『異世界のお姫様がオタクになっていた』編

第11話 作戦指令1、オタクの誕生を阻止せよ!

「敵を発見。R-2アールツーさんは正面から引き付けて、ドブさんはビルの後ろに待ち伏せして狙撃のチャンスを窺ってください」

『ラジャ』

『ラジャ』

「連中はシュリュウダン手榴弾を所持している模様。チェプチャさんは油断したフリして、投げさせてください」

『ラジャ』

「作戦行動開始三秒前、3、2、1、いやんっ♡」

『いやんっ?』

『いやんっ?』

『どうされました!? 姫大佐さん! 応答せよ! 応答せよ!』


 俺の部屋の床には、オーバーサイズな白いTシャツを着た銀色の髪をした少女がいる。

 彼女はピンクなパンツに締め付けられているプリとしたお尻を見え隠れさせていた。


 うつ伏せでコントローラーを握っている上に、ご丁寧に口でポテチを咥えてシャキシャキとさせている。

 彼女から漂ってくるはずだったラベンダーの香りにはジャガイモ臭が混ざっていて、水色の瞳は昔と打って変わって濁りきっていた。


 彼女の頭を英語の教科書で叩いたら、やっとヘッドホンを外して振り向いてくれた。

 俺が英語の追試を突破するために勉強しているというのに、彼女は優雅にオンラインゲームに興じていた。


「なにをするんですか!? しゅん!」

「それはこっちのセリフだ!! ゲームは一日三時間と言っただろうが!!」


 急いでマイクをミュートにして俺に抗議してくる彼女のヘッドホンから、大音量で『応答せよ! 応答せよ!』の音声が流れてくる。

 彼女の名前はアネラ・Hエイチ・エメラルド、別名姫大佐。


 それは彼女がこのゲーム―――『グランドオブガン』においてのハンドルネームだ。

 彼女はその常人ならざる状況判断力と類を見ない指揮能力で、姫大佐の名を『グランドオブガン』の世界に轟かせている。


 誰もが恐れた彼女には、三人の相棒がいた。


 R-2アールツー―――類まれなる操作技術で敵の銃弾をものともせず、戦場を駆け巡る貴公子。彼に弾丸を当てたやつは歴史に名を残すと言われている。ようするに、廃人だ。


 ドブ―――天才的な潜伏スキルと狙撃において右に出る者なしの精密さを誇る稀代のスナイパー。彼が身を隠したら、まるでオフラインになったかのように誰にも見つかることは無い。まあ、廃人だ。


 チェプチャ―――千の服を持つ者と言われ、誰もやつの正体を知らない。彼の名の意味を知る者がもし深夜に遭遇したらお腹が空いてしまうという、悪質なステルス飯テロ常習犯でもある。やはり、重課金者で廃人だ。


 それを統べる姫大佐は、異世界のエメラルドリア王国からやってきたエメラルドリア王国第一王女であり、俺の友達でもある。


 でも、廃人だ。


 そう、友達とは言ったけど、オタ友とは聞いていない。

 俺はいまアネラさんの扱いに困っている。


 アネラさんと再会したあの日から、夜な夜な彼女が俺の部屋に入り浸っていた。

 公務のない日に至っては、一日中俺の部屋でゴロゴロする始末だ。


 カップ麺を部屋で食べるのがいけなかった。

 彼女の変貌は全てカップ麺から始まったのだ……。




「しゅん、何を食べてるのですか? めっちゃいい匂いがします!」

「カップ麺だ」

「カップメン?」

「なんかお前が言うと、イケメンの親戚か何かに聞こえるよね。食べるか?」

「はい!」


 夜に小腹がすいて、カップ麺を食べていたらアネラさんがベランダの窓を開けて俺の部屋に入ってくる。

 ヨダレを垂らしながら見つめてくる彼女に同情して少しおすそ分けをしてあげた。

 

 それがダメだった。

 その優しさがいけなかったんだ。


 俺は忘れていた。

 彼女の世界の文明は地球でいう中世レベルだ。


 確かに香辛料も貴重品だったような世界で育ってきた彼女にとって、文明の利器カップ麺は恐ろしいものだった。


「なんですか!? これは! このまるっとした舌触りと、鼻腔を刺激する香ばしい香り、それに口の中で溶けてゆく複数の味、こ、これがしゅんの世界の食べ物なのですか!?」

「カップ麺を日本料理の代表だと思うな!!」


 ったく、カップ麺を和食の代表だと思われたら色んな人に怒られそうだ。

 カップ麺に味を占めたのか、彼女はそれからあらゆるジャンクフードに手を出し始めた……。




R-2アールツーさん、そのまま走ってください! 敵をP03ポイント-ゼロスリー、ドブさんが隠れているところまで誘導してください!」

『ラジャ』

「ゲームをやめるんだって言ってんだ!!」

「痛っ!」

『撃たれたのか!? 姫大佐さん!』

『大丈夫か!? 姫大佐さん! 応答せよ!』


 ったく、目を離したらすぐこれだ。


 そもそもこのゲームも俺がプレイしていたのを見て、アネラさんが関心を持ったのが始まりだった。




「しゅん、なにをしているのですか?」

「グランドオブガンだ」

「グランドオブガンダ?」

「グランドオブガンだ! えっと、このコントローラーってやつを持ってみんなでやるゲームだよ」

「面白そうですね!」


 最近リリースされたPC用多人数型F P Sファーストパーソン・シューティングゲームの『グランドオブガン』をプレイしている時、アネラさんはいつも通りベランダの窓を開けてやってきた。

 PCにゲーム用のコントローラーをさしてプレイしている俺の様子が気になったのか、彼女は色々と聞いてきた。


「この人はなにを持っているのですか?」

「銃だよ」

「ジュウ?」


 そうですか。

 アネラさんの世界はまだ銃が発明される前の時代だったのですか。


「こうやって、フィールドを駆け巡って人を撃ちまくるやつだよ」

「そうなんですね……」

「フィールドって言葉は分かるんだね」

「……」


 俺の説明を聞いてから、アネラさんの視線はずっと画面に釘付けだった。




 この投げやりな説明がダメだった。

 あのとき、ゲームに没頭せずに、ちゃんとした説明をすればよかったと今は後悔してる。

 

 それがアネラさんの何かを目覚めさせてしまった。

 俺はあの時の彼女の沈黙に気づくべきだった……。


 アネラさんの執念はすごい。

 『グランドオブガン』の操作をマスターしただけでなく、ネット用語やひらがなにカタカナ、それからalphabetアルファベットと少しの漢字を覚えてしまった。


 すると、夜から早朝にかけて現れる伝説のプレイヤーとして、姫大佐の名が『グランドオブガン』の世界に馳せてしまった。


 毎晩寝てる間に、けたたましい銃声と撃たれた人の悲鳴で俺は不眠症になりかけた。

 そのための『ゲームは一日三時間まで』というルールだ。


 泣きながらなけなしのお小遣いで防音性抜群のヘッドホンを買ってあげた。

 でも、それは外界の音俺の声を遮断する性能が高いだけだと後ほど気づいてしまった……。

 

「あっ、コーラが切れましたね」

「買い物する時はウィッグをつけろよ」

「私は姫様ですよ! 買い物くらい普通に行かせなさい!」

「日本ではお前はただのコスプレイヤーだから!!」

「コスプレイヤーの意味はもう知ってます!」

「ドヤ顔はやめろ!」

「いやんっ♡」


 もう我慢ならない。

 日本が彼女をダメにしたのなら、日本で彼女を更生させる。


 外にもたくさん面白いものがあると、アネラさんに教えてあげないといけない。


 この時、俺は密かにアネラさんを外に連れ出すための作戦を練っていた。

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