ゴミ掃除

「あらあら、放っておけって言ったのにねぇ」



女将はシュウが起こした騒ぎを見て、呆れたように言った。しかし女将は口ぶりの割にシュウを止める様子はない。

シュウに殴られた男は、顎が砕けたのか口をだらりと開け、開いた口から歯が何本かぽろぽろと落ちており、ぐったりしたままピクリとも動かなかった。



「て、てめぇ、マルコスさんを知らねーのか!?ここらじゃ知らねーものはいねーくらいのギャングだぞ!!てめぇ、明日からこの帝都にゃいられなくなるぜ!!聖神教会の庇護下にいるからって、俺達にゃ関係ねーからな!!」



シュウがぶっ飛ばした男の元に、複数の男が駆け寄り、そのうちの一人がシュウに向かって叫んだ。

身なりからして同じようなゴロツキで、このぶちのめされた男の子分のようだとシュウは予想する。



「申し訳ありませんが存じません。それで?私を帝都にいられなくするとおっしゃいましたか?」



スッとシュウが男達に歩み寄る。

それを見てビクッと男達は体を奮わせた。今は虚勢を張ってはいるが、シュウは彼らの親分であるマルコスを一撃でのした男なのだ。内心では恐れているのが誰の目から見ても明らかだった。



「よっ、寄るんじゃねぇ・・・!」



男達はナイフやら剣を抜き、シュウを威嚇した。

シュウはそんな彼らに邪悪な笑顔を向けると、ナイフを持つ男の手を素早く取って捩じ上げる。



「い、いでででで!」



ナイフの男は激痛のあまりナイフを手から離し、痛みを訴えるが



ボキン



シュウはそのまま男の腕の骨をへし折った。



「いっ・・・」



男が激痛で叫ぶより早く、そのまますかさず男の首にシュウは腕を回し、絞め落とす。



「落ちろ!って、もう落ちてるな・・・」



シュウは男が落ちたのを確認すると腕を離し、腕の折れた男の体がズシャリと床に落ちる。



「て、てめぇ・・・何やってやがる・・・?それでも聖職者か?」



すっかり怯え切った男達は、戦意の喪失した顔で震えながら後ずさった。

シュウは尚も邪悪な笑みを浮かべて彼らに近寄る。



「先ほどマルコスさんにも言いましたが、生憎私は破戒僧ですので、少々躾が足りていないのです。お望みとあらばまだまだお相手しますよ?」



ニコニコと笑みを浮かべながらにじり寄るシュウに対し、恐怖心で埋め尽くされた男達は大袈裟に後ずさる。

壁を背にしたところでこれ以上下がれないことに気付き、男の一人が再度虚勢を張った。



「お、俺達は仲間が他にいくらでもいるんだ。帝都で俺達にこんな真似して、後でどうなっても知らねーぞ!今ならまだ謝れば許してやる!!」



男の恫喝に対し、シュウはまたも邪悪な笑みを受かべながら答えた。



「そちらこそ、聖神教会の神官である私に刃を向けておいて、無事でいられるとお思いで?」



「えっ・・・」



「ゴロツキがどれだけ群れたところでゴロツキでしかない。教会の神官である私に刃を向ければ、聖騎士団によって貴方達は一人残らず処させられることでしょう」



シュウの言葉を聞いて、男達はここで漸くハッとなって押し黙った。

聖神教会の聖騎士団は強い権限を持ってる教会の私設軍隊だ。教会に仇成す者は『神敵』とされ、それを排除するために逮捕から処罰からあらゆる自由が保障されている。

例えこのゴロツキが皇族にツテがあり、その庇護下にあろうとも聖騎士団はその強権を使い、屋敷に踏み入ってでも逮捕し、処刑することができる。

そして『神敵』には処刑以外の処罰が適用されたという例はない。つまりはゴロツキ達は自分達は既に死刑台の上に立たされているようなものであるということを理解したのだ。

もちろん、既に教会を追放されているシュウにそんな力はない。だが、一応正式な教会の神官以外には支給されることのない法衣を身に着けている彼は、間違いなく本物の神官であるとゴロツキ達は思い込んでしまっていた。

教会の神官だとして、こうも無茶苦茶な破戒僧にそこまでの権利何かあるのか?などという疑問が湧いてくる余裕など彼らには無かった。



「さて、ここで提案です。私も面倒なことはしたくない。今夜にでもそこで寝ている仲間を連れてこの帝都から出て行き、二度と戻ってこないと誓えばこれ以上荒立てることはしないと約束しましょう」



シーン・・・


シュウの提案を聞いた男達は、黙りこくってゴクリと唾を飲んだ。

バックについているものは確かに大きいとはいえ、今目の前にいるシュウは丸腰で一人。大して自分達は武器を持っている上に、数では勝っている。

周囲にいる酒場の客は傍観を決め込んでいて、邪魔をしてくる様子もない。


ここでシュウを外へ連れ出し、そこで全員で人知れず始末してしまえば良いのだが、彼らはその思考に辿り着かなかった。



「ん?どうかしましたか?」



男達の視線を受けてなお、余裕そうに笑みを浮かべているシュウ。彼一人に自分達では逆立ちしても勝てないということを本能的に理解した。


自分達の親分を一撃でのしてしまった打撃力。ナイフに怯えず、あっさりと骨を折る非情さ。そして悲鳴を上げられる前に絞め落とす手際の良さ。


(こいつただの神官じゃねぇ)


一斉にシュウにかかったところで、全員再起不能にされて終わりだろう。むしろ今度は死人が出るかもしれない。

そう考えるとシュウの立ち向かおうなどとは誰も考えられなかった。



「わ、わかった。今夜ここを離れる。だから、どうかこれでもう手打ちにしてくれ!」



動ける仲間の中で最も格上の男がそう言うと、他の連中も皆同意するように頷いた。誰もシュウに逆らおうなどとはしない。

意識の無い二人の仲間を運びながら酒場を出て行こうとすると、常連客の一人が近づいてこっそり耳打ちした。



「あんたら命拾いしたな。あの神官は『光の戦士達』のメンバーだし、教会でも司教レウスの忠犬でそこそこ幅が利くんだぜ?」



その言葉を聞いて男達は、顔を真っ青にして酒場を急いで後にした。

彼らは帝都のみならず帝国を離れたが、遠い地で彼らの口から『光の戦士達』と帝都の教会の『司教レウス』の悪評が後々ばら撒かれることになるのだが、この時は誰がそんなことを予測しえたであろうか。



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