第33話 経緯

 普段立ち入ったことのない主の工房に足を踏み入れると、椅子に腰かけてテラスティーネが待っていた。

 背中を流れる水色の長い髪は、途中で一部まとめられていて、紺色のドレスを身にまとっている。先ほどアンダンテと軽く話をしたが、たぶん彼女が強引に工房に押し入って、主の身支度を調えたのだろう。


「座って。長い話になるから。」

 テラスティーネに示された椅子に座る。ミシェルが卓にお茶の準備をして、工房を出て行くのを見届けてから、テラスティーネは私に視線を向けた。

「まず、カミュスヤーナ様は無事よ。そこで眠っていらっしゃるわ。」

 テラスティーネに告げられて、私は寝台の方に目を向ける。


 寝台には主が仰向けに寝かされている。どこか傷ついたりしている様子はなく、表情も穏やかだ。そして、主の髪の色が、以前の黒からプラチナブロンドに戻っている。

「髪の色が・・。」

「そう、本来の色に戻っているわ。瞳の色もね。」

「いったい、どうやって魔王から取り戻したのですか?」

「今から説明するわ。」


 魔王は、カミュスヤーナ様から奪った色、テラスティーネ様から奪った身体で、自動人形を造っていた。

 カミュスヤーナ様は新たな器を作成し、自我のある自動人形にそれを渡す代わりに、テラスティーネ様の身体を取り戻した。

 意識のない身体の機能を維持するため、カミュスヤーナ様はテラスティーネ様の身体に魔力を流したらしい。それがきっかけでテラスティーネ様の意識は元の身体に転移。

 今までの作業で極度の疲労にさいなまれていたカミュスヤーナ様を、テラスティーネ様は強制的に眠らせ、自分の身体にあったカミュスヤーナ様の色を、カミュスヤーナ様に戻したそうだ。


 私が持っている魔力は多くないので、魔力や色などがそんなに簡単にやり取りできるものかはわからないけれど、結果がそうなっているのだから、そうであったと無理やりにでも納得するしかないのだが。


「では、カミュスヤーナ様が目覚めれば、この件は解決ですか?」

「私もカミュスヤーナ様も、魔王に遭遇する前に戻ったけれど、今までの行動は魔王には流れてないわ。だから、魔王の興味がカミュスヤーナ様にある限り、また干渉をしてくるでしょうね。だから、魔王と一度対峙しないといけないでしょう。」

「テラスティーネ様。それをお一人でされようとお考えではないでしょうね。」

 私がテラスティーネに尋ねると、テラスティーネは青い瞳を瞬かせた。そして顔をゆがませる。


「・・なぜそう思ったの?」

「以前、カミュスヤーナ様がテラスティーネ様の件についてお話しされている時と、同じお顔をされていましたので。」

「カミュスヤーナ様が?」

「自分を犠牲にして、テラスティーネ様を助けようとしていた時と同じ顔です。」

 泣きそうな何か耐えるような顔で、テラスティーネは私を見つめた。


「そう。カミュスヤーナ様は貴方が諫めてくれたのね。ありがとう。」

「いえ、アルスカイン様も、カミュスヤーナ様に貴方と婚姻するようにと懇願されておられました。」

「2人に請われてしまったら、カミュスヤーナ様も断れなかったでしょうね。」

 テラスティーネはクスクスと笑った。


「カミュスヤーナ様を責めないでくださいね。その時カミュスヤーナ様はそれが最善だと思われたのです。カミュスヤーナ様がお目覚めになられたら、魔王への対処について話し合います。だから安心してください。切り離されるつらさが分かってしまったから、私一人で行動して、カミュスヤーナ様をお一人にすることはしません。」

「あの、テラスティーネ様。貴方の婚約の件ですが。。」

「全てカミュスヤーナ様に真実を話されたのでしょう?私たちが至らないばかりに、貴方にはご迷惑をおかけしました。」


「カミュスヤーナ様はテラスティーネ様と婚約しなかった理由は、お話になりましたか?」

「お互いが元に戻ったと同時に、カミュスヤーナ様を眠らせてしまったから、まだお聞きしていないわ。」

 テラスティーネが寝台に寝ている主を見て微笑む。

「お目覚めになられたら、お聞かせいただけるはずよ。」


 主よ、どうか幸せを手にしてください。

 私は寝台に寝ている主を見て、大きく息を吐いた。

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