第二話 ルクセンブル公国からアリア王女の小隊が出発したと連絡。

「坊ちゃん、ルクセンブル公国より、映像が届きましたな」


 魔道鏡から映し出される映像を見ていたクルスが指差してニッコリと笑った。


「見てください。ほら、ルクセンブル公国のアリア王女が出立したそうですな」


 俺は魔道鏡を覗き込む。屋敷の召使達に見送られながら、若い女性二人と初老の男一人がルクセンブル公国の君主と話をしていた。


「ほら、見てください。こちらがアリア王女ですな」


 一通りの話が終わったのか馬車へと乗り込むアリア王女。金色の髪に眉まで吊り上がった目。うわ、想像以上にキツそうに見えた。


 アリア王女が乗り込んだ後ろから、もうひとりの女性が乗り込む。


「この人も王女みたいだが?」


「このお方は、アリア王女の妹君のカノン王女でございますな」


 俺はアリア王女の後ろから馬車に乗り込もうとしているカノン王女を見た。一言に言って美しい。映像の中でも切れ長の大きな藍色の瞳、整った鼻と口、そして肩までの金色の髪はあまりにも幻想的だった。


「綺麗な人だな」


「カノン王女には婚約者がいたはずでございますな」


 俺の嬉しそうな声に気がついたのか、クリスが釘を刺す。手を出すなよと言っているのがその顔色からもよく分かる。流石に婚約者を迎える儀式で妹に手を出すほど、非常識では無い。


 それにしてもこの感覚はなんだ。映像を見ていたら突然、気持ち悪さを感じた。おかしいな、そんなに長時間見ていたわけではないんだが。


「あれ、……なんだ、これは…」


 頭の中に見たことのない映像が浮かんだ。これは既視感なのか!?




◇◇◇




 桜の木の下で立つカノン王女。ただ、髪の毛の色が金髪ではなく黒髪で、服装も見たことのない制服を着ていた。桜の木の下で俺は目の前の女性に声をあげた。


奏音かのんさん、好きです。付き合ってください)


神居かむいくん、遅すぎですよ。本当に告白まで何年待ったと思ってるのですか)




◇◇◇




 まるで白昼夢のように一瞬で先ほどの光景は消え去った。なんだ、今の記憶は…!? 俺にこんな思い出などあるはずがない。


 疲れているだけなのだ。俺は頭を大きく振った。


「良かったですな。坊ちゃんにも春が来たようですな」


「俺に喧嘩、売ってるのか?」


「もちろん、そんなことはございません。これは公国と公国との政略結婚でございます。王子ひとりの犠牲で民が救われるとなれば、みんな大喜びでございますな」


「ふざけんなよ!!」


 クリスが部屋をぐるっと見回す。


「ただ、少し片付けないといけませんな」


 ニッコリと微笑む笑顔に俺は、気を取り直して頷いた。確かにあれだけ大公国の一団だ。客間と食堂を用意して、かなりの部屋を客が泊まれるようにしなくてはならない。


「わたしと坊ちゃん、そして召使達だけでは人手が足りませんな。街に行って伝令を出して来ていただけませんか。一行が着くのに1週間くらいかかると思いますが、その間に用意しないと、先方を怒らせかねません」


「わ、分かった。ちょっと街に行って頼んでくるよ」


「ちゃんと、坊ちゃんと奥様の寝屋は特別に綺麗にしておきますから、よろしくお願いします」


「馬鹿やろ。絶対いらねえからな」


 俺は正直、この運命から逃れたい、と思った。それでも……。


 俺は城の扉を開けて、街に飛び出した。坂を降りていく間、どんな理由をつけて、招集するべきだろうかを考えていた。三男に生まれたからか、城よりも街にいることが多かったため、俺は街の人間との関係は深い。地雷姫との婚約と言うだけで、酒の肴にされることが決まっている。


 ただ、現在の窮状きゅうじょうからすると大公国の支援は喉から手が出るほどに欲しいのも確かだ。


 そう思いながら降りていくと、今日はやけに人が集まっていた。人だかりの中から、話をまとめてくれそうな人を探す。おっ、あれは俺が生まれた時に引き上げてくれたカイネばあちゃんだ。


「よっ、御曹司」


「なんだよ、その挨拶はよ」


「水くさいねえ。で、どうなんだよ、美女を迎える気持ちはさ」


「うるせえわ」


「まあまあ、殿方が上手くリードしてたら、きっと姫様も変わってくると思うよ?」


「本当か?」


「さあね」


 カイネばあちゃんは、大きく笑った。他人事だと思ってさ。それにしても狭い公国だから、情報が筒抜けなのは分かるが、早すぎるだろ。そもそも、俺も数日前に知ったばかりだぞ。クリスめ、と俺は城の方を睨みつけた。


「最低な気分だよ」


「でもさ、悪い話ばかりだったから、久しぶりに明るい話で、住人達はそれでも嬉しいんだよ」


 そうだ。この公国に、ここ一年であったことと言えば、隣国に蹂躙じゅうりんされたことくらいだ。沢山の人々が殺され、活気のあった街の人口は三分の一にまで減ってしまった。


「今生きられてるのも、白龍様のおかげだねえ」


「……確かに、そうだな」



◇◇◇



 あれは今から半年前のことだ。俺の目の前で父親と兄さん二人があまりにもあっけなく殺された。数の暴力だ。兵士たちは一度に三人の相手をしなければならなかった。しかも、その向こうから魔物の大群が襲いかかって来る。勝てるわけがなかった。


 ルクス公国の大軍と魔物の群れが押し寄せる中、俺は死を決意した。父親と兄さんふたりを突然失った俺はわけが分からず、大軍に向かってわめきながら突っ込んだ。怒りと悔しさで、俺は気持ちを抑えることができなかったのだ。


 死ぬことはわかっていた。いや、……もう死んでしまおうと思っていた。


「我を呼ぶものはお前か」


 頭上から大きな声が響いた。顔を上げると白いドラゴンがこちらを見ていた。初めて見た。エンシェントドラゴンだ。


「我を呼んだのはそなたか?」


 もう一度、ドラゴンは俺をじっと見て言った。言葉ではなく、頭の中に直接語りかけてきているようだった。


「俺は何のことか分からない……」


「まあ、そうだろうな。じゃあ、別のものに呼ばれたか。まあいい、誰かが我を召喚して来た。本来なら、召喚されても従う気は無いのだが、この召喚魔法には制御魔法もかかっている。仕方がないから手を貸してやる」


 召喚魔法と言うのはモンスターを呼ぶための魔法だ。エンシェントドラゴンを召喚させるような魔法を誰が使えるというのだ。


 少なくとも俺は聞いたことがなかった。呆然とする俺の前にエンシェントドラゴンが降り立つ。ドラゴンの身体が光り輝いたと思ったら、光の矢のように口からブレスが放たれた。


「うわああっ」


 あまりに眩しい光に俺は目を開けていられなくなる。地響きのような轟音ごうおんが響き渡り、俺は立っていられなくなって、地面に手をついた。なんて言う凄い力だ。地震のような地響きは、最初は大きく揺れ、徐々に小さくなり、やがては消えてしまった。


「もう、大丈夫だ」


 エンシェントドラゴンの声にゆっくりと目を開ける。目の前には何もない荒野が広がっている。大軍と魔物の群れは溶けて蒸発してしまったのだろうか。神話で聞いた以上の破壊力だった。たった一撃のドラゴンブレスに目の前の敵は壊滅したのだ。


「お前も鍛えれば、我のようにきっと強くなる」


ドラゴンはそれだけ言い残し、空に消えて行った。



――――


 本日、もう一話上げさせていただきます。

 それ以降のスケジュールです。


 平日、20時ごろ。


 土日、朝と夜に一話ずつ、


 この予定で行きたいと思いますので、応援よろしくお願いします。

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