Braver's Father ~勇者の子種~
巨豆腐心
第1話 Fate/ 立場
1.Fate/ 立場
両親が死んだ……。
あまり悲しくないのは、彼らがボクを虐待をしていたから。
殴られ、蹴られ、時おり児相がきたこともあるけれど、保護もされず、今まで生きてきた。
父親は商社のエリートサラリーマン、母親はIT企業のシステムエンジニア。暮らしは豊かだったけれど、ボクは最高級マンションの、広めのベランダで過ごすことが多かった。というか、そこに大型犬用の犬小屋が置かれ、ボクはそこを生活の場としてずっと生きてきた。
ベランダには水道もあって、そこで水を飲み、体を洗い、ペット用のマットに放尿し、糞便もする。それを処理するのも自分。まさにペット扱い……むしろペット並みの世話さえされていない。
食事といえば、ボクは両親の余りものだ。両親が食べきったり、外で食事をとってくると、食事抜き。野菜の残渣や、魚の内臓だってないよりはマシ。お腹をこわし、何度か生死をさまよった。
その日も両親は二人で外食に出かけた。その帰り道、暴走車両につっこまれ、呆気なく死んだ。
ボクは十三歳で天涯孤独となった。でも両親は不動産投資もしていて、一部を売却してローンの返済にまわしても、生活は賃貸収入で何とかなりそうだ。いずれ事故を起こした相手からの賠償も入ってきて、両親が掛け合っていた生命保険も、受取り人がボクしかおらず、入ってくると教えられた。
ボクを虐げた両親も、こんな結末は想像していなかっただろう。高級マンションで一人暮らし、かつ収入もあって生活はできる。死んだ両親に、少しだけ感謝することにした。
これまで通過するだけだった豪華な部屋で暮らすことにまだ違和感もあり、居心地の悪さがある。
宗教の勧誘、寄付の依頼、事故に対するコメントを求める記者、といった来訪者ばかりで、ボクもうんざりする。マンションなので、エントランスでお断りを入れ、誰も部屋に入れないことにした。
そんなある日、脱衣場で服を脱いで、全裸になったとき突然、脱衣場に人が入ってきた。
慌ててタオルで前を隠して「ど、どちら様ですか⁈」
相手は粗暴な強盗、といった風ではなく、折り目正しいスーツをきた二十代ぐらいの若い女性だったので、そう尋ねる余裕もあった。
しかし若い女性に全裸をみられた……方が恥ずかしく、かといってどうすることもできない。
彼女はまったく気にする風もなく、それどころか後ろ手にドアを閉め、狭い空間に二人きりとなった。
「私はアーマー・グランシールです」
動転していて、名前の不自然さにも気づかず「外国の人?」と尋ねる。黒髪だけれど顔立ちがはっきりとした、日本人離れした顔だ。
「外国ではなく、異世界から来ました。このAR9587とは異なる、FK2179のものです」
ボクの頭はパニックだった。女性の顔を穴のあくほど見つめても、答えなんて見つかるはずはない。
「とにかく異世界に来てください」
女性はそういうと、ボクの手をつかんでぐいっと引っ張る。ドアを開けて脱衣所をでると、そこは光に包まれていた……。
ここは異世界……?
そう自覚するほど、はっきりとした違いは感じない。でも高級マンションの脱衣所から、急に山深い森の奥に立っていたので、そう思った。
「どこ……?」
「ここはブリット連邦の北の端、グランビア山脈にあるアイル渓谷の近くです」
急に声がして、慌てて見回すも、周りには誰もいない。
「私は、アナタの鎧です」
先ほどの女性と同じ声……。ボクが自分の姿を見下ろすと、脱衣所で全裸だったのに、今は軽装の鎧で全身を覆っている。
「私はこの鎧、グランシールです。あちらの世界では人の姿をとりますが、これが本来の姿。今は頭をおおう兜から話しかけています」
どうやら骨伝導システムのようだ。
「ここは危険です。一先ず、左の崖を上がって下さい」と、彼女は命じてきた。
右も左も分からないので、とにかく従うことにする。崖といっても緩やかで、硬い岩が積み重なっていた。ただ所々で水が滲みだし、苔生していて滑りやすい。慎重に十mぐらい上った。
さらに彼女の言う通り、しばらく歩くと小さなログハウスがあった。
「ここで休ませてもらいましょう」
グランシールに促され、扉をノックする。言葉は通じるのか? 人の形をしているのか? そんな疑問も湧くけれど、そんなものを一発で吹き飛ばすほどの衝撃が襲ってきた。
ドアが開いた瞬間、喉もとを貫かんばかりの勢いで、鋭い刃を突きだされてきたのだから……。
その刃は、ボクの喉を貫か……なかった。寸前で鎧となっているグランシールが受け止め、防いだからだ。
剣をもっていたのは、少女だ……。殺されかけたけれど、それ以上に美形で、瞬きすら躊躇われるほど、少女をみつめることしかできない。
赤い髪を後ろでしばり、エメラルドのようなグリーンの光彩で、鋭くボクを捉えていたけれど、剣をうけとめられたことで、少女の表情にも戸惑いも広がっているようだった。
「これってまさか、グランシール……?」
少女はボクの身につけた鎧から、ボクに視線を移して「アナタは?」
「ボクはユウギ。あなたは?」
言葉が通じる……ということすら失念するほど、ボクは気が動転していた。何しろ殺されかけた直後、態度が豹変したのだから。
「私はアルティオーラ。アルティと呼んで。さ、こちらで休んでいって」
顔を赤らめ、急にそう歓待してくれるようになった。ボクも戸惑いつつ、山小屋へと入る。
竈のある調理場、お風呂、トイレは別棟で、ここは囲炉裏がある部屋と、奥に一室あるだけだ。
「疲れたでしょう? お風呂に入って下さい。沸かし直しますから」
あれこれと世話を焼いてくれ、ボクも戸惑いつつ、お風呂に入る。鎧をどう脱ごうかと思っていると、お風呂場にいくと、さっとコンパクトに、ヘッドギアの中にまとまり、全裸となった。
「便利な機能だね?」
「鎧ですが、硬い素材ではなく、私は魔法具なのですよ」
細かい説明を聞いても理解できそうもなく、そういうもの……と考えるしかなさそうだ。
お風呂を上がると、囲炉裏に鍋をかけ、猪肉らしい滋味あふれる食事もふるまってくれた。
どうして少女が一人、こんな山奥で暮らすのか? 剣士? 聞きたいことは山ほどあるけれど、寝室をすすめられたので、今日はそのまま休むことにした。
聞きたいことはグランシールもそうだ。でも、今は混乱することばかりで、うまく伝えられそうもない。
ベッドは少し硬め。でも藁の束を敷いて、その上にシーツをかけたもので、犬小屋で寝るより、何百倍もマシである。
ランプで灯す明かりを消して、寝ようかと思ったところ、ドアが開いてアルティが入ってきた。
何か伝えることがあるのか……? と思うけれど、ネグリジェのような可愛らしい服に、ドキドキする。ボクの世界にいたら、アイドルかと思うほどの美形で、年齢もボクと同じぐらい。そんな相手と一つ屋根の下……。それだけでも緊張するのに、ネグリジェまで……。
そう思っていると、彼女ははらりとそれを脱ぎ、一糸まとわぬ姿となった。
えッ⁈ ボクも言葉を失っていた。ベッドが一つしかないので、一緒に寝ようというのか? それがこの異世界の常識? 意識するボクの方が、この世界ではおかしいのか?
胸は大きめだけれど、まだ十代前半と思しきその体は、やや幼さを感じさせた。
「あ、あの……。私、初めてですけど、よろしくお願いします」
震える声でそう告げると、深々と頭を下げた。
ボクも見惚れて、呆けていたけれど、思わず「何を?」と、マヌケな質問をしてしまう。
「私を……えらんでくれたんですよね? 勇者の母親になれる、と……」
その言葉を反芻するうち、ボクも一つの答えにたどり着いていた。
ボクが〝勇者の父親〟? と……。
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