エピローグ だからボクは音楽を歌う


「ゆん聞いてよー、こないださートークイベントがあったんだけどー、なんかもう運営がミス連発しまくりでさー、マジブチギレ、おこもおこのインフェルノだったのー。でさーそれはまだいんだけどさー、そのイベ終わりのツイートで写真あげたらー、まーたクソリプ来ちゃって、なんかオタクくんが「画面から楽しさがにじみ出ています。ぼくは行けませんでしたが、きっと楽しいイベントだったんだなと思いました」とか? なんかもう糞の塊みたいなリプしてきてー、はーむかつくわー。来てねえ報告も糞だし、私は全然楽しくなかったし、もうホント、クソ。死ね! 来てねえならリプすんなハゲ! っていうね。私のリプ欄はオメーの感想欄じゃねえんだよオタク! はークソでかため息!」

「た、大変だったね……」

 いつも通り、ボクはひなりちゃんの愚痴をメイドカフェで聞いていた。

 しかし、その店の雰囲気の方は、最近ちょっと変わっていたりする。

 例えば……。


「あ、あのー、せ、拙者、お、おまじないをかけて欲しいんですけど、ど、どふぅ!」

「……は? ムリ」

「あ、ありがとうございまひゅう!! べっふ!!!」


 このように、「一切デレません。あんず」と書かれた名札をつけた人形みたいな顔のメイドさんが、なにか特殊な性癖のご主人様の欲求を満たしながら働いていたり。

 

「うっわすっご、なんだこのクイーンのコスプレ?! クオリティ高すぎでしょ??! え、やっば。完成度高っ!!! あ、あの、撮影いいですか?」

「ええで~。一回百万円やけど~」

 

 みたいな感じで、超人気音楽ゲーム【バンドマスター】の超人気キャラ【クイーン】の生き写しみたいな金髪メイドさんが、原作ゲーム好きのオタクのテンションをはちゃめちゃに上昇させながら働いていたりといった具合に。

 そして、その違いにひなりちゃんも気付いたらしく、

「ゆんのマブダチも、だいぶここに馴染んできたね」

「そうだねー」

「ゆんのバンド仲間なだけあって、だいぶキャラが濃いけど」

「あははー……」

「…………でも、この前のゆん、すっごくかっこよかったよ。すっごく、きらきらしてた」

 癖の強すぎる新たな同僚に苦笑いを浮かべていたボクに、ひなりちゃんは真剣な顔でそう言った。また、たったワンフレーズで、この場の空気が変わっていくのを全身が感じていた。

「私はね、ゆんのあの姿が、ずっと見たかったんだなって思ったよ」

 それだけで、どの姿のことを言っているのかがわかる。

 彼女の声は、どこまでも真に迫っていて、ひどくボクの胸を焼いた。

「ゆんの歌ってるところは、これまでも何回か見たことああったけど、あんな顔してるゆんは、初めて見た。ゆんって、本気で歌うと、本当にかっこいいんだね。今までと、全然違った。きっと、信じられる仲間がいたから、あんなに、伸び伸びと歌えたんだよね。それって、すっごく、素晴らしいことだと思う。それって、一生に一度でも、あるか、わからないこと……。だから、これからも、みんなで頑張って欲しいな。私、ずっと、応援してるから……」

 すごくポジティブなことを言っているはずなのに、ひなりちゃんの言葉の中には無数の違うニュアンスが眠っていて、なぜか、どうしようもなく、ボクの胸を締め付けた。

 痛い、痛い。なんでだろう。ボクの身体には指一本だって触れられていないのに、どこまでも、胸が、痛い……。

「ごめん。なんか、ちょっと重くなりすぎちゃった。え、えへへ。…………以上、ゆんのオタクからの、ファンレターでしたっ!」

 ひなりちゃんは、急に声音を明るさ一辺倒に振り絞って、無理矢理にそう締めくくった。

 なんだか、それは、とても不自然で、うまく言えないのだけど、ずるいことのように感じた。

 今、なにが起きているのか、自分でもよくわからなかった。

 だけど、なにか、なにか言わなきゃいけないような気がして、ボクは。

「ひなりちゃん。ボク、ひなりちゃんがいたから……」

 必死で言葉を紡いだ。なにかが、細く長い糸のような大切ななにかが、ぷつんとここで切れてしまうような気がして。

 なのに、彼女は、それを優しく包み込むように――遮って。

「ふふっ、いいよ。言わなくても。わかってる、そんくらい。あの歌、聞いたら」

「ひなりちゃん……」

「だから、いいの。私はさ、応援してる。大丈夫だよ。応援は、ずっと、するから……」

「でも……」

 言い淀む。そうしていれば時間を稼げるから。けれど、それはただの逃げだった。

「いいんだって、それが、オタクって生き物だから……。でも、だから、頑張ってね、ゆん?」

 逃げない生き方を教えてくれたのは誰だったか。

 だから、それは通用しない。通用させてはいけない。

「……………………うん。」

 ボクはただ、頷くしかなかった。

 歩く未来が、変わったのだとしても。





 ある日の、自宅。防音室にて。

 じゃーん♪。

「あうっ!(どやっ)」

 目の前では、とある有名なロックナンバーの演奏を終えたエルが、やったぜといった感じでピックを持った腕を突き上げていた。

 ボクはその一部始終を録画していたスマホの録画停止ボタンを押して、エルの賞賛を開始。

「いやー最高だったよー。エルのギターはほんと神。ボクなんかあっという間に抜かされちゃったしね!」

「あふー!(ふへへ)」

「よし! じゃ、もっかい、もっかいやってみようか! さっきはちょっことだけミスってる箇所あったし」

「んうっ!」

「うんうん、いいよー。いいソウルを感じるねー。じゃ、いくよー3、2……」

 その時だった。

「……ねえ、ロリコン」

 西洋人形みたいな顔の黒髪美人さんが、ぬっと、ボクに詰め寄ってきたのは。

「げっ、杏ちゃん……」

 ボクは思わず超失礼な反応をしてしまう。

 ちなみに、なぜ杏ちゃんがボクの家にいるかというと、少し前に同棲を始めたからです。そんでなんで同棲を始めたかといえば、あの夜に「デリヘルやめて」ってお願いしたら「家賃」とか言われたので、じゃあ我が家に住めばいいじゃんってことになったから。ウチ、部屋余ってるし、杏ちゃんはボクを男と思ってないから一緒に住むのも全然抵抗ないみたいだったし。

 で、ついでに言っとくと、まあそれでも買いたいものとかあるだろうし杏ちゃんでも出来る様なバイトをということで、メイドカフェを紹介したりもした。相変わらず接客の作法はひどいものなんだけど、なまじ容姿がいいもんだから、逆にそれがドMのご主人様にバカウケして、なんとかクビにならずにすんでいる。

 だというに。

「また児童ポルノとってるの?」

 めちゃくちゃあれやこれやと社会不適合者なキミにいろんなお世話をしてあげたボクに対する言葉がそれですか? 軽く病むんだけど。今日の朝ごはん作ってあげたの誰だと思ってるんだろう、いやほんとに。杏ちゃん好き嫌い多いからそのへんもめんどくさいし。

 しかしまあ、そんなこと言ったところで無駄なのは知っているので。

「いやいや、真顔でそういうこと言わないでよー。ていうか、これはそんないかがわしい動画じゃないし」

「……でも、やらしいよ? 顔」

 ぎ、ぎくっ! 

 だだだって仕方ないじゃん! 今ボクってば超絶きゃわわな褐色ロリエルフと、超絶美人なベースバカ女と、なんかよくわかんない自称元フィギュアの金髪美人(後述)と同棲してるんだぜ? ムラムラが限界なんだよ! 今やキミ達の顔だけで抜ける勢いだもの! あ、ひなりちゃんのエロゲには、大変お世話になっております!

「そ、それは、そうなってるかもだけど……。でも、あくまでこれは、天才ギター少女の超絶テクとして動画投稿サイトに上げるための動画だから……」

 そう、ボクはエルの勇姿を某大手動画投稿サイトに投稿し、ミリオン再生を狙っている。エルのかわいさとテクなら、割とおとぎ話でもなんでもなく天下取れる気がする。あと、単純にバンドの宣伝にもなるしね。

「なら、あたしをとればいいじゃん……」

「え?」

 唐突な申し出にきょとんとしてしまう。

「あたしのほうが、うまい」

 そう言いながらこっちに一歩、詰め寄る。

「いや、楽器違うし」

「あたしのベースの方が、うまい」

 するとまた、もう一歩。

「ま、まあ、そりゃキャリアが違うし?」

「……あたしも、こどものころから、うまかった」

 更に、もう一歩。

「それも、そうかもだけど」

「……だったら、とって」

 とうとう、壁際まで追いやられた。

「え、ええ……」

「あたしも、とって!」

 ドン! 杏ちゃんはボクの肩の上辺りの壁に手のひらを叩きつけて、その勢いでボクに顔を超近づけながら、そう言った。

 すごく。ドキドキする。だって、好きな子の、綺麗な顔なんだもの。それに、今、すっごく溜まってるんだもの。

「……わ、わかったよ。わかったから、ちょ、ちかいし……」

「わかれば、いい」

 いや、どんだけ撮られたいんだよ。そう思ったけど、杏ちゃんてやると決めたらそこに一直線で行くタイプだからな……、ボクが折れるしかない。てか、杏ちゃんも普通に超上手いから、割と再生回数稼げそうだし、別に問題はないしね。

 にしても、杏ちゃんにそこまで被写体願望があったなんて……。な、なんか、えっちだ……。


「じゃあ、合図したら、なんかすごいおおーってなるような曲弾いてね」

「……わかった」

 こんな無茶振りにたった一言で返す杏ちゃんの漢気、すごい。素直にかっこいい。

「はい、じゃあ、いくよー3、2……、」

「がうっ!(がぶっ!)」

「あいった! ちょ、なにすんのエルぅ?!」

 録画ボタンを押そうとした腕に、けっこうガチで噛み付かれて、思わずスマホを取り落としそうになった。

 エルがボクに噛み付いてくるなんて初めてだったので、何事かと彼女の様子を伺うと――、

「んー、しゅんか! んーん! しゅんか、える! える! ぎあぁー!」

 すっごい自分のことを指差しながら、いかにも撮れって感じのジェスチャーをしていた。か、かわいい……。

 なんだろう、自分が先だったみたいなことだろうか。

 たしかに。そりゃそうだよね、最初はエルのを取るつもりだったんだから。割り込み、よくない!

「あ、ごめん、杏ちゃん、やっぱ、先にやるって言ってたし、エルからでいい?」

「……こども、優先? ロリコンだから?」

 どこかボクのことを蔑視するようにそんなこと言う杏ちゃんだが、自分が大人気ない大人だということを自覚してからロリコン批判をして欲しい。子供に優しいロリコンと、子供みたいな大人、どっちがましなのかは知らないけど。

「ちがうってー。もういい年なんだから少しくらい子供に譲るとか出来ないの?」

「でも、あたしのほうが、うまいし……」

「や、それはわかったから。むしろじゃあトリ的な感じで最後でいいでしょ?」

「……やだ」

 杏ちゃんはそう言ってそっぽを向いた。

「ええ……」

 はあ、なんなのこの娘、ほんと大きい子供過ぎる……。

 なーんて思っていると――。

「なんや、アリアー、朝から痴話喧嘩とは精が出るやんなー?」

「うわ、もっとめんどくさいのがきた」

 同居人その3であり、エルの魔法で人間になったらしい(本人談。でもそれと同時期に彼女にめちゃくちゃよく似たフィギュア――昔ひなりちゃんからもらった大事なモノ――がなくなっていたので、本当なのかもしれない)金髪少女のえすえすちゃんまで会話に参加してきて、ボクはちょっとうんざりしてしまう。

「おいおい~、こんなべっぴんつかまえて、めんどくさいの呼ばわりてー、いいかげんにせえよ!」

「いや、もうそういうのがめんどくさいんだけど」

「そういうのってなんやねん。そんなそういうのゆーアバウトな概念で人をめんどくさいゆうてこけ下ろすとか、どういう了見やねん。何様のつもりなん?」

「家主様、とか?」

「はー、それイマいいます? アコギやなー。ええんやで? わしは出るとこ出ても。そんならおまんはエルを誘拐監禁かつわしを強制労働させた罪でお縄ですわ。それを黙っとってやっとるわしにその態度。は~、人のこころゆうんがないんかなー」

 強制労働というのは、「元々この家のフィギアだったんやからたとえ人間になったとしても無賃で住ませんかい!」とかいう謎理論でボクの家に居候することになった彼女をボクがメイドカフェで働かせてそのお給金をピンハネしていることを言っているのだろうが、食費と家賃だと思えば普通に安すぎるくらいだと思う。

 加えて。

「あうっ!(びしっ)」

「……うるさい、ドラム」

 早く動画を撮って欲しいらしき二人は、それを邪魔するような形で入ってきてぺちゃくちゃしゃべりだしたえすえすちゃんにやたら攻撃的だった。

「はあ~? なんやこの女ども。ぜーんぶこんカマホモの味方かいな、おもんな」

 ボクの素性を知っている人以外は絶対に気づけない、ボクが男だという事実。なのに彼女は、初見でそれを見破った。本人曰く、「そりゃ家にずっとおるんやから知っとるがな」とのことだったけど。

 でも、ボクは。端的に言って、病んだ。

「……ううっ、かまほも……。おえっ……」

 未だにそう言われると、メンタルやられる。

「……うわ、なかせた」

「りゅうぅ!(げしっ!)」

「っ! いったいなーくそ! あーもう、やめえやエル! わしが悪かったから、な? 動画も、わしが撮ったるし」

「うー! えすえす、め! しゅんか、いい!」

「よし、すぐ撮ろう!」

 ボクはエルの幼女成分を胸いっぱいに浴びて、一瞬で回復した。

 けど、その裏で、えすえすちゃんがなんか嘆いていた。

「そんなぁ……。なんでやねん。わしの方が、かわええやん……」

「……あたしのほうが、うまい」

「まだ言ってるよ……」

「ちがう?」

「あー、いやー、どーだろうなー、あははー」

「はっきりして」

 ぐいっと、またこっちへ詰め寄ってくる杏ちゃん。険のある二つの瞳の圧迫感ったらない。

 なんで今日こんなに積極的なんだろう……。困る……。

「えぇ……、そう言われても…………、はっ!? あっ、じゃ、そうだ! こうしよう!」

 また逃避癖が働いて、妙案が頭に浮かんでしまった。良くない傾向だけど、今回ばかりは許して欲しい。

「あう?」

「なんやねん、いきなりそない大声出して? つんぼんなるわ」

「せっかく四人いるんだし、みんなでなんか一曲やって、それ撮ろうよ。それなら、文句ないでしょ?」

 個人撮影は、またその後でやればいいだろう。たぶん杏ちゃんとか、何曲か引いているうちにこの騒動のこととかすぐ忘れるだろうし。

「……まあ、いいけど」

「なんでわしまでやることなっとんねん!」

「どうせ暇でしょ、えすえすちゃん?」

 ていうか別に三人でもいいんだけど、声かけてあげたボクの優しさに気づいて欲しい。

「なんや腹立つ言い方やなぁ……。まあ、せやけど」

「うぅー?(きょとー)」

「みんなで、やるの。四人で。ね? 楽しそうでしょ?」

 エルだけはまだちょっと日本語がわかってないみたいだったので、ボクが身振りを交えて説明すると、

「あゆ!(うんうん)」

 元気よく頷いた。

 というわけで、

「じゃー、いっちょー、いってみよー!」

「あうー!」

「よっしゃあ、やったるでー!」

「……。」

 各々それらしい反応とともに、楽器の準備を始める。

 そして――。

 音楽が、始まるのだ。


 いつかこの日のセッションが、どこかの誰かの夢となり、その夢がまた、誰かの希望となりますように。そんなことを願って、ボクは、歌う。

 今日も、明日も、明後日も。そのまた先も。

 

 四分と三十二秒が立って音楽が止む。

 けれど、その空白にはある種究極の音が、生まれた。


「――しゅんか! える、ぎあぁー、しゅきぃーーー!!!」


 家の前に落ちていた幼女は、ボクにまた、光を映す瞳をくれた。

 そして、この瞳があれば、たとえどれだけ苦しもうとも、決してくじけずにあの遠い夜空の上までのぼっていける。

 それを今、強く確信した。

 だから、ボクは――。

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だからロリエルフを拾ったボクは今日も歌う ふみのあや @huminoaya

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