務する人は出せないと言われたから。しかしソフィはそれでよかった。


『城の雑用係』

『城の離れにて雑用。泊まり込み可。食事付』


 ソフィの作った求人票は通常の求人票から見るとかなりシンプルだった。そして給料面をしっかり見ると、なかなかな内容がさらっと書かれている。

 通常の給料の10分の1しか出さないのだ。普通なら提出すればそもそも紹介所が受理せず弾く。または通っても、いつまで経っても誰も応募してこないような求人を作った。

 ちなみにこの求人は嘘がある。本当は雑用係ではなく。子守りなのだ。しかし、この時のソフィの直感はこれだけで何かが起こりそうな気がしていた。

 

 実際、ソフィが求人を出してすぐ。偶然にもトラブルが起こっていたのだが。さすがにそこまではソフィは知らない。事はたまたまソフィを後押ししていた。


 これは偶然の出来事から始まった。いや――誰かがそうなるように仕組んだのかもしれないが。今は何もわからない事だ。

 

 ★


 ソフィが求人を出してから数十分も経たないうちに応募があった。さすがに自分の直感に怖くなったソフィ。少しは驚いたがすぐに冷静になり。それから送られてきいた応募者の情報を確認する。


「――これは面白いお方が。が他にもいたとは……もしかして、ルーナ様に付いて行けば――ふふっ」


 そして、またとある考えが浮かび、1人口元を緩ませ頷くソフィだった。

 

 ◆


 ところ変わって、現在のセルジオの手元には、大金があった。


 少し前までは今日食べる物すらも買えないような状況だったが。今のセルジオは数日は何もしなくってもいいくらいのお金を持っていた。

 何故そのようなことになっているかというと。数十分前に時を戻すことになる。


 ★


「申し訳ありませんでした。これは――お詫びと言いますか。どうぞお受け取りください」

 

 職業紹介所でのこと。お偉いさんと思われる男性がセルジオに頭を下げていた。

 その理由は間違った求人票。魔界の求人票と人間界の求人票が混ざっており。その被害にあったからだ。

 本来ではそんなことは起こるはずがなかった。けれど、一瞬だったが起こってしまった。そしてたまたまその一瞬に受付をしたセルジオは、間違って魔界の求人に応募してしまった。本来なら取り消しを行うことができるのだが。人間界と魔界のルールは違う。そしてそもそも受理された後トラブルがすぐに解消されたこともあり。こちらからでは魔界側の求人に対して変更。取り消しができなくなってしまったのだ。

 本来なら確認の時点で受付の人が気が付くこともできた。しかしセルジオの選んだ求人は情報が少なすぎ。セルジオも受付の人も国王城のものだと思い込んでいたため。まさか魔界の求人とは疑いもしていなかった。


 結果として、いろいろな不運が重なったことにより。セルジオは魔界の魔王城に行くことになってしまったのだ。


 もちろん無視する選択もあるだろう。しかし相手は敵対する魔族。少しでも変なことが起こればそれこそ再度衝突も考えられる。今は落ち着いているが。セルジオが受けた求人を無視すると……それが崩れる可能性があるのだ。

 そんな中で一個人が選択ということをできるわけがなく。セルジオの魔界行きが確定。


 すると、職業紹介所のお偉いさんと、セルジオの担当をしていた受付の人がペコペコ頭を下げ。お偉いさんがセルジオにお金を渡してきたのだった。


 何故お金かということを、簡単に説明すると――だと思うから、せめてそれまでは楽しんでくれ。とでも言うことだろう。

 人間が1人で魔界。それも魔王城に行く。普通ならたどり着く前に殺される可能性が高い。もしたどり着けたとしても、そもそも生きて人間界に帰って来ることはないだろうということだ。

 

 ★


 そんなやり取りがあって数十分後。セルジオははじめこそガチガチだった。

 

 昔なら行きたかった所といえど。今の自分が行っても何もできないことは良く知っている。単なる自殺行為だ。

 でも少し時間が経つと。今の生活からある意味解放される。それにもしかしたらちょっとくらい反抗もできるかもしれない。そんな考えがセルジオには浮かんでいた。


 その後のセルジオは、まずおいしい食べ物をたらふく食べた。途中から涙が出てきて周りに居た人を驚かせたがそんなの関係なくたくさん食べた。

 暖かい料理は心も久しぶりに幸せにしてくれた。

 その後は、ボロボロだった服を新調した。最期くらいちゃんとした姿になろうと思ったからだ。

 さらに久しぶりの風呂も満喫し。長くボサボサだった髪を整えるなどした。


 職業紹介所を出て数時間もすれば、セルジオは見違えるほど小綺麗になった。

 ぱっと見は、誰も無能底辺庶民セルジオと思う人はいないだろう。


 そしてセルジオは魔王城に向かうため。まずは自身の地元。ヴアイデの町を目指したのだった。


 ★


 翌日にはセルジオはヴアイデの町にやって来ていた。ちなみにセルジオがヴアイデの町に戻ってきたのは久しぶりだ。魔王軍の攻撃以来である。

 町はすっかり綺麗になっていて、戦いの後はほとんど見られなかった。しかし、まだ一部は手付かずの場所もあった。

 例えば破壊された家。その家の住人がいなければ修理などは行われないので、そのままとなっていた。それはセルジオが住んでいたところもだった。

 

「……」


 久しぶりに訪れた自宅は何も残っていなかった。でも、家があったという雰囲気は地面にまだ月日が流れても残っていた。

 セルジオの家族は魔王軍の強力な魔術の攻撃により跡形もなく――という風に聞いていた。あの時セルジオだけがたまたま家族と離れていた。その結果が今だ。セルジオだけが残ったのだ。


「――もうすぐそっちに行くよ」


 セルジオは手を合わせつつ。そうつぶやくと自宅から離れ。今日の宿へと向かった。


 ☆


「……」


 ――セルジオが去った後すぐ。金髪碧眼の少女がセルジオの居たところにいつの間にか立っていた。

 そして家のあった場所に小さな花を置いていたが――それをセルジオが知ることはなかった。


「巻き込んでごめんなさい」


 金髪碧眼の少女の声は誰にも聞こえなかった。

 そして次の瞬間には誰もいなくなっていた。

 小さな花だけがその場に残っていた。


 ☆


 ヴアイデの町へとやって来たセルジオは久しぶりにふかふかのベッドで休んだ。それはもうあっという間だった。ベッドに横になるとすぐに寝れた。死んだようにずっと寝たのだった。

 そして翌日は昼過ぎまでゆっくり寝ていた。起きたときの気持ちよさ。一気に身体が元気になった気がしていた。さらに美味しいものをこの日もたくさん食べた。再度泣いて周りを驚かせたがセルジオは特に何も気にしていなかった。


 そしてセルジオは夕方ヴアイデの町を出発した。


 以前のヴアイデの町なら魔界からの魔術特急が乗り入れていた。しかし今では駅は封鎖されているので徒歩移動だ。

 なお、セルジオがわざわざ夕方に町を出発したのは目立たないようにするため。

 

 敵対している人間界と魔界だが。実際は行き来するのは一応自由だ。人間界と魔界は陸続きでとくに門。城壁などがあるわけではない。さらに道は1本道なので迷うことなく魔界にはたどり着く。でも好んで敵地に行こうと思う者はいない。現にヴアイデの町を少し魔界側に出ただけで誰も人はいなくなった。


 今までにセルジオはいろいろは噂を耳にしていた。魔界では人を見たら即襲ってくる。男なら八つ裂き。女なら壊れるまで遊ばれ殺されると聞いていた。

 最近はずっと路地裏の生活だったセルジオもそれまでの間の生活や噂でいろいろな話は聞いていたので、現在の魔界の事はそれなりに知っているつもりだった。

 なのではっきり言ってセルジオは怖がっていた。わざわざ死にに行くのだから。でもセルジオは進んだ。もう覚悟はできている。そう自分に言い聞かせながら魔界を進んだのだった。


 セルジオが魔界に入ってからしばらく。特に今までと変わりはない。しいて言うなら夜になったのであたりが暗くなった。普通なら夜の道は真っ暗だ。でも、魔界に入ってからしばらくすると。薄暗いなりにも道が明るかった。

 何故かというと道路沿いに光があったからだ。人間界ではありえない光景だった。夜というのは真っ暗。明るいのは家の中。町ならお店の中だけというのが普通だったからだ。しかし魔界では道も明るい。

 少し近づいて観察してみると、どうやら魔術。または道具を使っているみたいだった。小さな箱みたいなものが道端などにあり。光があたりをぼんやりと照らしていた。これなら夜でも歩きやすい。

 しかし、今のセルジオからすると、明るいのは困りごとだった。魔族に見つかる可能性が高いからだ。わざわざ暗闇に紛れてという計画で夕方出発したのだが。これでは無意味だ。普通に道を歩いていれば姿が見える。それにこの分だと町まで行くとさらに明るい可能性も考えられた。魔王城がある町まではまだ1つ町を超える必要がある。本来なら暗い中を通過――と考えていたセルジオだが。町を通過できるか微妙になってきたのだった。


「――魔王城たどり着けないな」


 セルジオはそんなことをつぶやいた。その時だった。


「あら?こんな時間にどうしたの?」

「ひっ!?」


 突然声をかけられたのだった。

 セルジオは完全に油断していた。少し明るいけどまだ町じゃないから誰もいないだろうと勝手に思っていたのだが――それは間違いだった。セルジオが声の方を振り向くと――背丈は自分より少し低めだがほぼ同じくらいで、淡いピンク色のミディアムヘアで、ふんわりとした白のワンピース姿の優美な女性が明かりに照らされ立っていた。

 年は自分より上?いや、同じか下?とにかく、そこまで離れてない気がするが。明らかに自分と違うものが頭に付いていた。声をかけてきた女性の頭には角があった。つまり――魔族だ。早々とセルジオは魔族に見つかってしまったのだ。まだ1つ目の町にすら着いていないいのに……。


「あら。珍しい。人間さん?」

「――」


 これはどういう反応だ。油断させて攻撃してくるのか?セルジオの頭の中ではいろいろな可能性がぐるぐる回る。できればもう少し進んでから死にたかった。こんな早々と殺されるのは嫌だったのでいろいろと無能なりに考える。すると、なぜか声をかけてきた女性は微笑みながらセルジオに話しだした。


「そんなに警戒しなくて大丈夫よ?食べたりしないわよ?」

「――」


 怪しすぎる。怪しすぎるが――話かけてきた女性からは何の敵意も感じられなかったセルジオ。もちろんセルジオが単に何も感じることができないだけということもあるが……。


「こんな時間にどうしたの?迷子――ではないわよね。人間さんがこちらに来るなんてよっぽどの事よね?どこかに用事?」

「――ま、魔王城です」

「まあ!」


 あまりに女性が普通に話しかけてくるので、セルジオは気が付くと普通に返事をしていた。すると少しだけ驚いた女性だったが。すぐに微笑みに表情が戻った。


「それはそれは、なら――一緒に行く?」

「――はい?」


 そしていきなり突拍子もないことを言いだしたのだった。さすがのセルジオも気の抜けた声を漏らした。


 魔族の女性とセルジオが会ってからしばらく。

 セルジオはまさかの魔族の女性にヴアイゼインゼルの町。人間界から一番近い魔界の町へと案内してもらい。ヴアイゼインゼルからは一緒に魔術特急に乗っていた。


「……すごい。こんなに早く動いているよ」


 そしてセルジオは車窓を見て驚いていた。

 真っ暗だがところどころある明かりで自分自身が移動してるスピードの速さを実感していた。


「ふふっ、人間界には今。魔術特急は走ってないもんね」


 セルジオの横では少し前に、セルジオに声をかけた女性が微笑みながら座っている。

 もちろん魔界に行ったことのないセルジオ。しかし魔術特急はヴアイデで見たことがあった。乗るのはもちろん始めてだが。


 魔術特急とは魔力機関車。魔術によって作られた力を動力として走っているとか。詳しくはわからないが。その魔力機関車が3両の客車を引っ張ってかなりの速度で走っている。

 ちなみに外観は漆黒。真っ黒だ。しかし車内は木材を使っているのかあたたかな雰囲気がある。

 そしてこの魔術特急。人間界へとつながっている時もだったが。お金はかからない。誰でも乗れる。そして1日中ずっと走っているのだ。

 いつでも誰でも乗れるのが魔術特急。

 なので人間界とつながっている時は、人間をさらうためにお金を取ってないと言う人間もいた。けれど実際は――本当に普通に乗ることができた。いや、今まさにセルジオは連れて行かれているのかもしれないが――。

 ちなみに、魔界に入ったセルジオは今までに何人もの魔族とすれ違ったりしているのにまだ生きている。噂通りならとっくに殺されていそうだが。生きていた。

 会う人会う人が自分を見て驚いている姿は何度も見たが。誰も襲ってくる人はいなかった。また噂では魔族はみんな黒いものを好んでいる。何もかもが黒という話を聞いていたが。今隣に居る女性をはじめみんなおしゃれな服装ばかりだ。周りを見ても人間界と変わらない様子。しいて言えば角があるかないか。

 また先ほどセルジオは、自分より小さい子供とすれ違った。その時に、魔族の子供は角がないことを知った。正確に言うとあったのだろうが見えなかった。『子供のころは小さくて髪などに隠れているのよ』これは隣に居る女性が教えてくれたことだ。


「あっ、そうそう自己紹介していなかったわね。私はミア。ミア・フローレス。年齢は秘密ね?まあ私の方がはるかに上だと思うけど――あっ、ユーゲントキーファーで小さいけどお店をしてるわ。今はお店で必要なものを探しに行っていた帰りよ」


 セルジオが次々起こることに驚いていると、隣にいた女性。ミアと名乗った女性が自己紹介を始めた。

 ちなみに、ミアは先ほどからすごくいい香りがしている。花の香りなのかはセルジオにはわからないが。とっても落ち着く良い香りだった。近寄りたくなるというか。近くに居るとすごく癒される香りで、それもありセルジオはかなりリラックスできていた。

 そして今ミアは年上とセルジオに言っていたが。実際は年下に見えるほど若い姿をしているので少しセルジオは接し方に困っていた。そして、魔族に関して長生きというくらいしか知らないセルジオは、何と答えるべきか悩みつつ。  

 

「えっと、セルジオ・クシランダーです。その――ちょっとしたミスで魔王城の求人に応募してしまって――行くところです」


 結局ミアの事には触れず。自分の自己紹介をするということにしたのだった。


「魔王城の求人に?」

「はい。雑用係――ですが。そのような求人がありまして――」

「今は魔王城も人手不足なのかしらね?いろいろ噂はあるけど、あっ、ちなみにうちも求人出してるのよ?もしダメならうち来る?」

「――えっ?」


 セルジオにとってはまさかの勧誘で、驚きの展開だった。

 もちろんミアが冗談で言っているとセルジオは思っていたが。にしてもだ、ミアは会ってから一度もこちらに対して敵意を感じないのだ。本当に普通に大人と雑談をしている感覚だった。そのためセルジオはさすがに人間界での噂は嘘なのでは?などと思い出していた。

 

「人間の従業員がいるお店。話題になって人気が出そうじゃない?」


 セルジオが驚いている間もミアは微笑みながら話している。


「えっ、いや――どうなんですかね」


 とりあえず苦笑いで答えるセルジオ。


「まあでも魔王城の方がお給料は間違いなくいいわよ。うちなんてそんなに出せない小さなお店だから。なかなかね」

「――」


 激安です。とはさすがにセルジオは言えなかった。何故なら、ここで魔王城に関して何か言うと突如としてこの場が殺人現場になる可能性もあったからだ。

 

「あっ、そろそろユーゲントキーファーよ」

「――えっ?もう?」


 セルジオが少しの間ミアと雑談をしていると魔術特急のスピードが落ちた。ちなみに時間的には深夜帯のはずなのだが。


「――明るい町だ」


 車窓に見えてきた光景は明るかった。家だけが明るいとかではなく。町全体が明るかった。昼間というほどではないが。夜でも昼間のように明かりを持たずとも、外で生活できそうな明るさがあった。

 余談だが。驚くセルジオの横ではミアが再度微笑んでいた。まるで子供を見るような目で。


 ユーゲントキーファーに着いたのは深夜。しかし町は賑やかだった。まだお店も開いているみたいで、魔族。角のある人がそこそこ多く歩いている。

 そしてセルジオはすごく注目されていた。それもそうだ。魔界に人間がいるからだ。しかし隣にミアが居たからか。見られるだけだった。話しかけてくる者もいなかった。


「セルジオ君?」

「あっ。はい」


 あたりの光景に驚いていると、セルジオはミアに声をかけられた。


「どうする魔王城行く?」

「えっ?いや――でも今は時間的――深夜だと思うので――」


 さすがに予定より早く着きすぎた。人間界にあった魔族側の資料で魔王城までは、歩いて半日ほどとなっていたので、余裕をもって出発したのだが。にしても早くついてしまった。


「大丈夫よ。魔王城も基本ずっと開いているから。時間指定とかが無ければ、いつ行っても大丈夫よ」

「――はい?」


 ミア曰く。魔王城はどうやら深夜とか関係ないらしい。そもそもこの町も夜も眠らない感じだった。

 

「案内も兼ねて行ってみる?近いわよ」

「あっ――えっ……はい。お願いします」


 この時のセルジオは、1人でこの魔界のど真ん中に放置されるより。今はミアに案内してもらう選択をした。

 そしてミアとともに歩き出す。すると、ユーゲントキーファーの駅は本当に魔王城近くにあったらしく。少し話しながら歩いていると、すぐにすごい圧力。存在感のある建物が見えてきて、初めてでもすぐに魔王城とわかるものだった。そして、セルジオが驚いている間に魔王城の門へとあっという間に到着したのだった。

 ちなみにセルジオはまだ生きている。珍しいものを見る視線はかなり刺さってるが。生きていた。人間界の噂はなんだったのだろうか?とセルジオは本当に感じ出していた。


 そして、魔王城へと連れて来てもらったは良かったが。この後どうすればいいのかセルジオはわからず困っていた。どのように伝えればいいのかがわからなかったのだ

。でもセルジオが悩んでいると、いつの間にかミアが門のところで警備をしていた男性。人間で言うと、20歳くらい?の見た目で、グレーの長髪。そして立派な角のある男性に声をかけていた。


「アイザックさん。こんばんは。今日は門番ですか?」

「おお、いや、病欠でよ。急に呼ばれた。って、ミアこそどうした?」

「魔王城の求人受けたって人連れてきたのよ」

「求人?」

 

 その光景を見たセルジオは驚きつつも、説明するなら今しかないと、求人票を出しつつミアの横へと移動しアイザックと呼ばれていた男性に話しかけた。


「す、すみません」

「たまげた。人間か!」


 セルジオが近寄るとアイザックは大袈裟に驚いた。


「あ、はい。それで――求人を――」

「うん?求人だな――って、人間界に出したのかよ。って――ちゃんとした求人だな。ちょっと待っててくれ」


 セルジオが差し出した求人票を見るとアイザックはすぐに頷きながらつぶやきながら城内へと向かっていった。


 その間にセルジオはミアにお礼を言っていた。そしてその最中にアイザックが戻ってきてセルジオに声をかけた。


「離れの担当者すぐ来る言ってるから待合室で待っててくれ。案内するわ」

「――あ、はい」


 アイザックに言われ少し緊張気味にセルジオは返事をしたが。今のところ順調に?ことが進んでいることに驚いていた。


「よかったわね。早く来て正解だったわね」

「あっ、はい」

「じゃ、私は入れないと思うから――お別れかしら」


 すると急にここまで案内してくれたミアとの別れの時が来た。それはそうだ。ミアは魔王城には用はない。単にセルジオを案内しただけなので、ミアとはここでお別れだ。それに気が付いたセルジオは慌ててミアの方をちゃんと向いた。


「あっ、はい。ありがとうございました。あっえっと――お礼。って、こっちでこのお金使えるのかはわからないんですが――今これしか持ってなくて」


 ここまで親切に案内してくれたミアにお礼がしたかったセルジオは持ち金すべてをミアに差し出した。


「あら、人間界のお金?珍しいわ。でもこんなにもらって――」

「大丈夫です。はい」

 

 多分もうすぐ俺死にますから。とは言わず。感謝を伝えるために無理矢理な感じだったが。セルジオはミアにお金を渡した。


「ふふっ。なら受け取っておくわ。あっ。もし困ったことがあったら、いつでもいらっしゃい。ユーゲントキーファーの駅近くで、フローレスってお店だから。そこの門番さんも常連さんだから良く知ってるわよ」

「あ――はい。ありがとうございました」

「常連でーす」


 すると元気な声が後ろから聞こえた。声の主は門番をしているアイザックだった。セルジオがアイザックの方を見ると、ニコニコしながらアイザックが手を振っていた。


 それからすぐにセルジオはミアと別れ。アイザックに魔王城へと案内されていた。

 魔王城の中は外と違い落ち着いた感じ。外観のように物々しさがあるとかではなく。城内は派手過ぎるということもなかった。

 ちなみにミアがいなくなってからのセルジオは興味津々だったアイザックに絡まれていた。


「本当に人間?あっ、俺アイザック。気軽にアイザックって呼んでくれ」

「せ、セルジオです」

「セルジオか。で、人間なんだろ?」

「あ、はい」

「おお、っか、今向こうはどんな感じだ?俺行ったことなくてよ――」


 アイザックのあまりのグイグイにセルジオは少し引き気味だったが。アイザックはそのまま質問攻めをしつつ。待合室へとセルジオを案内した。


「じゃ、ここで待っててくれ」

「あ、ありがとうございました」

「いいよ。いいよ」


 アイザックが待合室を出ると急に静かになった。


 1人になったセルジオは、はじめもしかするとこうやって油断させておいて、一気に襲い掛かって来る。などと警戒したが。そのようなことは起こらなかった。

 それどころか『セルジオ。これ、ミアのところの紅茶だ。飲んで待っててくれ』再度アイザックがにぎやかに待合室へと飲み物を持ってやってきた。

 セルジオは、なるほど飲み物に毒物。と一瞬思ったが。アイザックが持ってきた飲み物は本当に紅茶で、とってもいい香りがしていた。結果普通に出されたものを飲んだセルジオ。とてもおいしい紅茶をいただきながら待合室で待機となったのだった。

 

 セルジオが待合室でしばらく待っていると。ドアが開いた。そして男女2人が入ってきた。アイザックはいない。新しい人だ。


「ほう。本当に人間か」

「そのようです。彼がすぐに応募してきてくれました」

「たまげたな」


 男性の方はお偉いさん――のような感じだ。30歳40歳くらいで、短髪でぴしっとした服装。人間界の職業紹介所の男性に近い雰囲気があった。でも違いもあった。立派な角がしっかりと頭にあった。

 一方女性の方は、黒髪で片側だけに編み込みをしているセミロングで、男性よりかなり若く。セルジオと同じ年くらい。そして男性と同じようなピシッとした服装なのだが――ダイナマイトボディが服装の雰囲気を変えていて。とても魅力的な身体を持った女性だった。ちなみにこちらにも立派な角があった。

 

 そして、セルジオがいろいろ驚いている間に物事は順調に進んだ。どうやら男性の方は忙しいらしくパパっと話を終わらせたかった様子だ。

 

「お前の仕事はの子守りだ。よし。決定。ソフィーあとは任せるぞ」

「ソフィです」

「いいだろ。とにかく任せた」

「はい」

「む、無能?」


 久しぶりではないが。そこそこ良く聞いた言葉にセルジオが反応する。すると部屋を出ようとしていた男性の方が答えてくれた。


「行けばわかる。詳しくはソフィーから聞いてくれ。今はあそこの事はソフィーに一任されているからな。人間君よ。以上だ」

「あ、はい」


 言うだけ言うと男性は待合室を退室していった。男性が退室すると残った女性の方が話し出した。


「ということで、私はソフィ・スペンサーです。魔王城離れで働いています」

「あっ。は、はい。セルジオ・クシランダーです。よろしくお願いします」


 セルジオは勢いよく頭を下げる。


「はい。では、早速ですが。セルジオ様には」

「――様!?」


 急に呼びなれない呼び方をされたセルジオ戸惑った。そのため変に大声が出てしまった。これは殺される!と思いつつ口を慌ててふさぐセルジオ。


「どうかなさいましたか?」


 しかし、ソフィと名乗った女性は何も仕掛けてこなかった。


「――あっ。その、様とか言われたことなくて。すみません」

「そうでしたか。身なりからしてセルジオ様は魔術が使えないだけで、そこそこのご家庭の方かと」


 どうやらソフィは盛大にセルジオのことを勘違いしているみたいだった。

 ちなみに、確かにセルジオの今の身なりは久しぶりにしっかりしているのでそのように見えなくもない。


「いやいや、超底辺です、底です。底。昨日まで路地裏が家のような――とにかくでして――」


 とにかくセルジオはわかってもらうために必死にソフィに話した。その際にソフィがとある言葉に少し反応していたのだが。セルジオは気が付かなかった。


「――それはそれは。では、セルジオ様も長旅でお疲れでしょうから、詳しいことは明日。ルーナ様とともに。にしても早く来ていただけて助かりました。早速明日からいろいろできますから」

「ルーナ……様?」


 ここでセルジオは初めて聞く名前に少し戸惑った。そして『少しくらい魔界の事を知っておいた方がよかったか』と後悔した。


「そういえば人間界の方には全く――でしたね。大丈夫です。明日になればわかります。今日は離れの方にセルジオ様のお部屋を準備していますので、移動してお休みください。あと、そこまで硬くなることもありませんから」

「えっ、はい――って、俺に――部屋があるんですか?」


 まさかの自室があることに驚くセルジオ。泊まり込み可だったので、大広間――などと思っていたが。どうやら個室みたいで驚いたのだった。


「もちろん。一室セルジオ様が生活するお部屋を準備してあります」

「なんかすごいですね」

「明日になればもっと、ある意味すごいことを知りますよ」

「――?」

「では、行きましょうか」


 それからセルジオはソフィとともに魔王城の待合室を出たのだった。


 ★

 

 はじめこそどうなるかと思っていたセルジオだが。次々明らかになる魔界の事を聞いていくと――。

 それは、セルジオ知っていたこととは大きく違うことばかりだった。しかしこれはまだほんの一部。セルジオの知らないことはたくさんある。


 余談だが。とは、魔族の人なら名前を聞けば、とわかるのだが。セルジオはこの時まだ何もわかっていない。

 自分がこれから次期魔王様に仕えるとは――夢にも思っていなかったのだった。

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