第6話 メイドインボイス


 奇妙な共同生活開始から数日後。

「あ~、うへぇ~。おお~ん」

 ボクは自分より一回り以上年下の女の子の前でこんな奇声を上げてしまうくらいには、死にたくなっていた。

「りゃうー(よしよし)」

 そんな情けないダメ人間にも、優しくしてくれるエル。

 彼女のおかげで、少しだけ活力が湧いてきた。

「よし! ありがとうエル! ボク、行ってくるよ! むぎゅー」

 ボクは名残を惜しむ様に思い切りエルをハグしてから(セクハラではない。行ってきますのハグなので!)、彼女を置いて、バチバチメイクで家の外へ出た。





「ゆん聞いてよ~、この前エゴサしてたらさ~、「宮見(みやみ)ひなりへ、セックスさせてください」とかいうふざけたつぶやき見つけちゃってさ~、もうなんなのアレ? は~、こいつ晒してやろうかと思ったわー」

 ボクは自分より十歳くらい年上の美女とボードゲームで対戦しながら、そんななかなかエグめの愚痴を聞いていた。

 メイドカフェの店内で。女装店員(メイドさん)として(ボクは週一でメイドカフェで働いているのだ)。

 ちなみに、「ゆん」というのは俊嘉からとったボクの源氏名です。

「あれもさー、鍵垢でいうとかさー、イニシャルでいうとかならまだわかるの。でもさーオープンでだよ? しかもフルネームでって、なんなのほんと。オタクはこれだからクソ。あと、さんをつけろよデコ助野郎! っていうね、ほんとゴミ」

 そう言いつつ自分も実は結構オタクな宮見ひなり『さん』は、ファンシーな雰囲気の店内とは対照的に刺々しい声で、毒を吐き続ける。

 ボクはそれをやんわりと受け止めながら、当たり障りのない言葉を綴る。

「そっかー、声優さんはそんな人も相手にしないといけないんだから、大変だね~」

「ほんとそれなの~。ゆんだけだよ~、わかってくれるのー。まあ、そんな奴、基本相手にはしないんだけど。なんならブロックしてやろうかと思った。ていうか、@ついてたら出来たのに。むしろリプしてきやがったら喜んでブロック出来たってのに……ちくしょー」

 彼女はもしも自分のファンが聞いていたら炎上確定な発言を堂々としながら、メイドカフェ価格(定価の倍)のビールをごくごくと煽る。

 さて、これまでの会話でおわかりいただけたことと思うけど、ひなりちゃんは現役の声優さんだ。かつてここで働いていたり地下アイドルをしていたりなんだりを経て声優になったので、年齢の割にはやや若手の。

 でも、見た目的には普通に芸歴に見合った大学生相当に見えるくらいの若々しさだから、たぶん彼女のオタクの大多数は公式プロフィールで不詳とされている彼女の実年齢を大幅に勘違いしていることだろう。

 ナチュラルメイクに明るめの髪色で、スタイルはいいのに巨乳。黒髪じゃないのがオタク的にはややマイナスなのかもだけど、決して遊んでいる様には見えない程度に遊ばされた毛先がお洒落なミディアムヘアーと、柔和で人懐っこい顔付きは、絶対にオタク受けしている。

 しかも声は、ちゃんと素でアニメ声だ、

 加えてさっきも言ったけど、彼女はメイド及びアイドル経験もある上に、ガチでオタク。

 よって、どうすればオタクが喜ぶのかを熟知している。

 更に言えば、ハイパーコミュ力お化けで話し上手。ウルトラ陽キャ。

 ここまで言えばわかるかな?

 つまり、ひなりちゃんはいはゆる、アイドル声優だった。今、割と人気の。

「はー、引用リツイートで晒したい……! むしろリプしてこないかな……。そしたら堂々と晒してやるのに……!」

 ボクは彼女のそんなストレス発散に付き合いながら、でも現実ってほんと甘くないよなあと、ちょっと欝になる。

 だって、陽キャ中の陽キャなひなりちゃんにここまで陰キャみたいなセリフを吐かせてしまう程の鬱憤を溜めさせるのがあのみんなの憧れな声優業だなんて、悲しすぎるよ……。

 悲しすぎるので、おこがましくも現実を修正したくなってしまう。

 ボクは超やんわりと、本当にやんわりと、ひなりちゃんをたしなめる。

「でも、そのファンも、ひなりちゃんが実はプライベートでそんなこと言ってるって知ったらそういうことしなくなるんじゃない?」

「ゆんは私に廃業しろっていうの?」

 少しむっとしたような顔を向けて、ひなりちゃんはそう言った。たぶんこの顔を写メってツイッターにあげたら簡単に2000いいねは稼げる顔で。

「え、ええと、逆に本心で話してる感じが好感もたれそうだなーって」

「あんたバカァ? オタクに本心なんか言ったらみんな夢見がちなんだからショックでヒステリー起こしちゃうじゃん。んでそんなことしたら炎上してファン減って、勝手に転載されてまとめられて、干されて干されて終わ終わり。おわかり? わかり哲也之助?」

 なかなかに感情が高まりつつあるのか、喋り方が段々オタクっぽくなっていくひなりちゃん。

 それでも顔は整っているし声質がかわいいので、全然気持ち悪くならないんだからすごい。

「そーかなー? だってひなりちゃんかわいいし」

「おいおいおいw 出ましたよ。ゆんの露骨なインセンティブ稼ぎ営業トークww」

 一応、この店はおさわり禁止なのだけど、ひなりちゃんはボクの肩をバシバシ叩きながら大げさなリアクションをする。

 ちなみにインセンティブとは、いはゆるキャバクラとかのバックのようなもので、ある特定の注文をお客さんがしてくれると、その何割かが基本給に加算されるというもの。

 正直、ボクがここで働いているのは給料の為ではあるけどとりたててそれが理由の全てではないので、インセンティブについてはそこまで気にしていない。大体、誰かのご機嫌取りとか、ボクは一番苦手とするところだし。

 なので、否定しておく。

「あはー、ひなりちゃんてばほんと卑屈―。ちがうって、本心だよー」

「なにそれ、仕事で本心言えるとかうらやまし過ぎるんですけど。私も純粋だった昔に戻りたい……」

 ボクの失言(?)のせいで、項垂れるひなりちゃん。

 急に病まないで欲しい。そんなことされるとボクまでもらい病みしそうだし。

 なのでそんな彼女に向けて、ボクは頑張って励ましの言葉をかける。けっこう本気で。

「別に今だってひなりちゃんなら売上トップになれるんじゃない?」

 かつて彼女はこの店のエースだった。その頃からボクは彼女に憧れていたし、今でも……。

 しかし本人曰く、「寄る年波には抗えない」、らしく。

「……仮になったとして、二年後三年後、アラサーからアラフォーへと変貌していくオタク女のメイド服姿に、需要はありますか?」

「ボクでも需要あるんだし、大丈夫なんじゃないかな」

 ニートのおっさんが女装して働けるんだから、オタクババアでも許されるのでは?

 そもそも普通に千人規模の会場をワンマンで埋められる人が何を言っているのか。

 でも、誰もが認める美人のくせに、ひなりちゃんは意外と自己評価が低くて。

「……いや、キツいわ。私が無理。無理過ぎてムーリーマンになる。あっらふぉっおババア、ムーリーィマン♪」

 なんか昔テレビで聞いた様なCMのフレーズをもじりながら自虐した。

 けどそれ、たぶんあなたのファンの中には知らない世代の人もいるから止めた方がいいと思います――とは、もちろん言えず。

「でも、声優続けるなら、それはそれでアイドル衣装とかずっと着るんでしょ? ソロ活動でも超かわいいの着てるし、アイドルゲームのライブとかだと、もっとすごいじゃん」

「おい、私のプライドを捨てた渾身のギャグはガン無視か」

 露骨にそこへ触れなかったボクへ、当然追求してくるひなりちゃん。

「マンじゃなくてウーマンじゃない?」

「そこかよ。いいんだよそれは。manじゃないけどまんさんなんだから」

「あー、このメイドカフェ、一応夢の国設定だから、そういう下ネタは……」

 というかいくら今がプライベートだからって、そんな話していいんだろうか、女性声優って。ボクはこういうバイトをしているからこそ、そこそこ知識を得ているだけで、元々はそこまでオタクではないのでよく知らないのだけど、彼女達ってなんだかアイドルよりも幻想を抱かれているイメージがあるし。

「設定とか言うなし! そこは、「はわわ、ゆん、なんだかイマ、ゆんゆん星と交信してて……。だから、聞こえなかったの。ねえ、お嬢様、もう一回言ってもらっても、いい?」だろがい!」

 ボクはひなりちゃんに怒鳴られることで、そういえばボクも人に夢を与えるお給仕(バイト)をしていたのだと、思い出す。

 それと同時に、新人時代のことも。

「なつかしいなー。そうやってひなりちゃんがボクにメイドのいろはを教え込んでくれたんだよね~」

「全然身についてねええご様子だけどな」

 そう言いつつも満更でもなさそうなひなりちゃんが微笑ましい。

「あはは。だいじょうーぶだいじょーぶ。他のご主人様にはこんな対応しないし。ひなりちゃんだけだよ? ゆんのこういうところ、みせるのは」

「うっ、かわいい……。ゆん、ずるい。卑しいメイド。でも好き」

 ボクがあざとく表情をつくって至近距離で囁くと、ひなりちゃんは大仰に胸を抑えながら語彙力をなくした。

 いい感じに自己顕示欲が満たされたボクは、もう少しだけサービスをする。

「ゆんも~、お嬢様のことだーい好き」

「ぐわっ! う、うれしい……。うれ死しそう……。だ、だが、落ち着けひなり。そう、メイドはみんなのもの。だから、ゆん、私一人を過度に接客するのは控えるように!」

「まあこの時間はほかにあんまりご主人様もいないから、大丈夫だよー」

 月曜の夜中だから、ひなりちゃん以外のお客さんは数人しかいない。

「それはお店的に大丈夫なん?」

「さあ~?」

 給料が未払いになったりとかは今のところないから、たぶん平気だと思う。

「はあ……。どうして愚痴りに来たはずがここの心配してるんだろ、私……」

「ひなみちゃんやさしい!」

「だから露骨なヨイショやめろ! ゆんはほんとにそのへんヘタ」

「えー、でもひなみちゃんはお金さえ払ってくれるならどんなに気持ちの悪いオタクにも神対応してくれるじゃん? なかなか出来ることじゃないよ~。現にボクは出来ないしね!」

「そりゃあ私はプロだからねえ? それは当然でしょ」

「かっこいいなー」

 所詮バイトでメイドをやっているボクには、やっぱりひなりちゃんはキラキラして見える。

 いつも熱意を持って生きているから。

「ゆんも練習すれば出来るようになるんじゃない?」

「え、好きでもないことを練習とか、ムリ」

 好きなことですら、結局続かなかったのに。

 ちょっと昔を思い出して軽く欝になる。

 と――。

「はァ~、ゆんはほんとに相変わらずクズだなあー。なのになんか養いたくなっちゃうんだからずるいわー。まーじヒモの素質あるよ、ゆん」

 ボクの顔が(おそらくは)死んでいたのを心配してか、そんなことを言ってくれるひなりちゃん。やっぱり優しいし陽の者なんだよね。しかもかわいい。そんな人に養ってもらえるなんて、夢のようだよ。

 なので。

「ボクはいつでもウェルカムだよー」

 と言うと、

「二年後に!!! シャボンディ諸島で!!!」

 急にわけわかんないことを言ってきた。

「は?」

「あ、ごめん。二年後にも私がまだ誰とも付き合えてなかったら割とガチで結婚して」

 なるほど。確かに二年後にその年齢でフリーだったら結婚は絶望的だね。でも、そういうことなら最初っからそう言って欲しい。

 まあどっちにしろ答えはイエスなんだけど。

「いいよ~」

「かっる! 軽過ぎてカッタルビなるわ! もっと葛藤して!」

 ボクのぺらぺらな返事に、オーバーに抗議するひなりちゃん。

 そんな彼女の整ったお目目を見ながら、思ったことをそのままい言っておく。

「えー、だってひなりちゃんよりかわいい女の子なんてなかなかいないし」

「お前は私のオタクか! 言いたいことがあったり、やっぱりひなみはかわいかったり、スキスキ大好きめっちゃ好きだったり、やっと見つけたお姫様だったりするのか!」

「いや、ガチ恋はしてないけど」

 なんだかんだ言ってボクはやっぱりロリコンなので、年上にはあんまり。憧憬はするけれど、ガチ恋はない。百歩譲って、恋くらいならしてるかもレベル?

 ボクのそんな冷めた塩ラーメンみたいな内心が伝わってしまったのか、ひなりちゃんはおよよと目をしばたかせた。

「急に塩らないで……。私は悲しい……」

 なんだか不憫なので、本音を言っておく。

「(人として)好きだよ」

「わ、私も!!!」

「両想いだねー(適当)」

「やった! 結婚しよ! オレとー一緒に人生歩も?」

「二年後じゃなかったの?」

「あっはい」

 ひなりちゃんは、完全に真顔でそう言った。


「てか、なんで二年後なの?」

 一年でも三年でも四年でもなく。

「いや草。それ私に聞く?」

「え、他のご主人様とかに聞くべきだった?」

「おいやめろ」

 また、真顔。

「じゃーいーじゃん」

「まー、アレよ。それくらまでいけば女性声優的に結婚しても許される歳かなー的なアレよ」

「なにそれ。女性声優の結婚適齢期おそ」

 世の女性はその年くらいになったら結婚どころかもう子供を産んで立派にお母さんになってる頃合じゃない? なんなら二人目すら余裕で産んでるレベル。

 そんな失礼な思考が表に出ていたのか、ひなりちゃんは語気を荒げた。

「うるせえ! 私だってそう思うけどオタクはそうは思わないんだから仕方ねーだろ。言うたらそのへんのアイドルよりよっぽどおせえからな。控えめに言って十年くらいおそい」

「なんで? やっぱ出会いがないの?」

 ボクの質問に、ひなりちゃんは思い切り顔をしかめた。

「いや、それもあるけど……。大いにあるけど……。そもそも結婚して仕事なくなったらやだし――まあ枕するならまた話は変わるんだが……って今はそういう話じゃなく――別に裏切りでは全然ないんだけど私今絶賛ドル売り中だからこのタイミングで結婚したらなんかオタク裏切ったみたいでさすがに心痛むし、単純に耳に精子かかるとか言われたかないし」

「うわきつ。オタクくん、そんなこと言うんだー」

 というか声優オタク、めんどくさすぎる……(あと、枕とかいう単語を普通に口に出さないで欲しい。闇が深すぎる。ボクの病みまで加速しそうだよ……)。

 まあ女優も結婚したらめっちゃニュースになるし、そんなもんなのかも。

 内心ひえ~と思っていると、ひなりちゃんは吐きそうな顔でこう言った。

「言うんだな、これが。悲しいけど、これ現実なのよね」

「そんなのがファンでしんどくないの?」

「しんどいからここで愚痴ってるんだよ、ゆん?」

「なるほど」

 その哀愁が漂っちゃった美貌には、強い説得力があった。

 とはいえ、彼女はすぐに笑顔を取り戻して。

「まあ、ゆうてもそういうファンはごく一部だし、なんならそれって大抵アンチの自演なんだけどね。だからだいたいの人は素直に好意向けてくれてるだけだし、私の為に色々してくれるし、普通にありがたいよ。手紙とか読んでるとめちゃ泣ける」

「いい話じゃん」

 手紙っていうのはファンレターのことだろう。

 いやはや、このデジタルな現代社会でそんなアナログな手段を使ってまで思いを届けるというのは、なんだか美しいなと思った。

 なのに。

「ま、結局そいつらも数年後には私より若い女に鞍替えしてるかもしんねーけどな。けっ!」

 ひなりちゃんはそう言いながら、バチンと過激にボドゲの駒を進めた。

 なので、ボクも負けじと、駒をビシッと1マス進ませながら。

「わかるー! ボクもさー、さっき先週来た時はゆん推しとか言ってたくせに今日来たら別のメイドにデレデレしてるご主人様見て軽く病んじゃった」

 ここで働いているとそういうことが頻発し、結果、承認欲求の躁鬱で気が狂う。

 でもまあたぶん、その度合いは、ツイッターフォロワー数が10万人以上もいる彼女の方が、よっぽど高いのは明らかで。

「それな! 私のつぶやきに毎回リプ送って来てためちゃ敬虔なオタがある日を境に急になんも反応しなくなったから何事かと思ってそいつの垢のぞきにいったらガチで若い方の若手女性声優に推し変してた時の私のメンタルはやばかった……」

 さすが現役声優。怒涛の早口で自分が受けた仕打ちを情感豊かにまくし立てる。

 しかしすさまじい怨嗟の声と禍々しい表情でそんな絶望を吐き出す彼女のネガティブオーラーをモロに受けて、クソ雑魚メンタルのボクはもらい欝になりそうだった。

「うへ~。……というかひなりちゃんはエゴサしすぎなんだよなぁ」

「だって不安だし。空き時間とかにするのにちょうどいいし」

「ボクなんて怖くて出来ないけど」

 一応このお店の大概のメイドさんは自分のブログとツイッター垢を持っていて、そこでご主人様やお嬢様と交流をしているのだけど、ボクはそのへんかなり塩である。

「ゆんはむしろSNSを気にしなさすぎ! 今時のメイドさんはブログだけじゃなくてバリバリにツイッターもするっていうのに。ゆんの更新なさすぎて私おんおん泣いてんだけど?」

「え、だってめんどくさいじゃん。お給料変わらないし」

 ちやほやされるのは好きだけど、その為に媚を売るのは嫌いなのです。

「じゃあ月額五百円払うから私に毎日メール送って!」

「なにそれ。ひなりちゃん忙しんじゃないの?」

 てか、そのサービス、ひなりちゃんがオタク向けにやってる奴じゃん……。

 というのも最近の声優は本当にアイドル染みているので、ファンに定期的にメールを送るとかいうよくわからない仕事までしているらしい(声と何の関係もなくて笑う)。それをブロマガと思うかキャバの営業メールと思うかは個人の自由けど、ボクはまあ、後者かな。

「ま、おかげさまでー、えへへー。……でもそれとこれとは話が別。ゆんから毎日メールもらえるなら、私も一々承認欲求満たすためにエゴサしたりしなくなるからさ~。ねー、お願いー」

「そんなんでいいなら普通に毎日ラインするけど?」

 だいたいひなりちゃんはここの元先輩なわけで当時から普通に知り合いなんだから、そんなこといくらでも無銭でやるというのに。

 けれど、彼女はボクの言葉にやたらと目と声を大きくした。

「え、マジで!? そマ!?」

「ほんとほんと」

「いやでも、申し訳ないのでお金を払わせてください!」

 いや、知人女性(年上)にラインして金をせびるおっさん(無職)とかいう構図、やばすぎでしょ……。

 さすがのメンヘラ異性装クズニートも、そこまで落ちぶれてはいないって。

 というか。

「むしろ人気声優と毎日ラインできるならボクが払うべきなんじゃ……」

「いやいや、ゆんは声豚じゃないじゃん」

「そりゃーねー。ひなりちゃんのことは大好きだけど」

「ぶっ!? な、ナチュラルプロポーズktkr!! 結婚しよ」

 ボクの安直な告白に、ひなりちゃんはその場に崩れ落ちたかと思ったらすぐさま立ち上がり、プロポーズしてきた。

「二年後ね~」

 でもボクが投げるのは安定の塩。

 しかし。

「約束、だよ……? あ、オリジナルカクテルください」

 なんだか真っ黒の瞳に剣呑過ぎるトーンでひなりちゃんはボクに訴えかけ、その数秒後にはいつもの愛されボイスでオーダーをした。

「は、はーい」

 てなわけで、あまりの本気さとそれでいての変わり身のはやさ(さすが役者)にちょっと気後れしながら、ボクはカウンターへと向かったのだった。

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