第5話 幼ノ鎖


 名前問題を解決したボクだったけど、エルにはまだまだ、問題が山積みだった。

 例えば……。

 このままウチで預かっていていいのかとか、本当にエルフなのかとか、これまでどうしてたのかとか、ボクは早く自首すべきなのかとか、言いだしたらキリがない。

 でも、そういう現状どうしようもない問題とは別に、一つ、解決したい問題があった。

 それは――なんというか、「拘束具」、なんだけど。

 というのも、彼女は左右をつなぐ鎖こそ断ち切れているので体の自由はあるものの、どういうわけか両手両足に古めかしいタイプの枷をハメられたままになっているのだ。あと、どう見てもチョーカーじゃない完全な首輪も(だからこそ奴隷だったのかなとか思ったわけで)。

 でもそんなもの、ずっと身近にいる子供がつけてたら嫌じゃん?

 そういうプレイなら大歓迎だけど、ガチでつけてるんだから笑えないし。

 てなわけで、ボクは例によって昨日の夜、「手錠 ピッキング やり方」とかでググったりしていたわけなのだけども――。

「ぁぅ?(んん?)」 

 さっきからずっとその成果を発揮すべくエルに嵌められた手枷足枷の鍵穴にグリグリ針金を入れ込んでるんだけど中々上手くいかなくて……。

「うーん、動画だとダブルロックですら簡単にあけてるのにぃ……。やっぱり現代の手錠とこれとじゃ、やり方がちがうのかなー」

 ボクがそうぼやきながらスマホの解説動画片手にうんうん唸っていると。

「しゅんか(ちょいちょい)」

 一緒になって動画をみて、「ふぇえ~」と歓声を上げていたエルが(意外にも彼女はテレビやスマホの映像にすぐ適応した)、ボクの肩にちょんちょんと触れながら、ボクの名を呼んだ。

 ボクは感動のあまり叫びだしそうになるのを必死でこらえながら、「どしたの?」と尋ねる。

「ぅー!」

 すると彼女はボクが手に持っていた針金を指差した。

「これ?」

「ぁぅ!(こくっ)」

 エルはボクのジェスチャーにうんうんと頷く。

「でも、針金がどうかしたの?」

「うー!(ひょいひょい)」

 なんだかよくわからない動き……。

 でもなんだろう、文脈的に、自分に貸してということかな?

 子供って人の持ってるおもちゃとかすぐ自分のモノにしようとするし(いや、針金はおもちゃでもなんでもないんだけどさ)。

 だからきっと、これも、そういうことなのかも。

 そんなわけで、針金を差し出してみる。

「ほい。じゃ、エルもやってみる?」

 どうせ時間はいくらでもあるんだし(ボク、フリーター。二十三歳!)、彼女がやりたいとうのならそっちをいくらでも優先しちゃうよ? お兄さんは!

「うりゅ(しゅばっ)」

 エルは神妙な顔で(かわいい)頷くと、ボクの手から針金を奪取した。

 そして。

「…………。(がちゃがちゃ)」

 なんだか一心不乱に、自分の右手に架せられた枷の鍵穴へと、針金を入れ込んでいく。

 ボクはそれを、「ぷにぷにおててがかわいいなあ……」とか思いながら、知能指数0で眺めていた。

 すると。

 かちゃ。

 そんないかにもな音がして。

「あうっ!(よし!)」

 左手の手錠が、外れた。

「へ?」

 ボクは思わず気の抜けた声を漏らす。

 けれど一方の彼女は意気揚々。

「ふーんふーんふーん(にこにこ)」

 こっちを見て笑っている(百万石の笑顔)。

「…………? はっ!?」

 事態をようやく完全に把握したボクは秒で彼女を褒めた。

「す、すすすすごいよエル! エルってば手先も器用なんだね! さっすがエルフっ子!」

 ボクが出来なかったことをこんな子供がすぐに出来てしまうなんて……という普段ならば絶対に感じていたであろう卑屈な感情が一切芽生えてこないことに驚きを感じながらも、ボクは純粋に彼女を褒めちぎる。

 気分はもう完全にママである。

 しかし、そんな勘違い無職おじさんの称揚にも、彼女は優しく応じてくれる。

 エルは「えへへ~」みたいな顔をしたかと思うと、「よし!」と気合を入れ直すかのようにまた生真面目な顔になって(かわ)、今度は右手の錠前に針金をねじ込んだ。

「…………(かちゃかちゃ)」

 今度はたぶん利き手が使えないけど(そもそもエルフに利き手の概念があるのかもわからないけれど)大丈夫かな……?

 ボクはまるで、授業参観で頑張って自分から発言しようとする我が子を見守る親のような気持ちで、エルの動向を見守る。

「んー?(むぅ)」

 気持ち、さっきより苦戦しているような気がするのは気のせいか。

 やっぱりエルフといえど利き手は存在し、君の利き手は右手で、左手での開錠は困難なのか。

 無性にそわそわしてしまう。

 くそう! ボクが初見でスパッと鍵開け出来ていれば……!

 そんな謎の悔恨すら思い浮かべるくらいに。

「エル、いけそう?」

 黙ってられなくて、つい口に出してしまう。なんという落ち着きのない大人か。彼女は集中しているのだから、邪魔をするなこの無能ニート。そんな自己批判が脳裏を覆う。

「うぅっ!(ぐっ!)」

 けれどエルは、そんな情けないボクにも力強く頷いた。

 なんて頼もしいロリエルフなんだ。やっぱりロリは最強なんだ(意味不明)。

 そんな感じで、自己肯定能力は低いが、ロリ肯定能力は高いボクが幼女を全肯定していると――ガチャ。

 小気味のいい音にハッとする。

「! また開けたの?!」

「うっ!(ふふん)」

 どうよ? とでも言うように取った手錠を掲げるエル。

「すごい! いや、ほんとすごい! エルには鍵師の才能があるね!」

 これで人間界での将来も安泰だなと、スポーツ習い立ての子供が優秀な成績を出した途端にその二十年後の栄光を夢にみちゃうバカ親みたいなことを思うボク。

 そんなボクに、エルはおねだりをするかのように、擦り寄ってきた。

 ちんまりとやわらかあったかい子供ぼでーが、布越しに押し付けられる。

「んー(きゃるるん)」

 しかも、そんなふうに滅茶苦茶に撫で回したくなるような上目遣いと共に。

 意図的ではないのだろうが、恐ろしいまでの媚びた目つき。ボクの残念ロリコン理性は、一瞬で蒸発した。

「よしよーし、エルはすごいねえ、えらいねえ。かわいいねえ」

 大の大人が、完全に幼女の意のままに操られ、全自動全肯定ロリコンと化す。

 エルはその頭なでなでをふにゃあとした顔で堪能しつつ、「ん~んぅ」と、甘えるような声を出し、更なるなでなでを言外に要求。その巧みな采配に、ボクは反射的に応じてしまう。

 なんという、天性の女狐。彼女の将来が怖い(さっきの安泰発言はいずこへ)。

 そして、彼女はボクに頭を撫でさせながらも、そのまま足の錠前へと取り掛かった。

「……(かちゃかちゃ)」

 幼女の真剣な顔というのも、また乙なものである。

 しかもそれが、エルのような絶世の褐色ロリエルフともなれば、言わずもがな。

 というわけで、ボクは間近で幼女の金色おめめやながながまつげ、ぷっくりくちびるなんかをガチ恋距離で鑑賞していたのだけど。

 ボクがそんな最高だけど最高に非生産的な時間を消費している間に、エルは左右の足枷+首輪の鍵を全て開錠という偉業を成し遂げていたらしい。

 というのも、ボクがエルの容姿に夢中になっていたところ、ちょっと信じがたいことではあるのだけども、急にすごい光が彼女を覆ったんだ。

 かちゃり。

 最後の首輪が外れた瞬間――だったのかな。

 突然ぴかっと目の前が真っ白になって。

 すごい光だった。

 目を開けられないくらいの。

 でも、それが収まってまぶたを開いても、なにがあるでもなくて。

 ただ、エルにつけられていた忌々しい枷が全部彼女の足元に転がっていたというだけで。

 ボクが何事かと驚いていたら、満面の笑みのエルがボクにタックルしながら抱きついてきて。

「ぁぅ! ぁぅ!(れろれろ)」

 そのまま押し倒されて、顔をぺろぺろと舐められた。

「や、ちょ喜んでくれるのは嬉しいけども、全部エルがやったんだから……」

「ぅぅ! ううーっ! しゅん、か!(じゅるじゅぶ)」

 ボクは結局何も出来てなくて、そこまでされると少し引け目を感じちゃうなあなんて思いかけたけど、でもやっぱり、彼女の清らかな混じりけのない笑みを見ていると、なんだかすべてがどうでもよくて、ただただあったかい気持ちになる。

 だから、笑う。

「まあいっか。とにかく、よかったね、エル」

「あぅ!(にぱ)」

 エルは、うれしそうにうなずいた。

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