聖職者、あるいはジゴロ
(ま、こんなものか)
男達が帝都から離れ、二度と戻ってこないだろうことを確信したシュウは満足そうに頷いた。
見ているのが不愉快とはいえ、勇者パーティーにいたときの癖か、つい赤の他人を助けに行ってしまったシュウだったが、助けた少女が逆恨みで二度と絡まれないように彼なりに配慮をした。
それがブラフをかけてでもゴロツキ達を必要以上に脅した理由である。
「シュウさんは変わらないね。そうやって首を突っ込みたがる癖」
女将が呆れたようにシュウに言った。
シュウが先ほどやったような騒ぎは、この酒場でこれまで何度もあったことだった。
「酒に酔ってても、ああいう困ったやつを見ると助けたがる癖はあったよな」
常連客の一人が思い出しながら同意する。
「まぁ、ゴロツキどもも目障りだったとはいえ、少しばかりやりすぎな気もするがな。優しいんだかそうではないんだか、わからないやつだぜ」
「スレた冒険者ばかりが集まるこの酒場で・・・いや、この帝都で珍しいほどの正義漢だよなとは思っていたが、けど、それももう見られなくなるとはなぁ」
「そんな大層なものじゃありませんよ。ああいうのを見ると酒が不味くなるから、まぁ気まぐれみたいなものです」
シュウは謙遜し、元居たテーブルに戻ろうとする。
そこへ、先ほどマルコスに絡まれていた少女がシュウの前にやってきた。
シュウは表向き「気に入らない」というだけの理由で人助けをすることが多かったが、助けた相手については無関心を決め込むことが多かった。礼も言わずに去る者もいるが、改めて礼を言われるのもシュウ自身面倒だと思っているからだ。
「そ、その・・・助けていただき、本当にありがとうございます!」
頬を上気させて、潤んだ瞳でシュウに礼を言う少女は、非常に顔立ちの整った美形であった。
なるほど、こんな上玉なら絡まれるなとシュウは納得する。
それに・・・
「どういたしまして。失礼ですが、貴方は登録して日が経っていない冒険者ですね?」
少女の身なりを見てシュウが言った。
綺麗すぎる装備品。筋肉の付きが甘く、細い体。何より纏う雰囲気が冒険者のそれとは違っているとシュウは感じたのだ。
「は、はい・・・実はそうなんです。先日ギルドで登録したばっかりで・・・」
気まずそうに少女は目を伏せる。
少女が自分の腕を体を抱きしめるようにして震えているのを見て、先ほどの恐怖が蘇ってきたのかなとシュウは思った。
恐らく、どこかいいところのお嬢さん・・・貴族の娘かもしれないなと考える。
武に多少の心得はあって冒険者になったが、現実を思い知ったといったところかと。
「ここはこなれた・・・それも気の荒い冒険者が寄り付く店です。当面は近づかないほうが良いでしょう。お嬢さんのように可愛らしい方は、すぐに目を付けられてしまいます。ここに限らず、これからは足を運ぶところを考えたほうが良いです。それでは」
シュウは優しく微笑みかけてから、踵を返して自分のテーブルに戻ろうとする。
だがそんなシュウを少女は呼び止めた。
「待ってください!お礼をさせてください!」
そう言う少女に対してシュウは断りを入れる。
「いえ、結構ですよ。大したことはしていませんので」
「そうはいきません!お願いですから、何かお礼を!」
少女は食い下がった。ぐいっと顔を近くまで寄せ、シュウの方がたじろいでしまいそうな勢いだ。
「あぁ、わかりました。では何か欲しいものを考えておきますから、そのときでもよろしいでしょうか?」
まぁ、その時には自分はもう帝都にはいないのだけどな・・・とシュウは内心思いながらそう言った。
とりあえず少女を下がらせるためについた方便である。
「はい!私の名はセレスティア・アドネイドと申します。後日また出直しますので、そのときにまた・・・」
セレスティアと名乗った少女は、ぺこぺこと何度も頭を下げて酒場を後にした。
そんなセレスティアを見て、シュウははぁと溜め息をついて、近くにいる顔見知りの女戦士に声をかけた。
「お願いがあります。あの子を安全なところまでこっそりと見守ってあげてくれませんか?なんだか放っておけなくて」
シュウがそう言って金を握らせると、女戦士は「ツケ払って金もないくせに」と呆れ顔で言いつつもセレスティアを追っていく。
「ったく、とんだお人よしだね。あんたは自分で思っているよりもずっと聖職者に向いてるよ」
女将が溜め息交じりに言う。
「それかジゴロだね。とんだ女だらしだよ」
女将の言葉に周囲にいる他の客たちも頷いた。
「ジゴロ?はははっ、そんな才能があったらどれほど楽に生きていけることか」
シュウは笑い飛ばしながらも、今度こそ自分のテーブルまで戻る。
いろいろあったが、今度こそゆっくりと酒を飲もう・・・そう思ったときだった。
「シュウ様!」
突然、女の声で後ろから呼ばれる。
このようにシュウのことを呼ぶ人物は一人しかいない。
あぁ、漸く来たのかとシュウは背後を振り返る。そこには昼間に約束した少女、聖女フローラがそこにいた。
シュウが全く思いも寄らなかった姿で。
「フロー・・・ラ?その、どうしたんですか、それは・・・」
フローラは昼間とは違い、白を基調とした清楚なデザインの法衣ではなく、一般的な魔導士が着るような普通のブラウンのローブに身を包んでいた。
別にそれは問題ではない。目立つ格好でいては護衛や侍女の目を眩ませることはできないから、目立たぬよう変装するのは当たり前だし、これまでたまにそうしてシュウはフローラと会うこともあったのだから。
だが、フローラは思わず三度見するくらいの大荷物が入っていると思わしき大きなリュックを背負っていたのだ。小さな体に不釣り合いなほどの大きさだが、まるでこれから長旅に出るかのような恰好であった。
「私、退職届を部屋に残してきました!私の荷物も引き払ってきました」
「は?なんですって??」
笑顔でそう言うフローラに対し、シュウは頭に「?」を七つくらい浮かべて聞き返す。急展開過ぎて、フローラが何を言っているのか理解できなかった。
そんなシュウにフローラはずいっと詰め寄って言う。
「私、シュウ様について行こうと思います」
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