第五話 カノン王妃とアリア王妃と街見物

 ルクセンブル公国一行はこの城で今日、明日と宿泊し、公国に向かって出発することになった。兵士たちも長旅で疲れている上に、馬を休憩させる必要があるためだ。


「カノン、明日はわたくしと街を見てまわりましょう」


 アリア王女は嬉しそうにカノン王女の手を取った。姉と妹が一緒に街の見学をする、確かに……、順当なところだろう。


 アリア王女と一緒にいたくなかったから、正直ホッとした。


「そう言えば、カノン王女は魔法学園に行かれないのですか?」


「私は夏から行きますよ」


「へえ、一緒じゃないですか」


「この娘は、全く魔法が使えないのですわ。可愛いから、ハインリッヒ王国の王子に見そめられたみたいですけどね。わたくしにはどこがいいんだか分からないのだけれどね」


「ちょっと、お姉様!」


 魔法が使えないのに魔法学園に入るのか。大公国ではよくある光景だから驚くことでもないが……。要するに裏口だ。王国や大公国でも、子供が魔法を持たずに生まれることは稀にある。魔法が全くないと結婚にも影響するため、はくをつけるために魔法学園に通わすのだ。夏に入学するのは入学テストを避けるためだろう。


 魔法が使えなくても、俺はカノン王女となら結婚したい。それにしても、ハインリッヒ王国の王子様が婚約者か。相手が悪いな……。魔法中心の王国で、魔法の使えない女性を婚約者にするとは、ハインリッヒ王子はカノン王女の事を相当気に入っておられるらしい。

 

「さあ、部屋に行きますわよ。カノン……」


 アリア王女が席を立ち、手を差し出した。しかし、カノン王女はその手を取らずに俺をじっと見つめる。


「あの、明日なんですけれど、街を案内していただけませんでしょうか?」


 その申し出に俺の心臓はドクンと大きく脈を打つ。俺はその瞳に心を奪われた。


「ちょっと、カノン!! あなた、何を言ってますの? そんなの他の誰かに連れて行ってもらえれば……」


「いえいえ、アリア王女は、カムイ王子の婚約者ですからの。明日は御一緒されたらいかがですかの」


 ジムルがカノン王女の言葉に助け舟を出す。


「そんなこと言って、この男スケベそうだからわたくしと二人きりになったら、きっといやらしい事を……」


 それは神に誓ってない、ふざけるな。俺は心の中で吠えた。


「それはないと思いますが、……気になるならばカノン王女と三人なら大丈夫かと思われますがの」


 ジムルが言うとアリア王女は腕を組んで頷いた。


「まあ、それならあなたを案内役にして差し上げますわ。わたくしとカノンと一緒なんて、あなたにとっては、あり得ない幸せでしょうね」


 できれば、アリア王女はいらないのだけれどな。鬱陶うっとうしい王女だが、内に秘めた魔法力はかなりありそうだ。刃向かったら、タダで済みそうにない。明日は、アリア王女のわがままに付き合わされる1日になりそうだ。そう考えると憂鬱ゆううつになってきた。


「じゃあ、カムイ様、また明日……あっ」


 カノン王女は立ち上がる寸前よろけた。俺の肩にふわっと柔らかいものが感じられる。思わず身体を支えようと腰に手を回し抱きしめる格好になった。美しい髪の毛のいい匂いと見た目よりも大きな胸が押しつけられる。こんなに細いのに出るところは出て引っ込むところは引っ込む。これもある意味、神の奇跡だ。


「ちょっと、あなた何やってるのよ! カノンは婚約者がいるのよ! カムイ、離れなさい!!」


 アリア王女が俺を大声でののしる。不慮の事故だと思うんだが。去り際にカノン王女が俺の耳元でささやくように呟いた。


「明日、『龍の住む丘・・・・・』に行くの、楽しみにしてます」


 そのまま離れてしまう。何を言ってるんだ。俺に婚約者がいて、カノン王女にもいるだろう。それに『龍の住む丘』をカノン王女が知っているわけがないんだが。聞き間違えだろうか。クリスに案内されていくカノン王女とアリア王女の姿を俺は呆然と見送った。




◇◇◇




「さあ、街に行くわよ! わたくし、美味しい海の幸が食べたいわ」


 先の戦闘で人口が三分の一にまで減ってしまった街は活気があるとは言い難い。食材だって殆ど王国に集めてしまったから、街で美味しいものなど食べられるわけないだろう。


 そんなことも知らないアリア王女はカノン王女の手を握って、前を歩く。俺は後ろからついていく格好になった。


 本当はカノン王女の隣を並んで歩きたいのだが、許してくれるわけがないよな。


 街を歩く人々が足を止めて頭を下げる。みんなカノン王女のことを見つめていた。


「美しい王女様だね。まるで、……女神様みたい」


「綺麗なお姫様ね」


 みんな、カノン王女のことを賞賛する。その度にカノン王女は頭を下げて、お礼を言っていた。初めは嬉しそうにしていたアリア王女の顔がみるみる不満でいっぱいになってくる。


「ねえ、そこの?」


「俺のことか?」


 アリア王女が俺の方を向いて不満そうな表情をありありと浮かべた。


「街の人たち、部外者のカノンに馴れ馴れしすぎない? 仮にもわたくしがこの国の王妃様になるのよ」


 俺は初めて自分のことを王妃様と言う奴に会った。それと、街で食べた料理もあまり美味しくなかったのか、それも不満なようだ。

 

「いや、ここの住人はこんなもんだよ」


 アリア王女は一歩前に出て、住人が来るたびに手を振った。


「カノン王女様、……天使様みたいだね」


「いえ、そのようなことはない……ですよ」


 街の人からのカノン王女の声。アリア王女に挨拶する人は今のところ一人もいない。


「なぜ、わたくしに誰も声をかけてくれないのよ!!」


 本音が出た……、まあそれだけ威張り散らしてたら、怖くて誰も声をかけられないだろう。


 そう思って歩いていたら、目の前に明らかにイケメンの兵士が近づいてくる。あれはアルスラだ。


「アリア王女様、一目見た時から、わたしはあなたの心の虜でございます」


 本気かと思ってアリア王女を見たら、目が少女漫画のようにキラキラとしていた。


「やはり、分かる人には分かるんですわね」


 俺は思わず頭を抱えてしまう。婚約者のいる前で、これはないだろ。


わたくし、婚約者がいるのにどうしましょう。そうだわ、あなたをわたくしの二番目の夫にしてさしあげるわよ」


 俺がいる前で側室にしてやると言うのは、あまりにも俺に失礼だと思うのだが……。


 俺がアリア王女を見ていると突然、俺の手に柔らかい感触を感じる。俺の手が握られたのだ。驚いて、隣を見るとカノン王女がにっこりと微笑んでいた。


「カムイ様、行きましょう!」


「えっ、ちょっと、ええええっ」


 カノン王女は、俺の手を引いて、姉と逆の方向に走りだした。何を考えてるんだよ。こんなことしたら、ルクセンブル公国だけでなくハインリッヒ王国をも敵に回すことになりかねないって……。温厚そうなカノン王女がまさか、こんなことをしてくるとは思わなくて、俺は嬉しい反面、凄く戸惑った。



―――――


読んでいただきありがとうございます。

今後もよろしくお願いします。


ここから盛り上がるはず。

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