ごめんって言って

半チャーハン

ごめんって言って

 その日は風がつよくて、公園のまわりをかこむ木々が忙しくゆれていた。


「やーい、悔しかったら取り返してみろぉ」


 近所に住むタカシ君が、右手を高々と掲げた。腕を伸ばしても、ジャンプしてみても、小さいわたしの手は空を切るばかり。


「返してよぉ」


 わたしは、息を切らしながらタカシ君にそう伝えることしかできない。私より二つ年上のタカシ君の手にあるのは、うすもも色のきれいなハンカチ。誕生日に、ママからもらったわたしのたからもの。


「ママにもらった大事なハンカチなの!大切にするって約束したの!!」


 わたしは、仕返しに力いっぱいに叫ぶ。


「だから悔しかったら・・・って、おいおい泣くことないだろ」


 タカシ君は、慌てたようにハンカチをわたしの手に戻した。でも、きれいなピンク色をしていたハンカチは、タカシ君の泥の付いた手に握られていたせいで茶色くよごれてしまっている。


 タカシ君の言い訳をいくら聞いても、わたしは泣き止むことができなくて、いつのまにか太陽はお山にさしかかっていた。



 そんなある日、小学校からの帰り道の途中、道端でふしぎなシールを見つけた。


「なんだろ、これ」


 その場にしゃがみこんで、シールの端っこに爪を立ててみた。べりっと音がして、裏側はベトベトしているのが分かる。


 よく見ると、裏側にはなにか注意書きのようなものが書いてあった。


「ふくにはると、あやまらずにいられなくなります?」


 まだ漢字が読めない私のために用意されたみたいに、全部ひらがなで書いてある。わたしは、あごに指を当ててかんがえた。


 つまり、これをタカシ君の服に貼れば、タカシ君はハンカチをとったこととか、謝ってくれるのかな?




「いでっ。・・・何だよ急に」


 タカシ君が、じとーっとした目で睨んでくる。多分、わたしが廊下で会うなり背中をたたいたからだと思う。タカシ君みたいに、いじわるをしたいわけじゃない。シールを貼るためだ。


「なんでもない」


「はぁ?何だよ、まったく・・・」


「ちょ、ちょっとまってよ」


 そのまま行ってしまおうとするタカシ君の服の裾を、慌ててつかんだ。シールが効いていないのかな、と考えてしまい、泣きそうになりながらたずねる。


「き、昨日の・・・は、ハンカチ・・・」


 タカシ君は一瞬気まずそうにそっぽを向く。3秒後、彼の体がビクッと痙攣した。


「あの時は本当にごめんね。つい、調子に乗ってしまったんだ。頬を膨らます君があまりに可愛かったから。でも、誓うよ。もう二度と君を傷つけたりしない。本当にごめんね」


 スラスラと、タカシ君の口から反省の言葉が出てくる。片膝を付いて目線を合わせながら、包み込むみたいにわたしの手を握って。


「わかってくれればいいの!」


 あのいじわるなタカシ君が、ちゃんとわたしに謝ってくれてる。その日は、スキップしながら家に帰った。



 でも、その日からタカシ君の様子がおかしくなった。いつもいつも「ごめんなさい」ってぼやいて、口癖のようになっていた。


 ご飯を食べるときは、


「すみません。尊い命を奪ってしまって、ごめんなさい。ごめんなさい・・・」


と、ひたすら繰り返していた。


 歩くときでさえ、


「ごめんなさい。踏んでしまって、ごめんなさい。ごめんなさい・・・」


と、うわ言のように呟いている。



 ある日、学校から下校している途中、後ろから声をかけられた。


「まなちゃん、こんにちは」


「あ、タカシ君のお母さん。こんにちは」


 タカシ君のお母さんは、少し疲れているようにみえた。頬に手を当てて、ため息を吐き出している。


「最近ねぇ、タカシの様子がおかしいのよ。ご飯も食べないし、お風呂にも入らないし、部屋から一歩も出てこないの。なにかずっとブツブツ呟いてるし、本当にどうしちゃったのかしら」


「もしかして、ごめんなさい?」


 タカシ君のお母さんは、驚いたように目を見張った。


「だいじょーぶだよ。タカシ君はね、ちゃんと謝れるようになったんだよ。いいことなんだから、タカシ君のお母さんもそんなにかなしそうな顔しないで」


 わたしはバイバーイと手を振って、タカシ君のお母さんとお別れした。



 それから一週間くらい経った頃、公園のベンチに座り込むタカシ君を見かけた。


 わたしは、なわとびでケンケンしながらベンチに近づく。久しぶりに見たタカシ君は、頬がこけて、げっそりしていた。よく見ると、シールを貼ったときのままの服を着ている。


「タカシ君、ごめんなさいが言えるようになったんだから、たまにはマナと一緒に遊んでよ」


 ベンチに座っているタカシ君は、私と目の高さが同じだった。タカシ君は、力なく笑う。


「ごめんね、それは出来ない」


 タカシ君は、シールを貼ってから身についた優しい口調で言った。


「このベンチにも申し訳ないけど、これから僕が周りにかける迷惑に比べたら、きっと安いものなんだと思う」


 わたしには、タカシ君の言っていることがよくわからなかった。タカシ君は、ハンカチを取り上げたあの日のように、右手を高々とかかげる。その手には、アイスピックが握られていた。


 アイスピックの先端が、お日様の光に反射して、キラリと光る。


「生きていてごめんなさい」


 タカシ君は、それを自分の首元に突き刺した。


 わたしの頬に、真っ赤な血しぶきが飛んだ。















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