第九話 恋をして
あれからどれくらい経っただろうか。季節も移ろい、周囲の状況もだいぶ変化した今日この頃。少しだけこれまでの軌跡を振り返ろうか。
ではまず、一番大事なことを言うと、俺は廃墟部に入ることにした。
が、公式に部となるには三人以上の人員が必要な為、上圓に入部を頼むなんていう屈辱的なイベントも同時に開催されることに。その際、アイツはその代わりとばかりに散々俺へと無理難題を押し付けたが、意外にもちゃんと入部してくれた。
そしてその後、「なんで仲間外れにするの……むしくぅん……」と言いながら荒木が廃墟部に入部した。最初からこっちに頼めばよかったと俺が死ぬ程後悔したのは言うまでもないだろう。
そんな荒木とは部でも会うし、定期的にフロムゲーで遊んだりしている。フロム部は残念ながら彼女以外誰一人として入部希望者がいなかった為に非公認の同好会扱いになってしまったらしいが、彼女曰く「むしくんが遊んでくれるからそれでいや」とのことらしい。
光栄なのかなんなのかはよくわからないが、彼女は俺にできた初めての『友達』とでも言うべき存在なので、大事にしようと思う。荒木と遊んだ話をすると、母さんも喜んでくれるしな。
彼女は俺に、無駄を徹底的に排することが決して正解ではないということを教えてくれた。それこそ、母さんの為になると思い母さんとだけコミュニケーションをするよりも、他の人と触れ合ったことを適度に報告した方が母さんは喜んでくれる……みたいなことを。
また、趣味はコミュニケーションを円滑にするのにも役立つし、持つ前には得られなかった視点を与えてくれる。それを教えてくれた彼女には、感謝しかない。
俺は荒木を通じ、母さんの言っていたことの意味を少しだけ理解出来た気がする。
そして、そう言う意味では、上圓にも感謝している。
別に俺は本気で彼女のことを好きになったわけではないが、大事な人がいるということを演ずる内に、普段は何とも思っていなかった数々のことにも、興味が湧くようになるということに気付いた。
例えば、何気なくテレビを見ていても「あ、これは明日上圓に話したら盛り上がるだろうな」みたいなことが、頭に浮かぶようになった。これは、彼女と出会わなければ、至れなかった見地だ。これまではそれは、母さんに対してしか思わなかったから、不思議な感覚である。
さて、ここまで言えばすべき話は後一つ。
杠先輩についてである。
ああ、もう認めよう。
俺は彼女に、明確に恋をしていた。
廃墟部に入ったのも、廃墟に惹かれたというのも勿論あるが、彼女の存在が大きかったように思う。歓迎ツアーで他の人間と遭遇しそうになったことがあったが、あんなことがまた別の機会に起きて、実際に先輩がそういった危険な人物と遭遇してしまったらと考え出すと、入部せずにはいられなかった(幸い、その様なことはまだ起きてはいないが)。
打ち明けようか。
彼女と会い、共に活動をする内に、彼女への想いは強くなっていった。
具体的に言うと、恥を忍んで上圓に相談したくらいには本気で恋をしてしまっていた。
以下、上圓のアドバイスである。
「まあ、ゆっずん先輩てば変人なんで、らんちゃんと会話してそのへんの経験値とか積んどいた方がいいんじゃないですか? 知りませんけど」「あとはあれですね、上圓ともっとデートして女慣れしましょう。安心してください、ゆっずん先輩にはちゃんと上圓たちがフリで付き合ってること、言ってあるんで」
とのこと。割とナチュラルに先輩二人を変人扱いしているコイツのラベリング力には恐れ入るが、真実二人の内面はその通りなので素直にそのアドバイスを受け入れることにした。
しかして、今日。
俺は杠依雨先輩に告白する。
今日は二人だけで先輩と共に廃墟探訪をしていた。
その帰り道。タイミングを探る。
並んで歩く、人気のない小道。夕暮れ時。 穏やかなオレンジが降り注いでいる。
高鳴る胸、もうどうしたらいいのかわからない。けれど、言うなら今だ。そう思った。
「あ、あの!」
「んん?」
立ち止まり、たどたどしい声を出した俺に、先輩がきょとんとした顔で振り向く。
「その、実は、俺……、先輩のことが……」
「?」
透き通った瞳が、じいっと無垢な色のまま俺を見つめ返している。
どくんどくん、おかしくなりそうな緊張の中、必死で言葉を綴った。
「杠先輩のことが好きなんです! その、付き合ってください!!」
震える声が、二人きりの空間に木霊した――。
「で、どうなったんですか? 結果?」
今日のことを全てセッティングしてくれた彼女(嘘の)は、俺と待ち合わせていた駅前で落ち合って開口一番にそう言った。
「ああ、それな。ダメだった」
「……へえ。それは、残念でしたね」
思ったよりも彼女は神妙な面持ちでそう言った。
「珍しいな、慰めてくれるのか」
「まあ、色々と協力してたわけですし」
「ありがとな。というか、そうなると失敗して悪かったな」
「いやいや、そもそもせんぱいが付き合えるとは思ってなかったんで全然大丈夫です」
「それはそれでどうなんだ?」
「だって、あのゆっずん先輩ですよ? 上圓の次くらいにかわいいだけでも無理なのに、あの変人具合……、正直この日本にあの人と並んで立つことの出来る男なんていますかってゆー話じゃないですか」
「そうだな、先輩は天使だし」
「うわキモ……。らんちゃんみたいなこと言うのやめてください。悪い影響出てますよ」
「まじか……、気を付けよう」
あいつ、いい奴なのにな……。どうしてあんなに色々と残念なんだろう。
「ちな、ゆっずん先輩てば、どんな反応だったんです?」
「二十年後も自分のことを好きでいてくれたらまた告白して欲しいと言っていた」
「なんですかそれ? 振り方のクセが強すぎる……」
「よくわからないんだが、先輩は若い男にあまり興味がないらしくてな。将来有望そうな顔ではあるんだけどみたいなことを言われた」
「男の好みまで廃墟ってことですか……。どういう性癖だよ……。こわっ……」
「確かに、そういうことかもしれない。なるほど」
「なんで納得してるんですかこの人。バカなんですか?」
彼女はげっそりとした顔でひとしきり俺を嘲ると、反面、にっこりと笑って。
「まあでも、よかったです。これでせんぱいはまだ上圓と彼氏でいてくれるんですもんね?」
どうせそこに俺をからかう以上の深い意味はないんだろうが、どことなく意味深に彼女は俺を見つめる。
未だに少しドキドキしてしまうのは、単純に彼女の顔がすこぶるいいからだ。美人は三日で飽きるなんて言葉があるが、あれは嘘である。
「お前がそれを望むなら、だが」
「だから前も言いましたけどその言い方やめてくれません? あくまで上圓はせんぱいがお願いしますって言うから付き合ってあげてるんです。そこんとこ、お願いしますね?」
「ああ、そうだったな。はいはい」
「うわ、適当にあしらってなんか交際歴長い彼氏アピですか? きっつ」
「ええ……」
「まー、いいですけど。想い人に振られて傷心中のせんぱいがかわいそうなので、やさしいやさしい上圓が、この圧倒的かわいさで癒してあげますよ」
そう言って俺の腕を抱く。柔らかい感蝕は確かにヒーリング効果を持っていそうではあった。
もうこの手のやり取りは慣れっこではあるが、相変わらず鬱陶しいので強引に話題を変える。
「……で、最近どうなんだ? もういじめはなくなったのか」
「この私の後輩力あふれる最かわセラピー発言を無視……?」
「そんなことよりお前のことの方が大事だからな」
「っ、は~、なんか最近上圓に対抗しようとしてナチュラルにそういうジャブ打ってきますけど、なんなんですか? もしかして本気で上圓をオトそうとしていらっしゃりやがるんですか?」
そんなわけないだろ……というジト目で彼女の言葉への返答をすると、彼女はやや冷めた顔で。
「……いじめの件についてですけど、最近はあんまないです。せんぱいのそのこわ~いお顔が効いてるんじゃないですかね」
「あんまりということは一応あるにはあるってことか」
「そうですねぇ。だっていくら直接的なものが消えようと無視とかハブはそう簡単にはなくなりませんもん。まあ、そのへんをいじめと取るか単に嫌われてるだけと取るかは、微妙なラインですけど」
「そうか。まあそれぐらいならお前は図太いから大丈夫そうだな」
「ですね~。だって、どんなに無視されても、こうして親身に話を聞いてくれるせんぱいという名の最高の彼氏がいるんですもん。だ・か・らぁ、それくらい、へーきです?」
「……。」
「あ、もしかしてオチました? オチちゃいました? ですよね、ですよね! うんうん、だって今の上圓的にも相当なもんをブチ込めた感蝕がありますもん。や~、やっちゃたな~、まーた上圓がかわいい罪で捕まってしまいます……」
ノーコメント。
ちなみに、都合が悪くなると、俺は話を変える以外に切れる手札を持ってはいない。
「そうえいば、お前俺と最初に会った時、なんか部に勧誘しようとしてたよな? あれって結局どうなったんだ?」
「あの、もう少しまともな話題転換できません? だから振られるんですよこのダボ」
「で、どうなんだ?」
「いまさら過ぎません? いやむしろこれまでその話を蒸し返さなかったことが逆にせんぱいらしいっちゃあ、らしいんですが……」
彼女は思案するように顎に手を当てた。
そして、けろっとした顔で、
「ま、その件に関してはもう解決してるんで、秘密ってことで」
「はあ?」
「いいじゃないですか、そんなこと。こうして上圓と付き合えている、それだけでこの世に存在する他のなにもかもがどうでも良くなるくらい幸せでしょう? ね?」
「……そうだな。そういうことにしておくか」
彼女の妄言に、一々付き合っていたらキリがない。
俺は頷いた。
たまには、素直にそうするのも悪くないのかもしれない。
こんな、悲しい日くらいは。彼女に慰めてもらうのも、甘えてみるのも。
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