さよならの乾杯を、あの路地裏で

うたたね

序章 白戸の中身

うたた寝から目覚め、テレビに目線を上げると途中まで観ていた映画のエンドロールが流れていた。

時計に目をやると、彼が外へ出てから既に1時間半が経っていた。

やけにすっきりした頭で、今となっては第2の家のように見慣れたワンルームをゆっくりと見回す。

横になっているベッドの足元に、白いクローゼットの戸が見える。

先程彼がプレゼントを取り出そうと手をかけていた戸だ。


するりと手が伸びる。


相手のプライベートに無断で踏み入るなんて、と自らを咎める声が聞こえた気がした。けれど、ちょっとした出来心だったといえば、許されるような気もした。単なる言い訳だ。


戸をそっと開くと、プレゼントらしきものはパッと見当たらず、服や書類、アップルウォッチの空箱などがなんとなく整理されて入っている。特に目立ったものは見当たらない。


何も無いか、と戸を閉じかけ目線を下に下ろすと、上の段の隅に崩れかけた数枚の診察券などの山を見つけた。

なんとなく、吸い寄せられるように手に取る。ババ抜きで配られたカードを広げるように、手の中でカードを1枚1枚見ていく。その中に。


【シャンディ・ガフ BAR】


見覚えがある、店名。

店名の真下には、R、M、Cの文字があり、Mにボールペンで○印が付けてある。


驚きはしなかった。そうか、とストンと理解してしまった。


その時、ガチャリと鍵が開く音がした。

咄嗟に手元のカード束を元あった位置に戻し、例のカードだけを少しだけずらして置く。

次に家に来た時、隙を見てカードのずれがあれば、今でもあの人はその場所に通っているのかどうかが分かる。

財布に入っていないカードの山だから、きっとずっと昔に付き合いか気の迷いか何かでふらりと行ったきりなのだろうと信じたかった。

願掛けをする気持ちでそっと戸を閉める。玄関で靴を脱ぐ彼に穏やかな声で「おかえり」と微笑んだ。

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さよならの乾杯を、あの路地裏で うたたね @utatane03

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