最大公国からの婚約相手はバツ2、吊り目で地雷女。お淑やかな美人妹の好意を感じて、本気で乗り換えたいが、王子の婚約者で奪おうものなら、人生即終了。

楽園

第一話 公国崩壊寸前、ルクセンブル公国から届いた手紙

「坊ちゃま、手が止まっておりますな」


「うるさい。何枚書いたら、この作業は終わると言うんだ」


「隣国への手続き、王国への折衝、そして毎日届く街からの報告書類は尽きることはありませぬな」


 俺は執事のクリスの話を聞いて机に突っ伏した。ザイン公国。公国とは名ばかりの辺境の地で、炭鉱は度重なる魔物の襲来で寂れ、資源も枯渇し、この公国でまともな生業と言えば冒険者になることくらいだ。


 父親、長男、次男が生きていれば、四月からハインリッヒ王国の魔法学園に16歳で入学し青春を謳歌していたはずなのにだ。


 隣国のルクスが攻めてくるなんて、誰が想像するだろうか。先の戦争で父親、長男、次男は戦死。結局、三男であるザイン リンデン カムイの元に回ってきた。


 ちなみに母親は実家の公国に一時休養という名目で帰ったきり今だに帰ってきていない。


 子供の頃から冒険者になることしか叩き込まれてない俺には、政治なんて分かるはずもない。


「なあ、もう手が疲れたから、サインするの代わってくれよ」


「ダメですな。ただサインしてるだけじゃないのですよ。ここをちゃんと読んでくだされ。しっかり読んで、不正を防ぐためにしてることなのですからな」


 ハッキリ言ってこれだけの量をまともに読んでたら、日が暮れても終わらない。サインするだけでも、これだけ時間がかかってるんだから……。


 あまりの量に腱鞘炎けんしょうえんになりそうだ。もし、腱鞘炎になったら、免除されるだろうか。


「なあ? これ、書けないほど手が痛みを感じたら、代理でサインしてくれるか?」


 俺の言葉にクリスは満面の笑みを浮かべた。


「大丈夫ですとも。その時には手をお出しください。わたしめが治療させていただきますな」


 俺はガックリと頭を落とした。そう、この世界は、魔法学園があるだけあって、魔法中心の世界なのだ。魔法には火、水、土、風、光、闇、無属性の七つの属性からなり、ヒールの魔法が光属性になる。


 執事のクリスは光属性のエキスパートで、俺が手を痛めても立ちどころに治してしまうのだ。


 なお、治ったとしても痛みまでは取り除けない。要するに俺の苦労は、全く無くなることはないのだ。


「それにしても、こんなことやっても、この公国、遅かれ早かれ滅ぶだろ」


「坊ちゃん、何をおっしゃるのですか。爺は嘆かわしいですな」


 クリスが大粒の涙を浮かべて目を伏せる。隣国のルクスが滅んだ今、いつ魔物が大挙して襲ってくるのか分からない。この作業は無意味なのだ。それが分かっているのに、こんな瑣末な作業をさせるカインに腹が立った。


 ハインリッヒ王国の一番北に位置する辺境の地は、王国の警備からも外されているような僻地だ。本来、毎月入れ替わるはずの、警備兵も俺が生まれてから今まで見たことがない。


 税金を納めてるんだから、ちゃんと働けと思うのだが、ザイン公国に来たがる警備兵などいるわけがない。要するに取り残された公国なのだ。


「そう言えば、ですな……坊ちゃんにいい話が来てますな」


 執事のクリスが大陸から届く手紙を整理する手を止めて、俺を見た。


「この僻地にいい話なんて、あるわけがないだろ」


「それがですね。坊ちゃんへの縁談の話が来ているようなんですな」


 縁談と聞いて俺は不愉快になった。どうせ、この公国への縁談なんて平民の相当残念な女性か、貴族でも出戻りか何かの傷物令嬢くらいだろう。


 そんな女性でも来ればいい方で恐らく三日も待たずに逃げ帰る事が確定している。


「どうせ、碌でもないから断っておいてくれ」


 俺がそう言うと簡単に断れますかね、とカインが整理していた手紙の束から一枚の手紙を取って渡してきた。


「何かの間違いじゃないのか?」


「それが……ちゃんと刻印も押されておりますし、魔法での識別でも間違いないのですな」


 俺は手紙の宛先をもう一度見た。確かに宛先にはルクセンブル公国と書いてある。


 ハインリッヒ王国第一の公国と名高いルクセンブル公国から誰が嫁ぐことがあるんだ。


 俺は手紙を開けて中身を確認して、絶望に打ちひしがれる。


「いくら大公国と言っても、こいつとの結婚だけはあり得ないよな」

 

 アリア姫と言えば王国で一、二を争う地雷姫で有名だ。確か、二度の出戻り経験があったような。


 一度目は浮気、二度目は結婚式で逃げられたんだっけか。


 早く結婚させて、相手に再教育させようとして失敗したのか、17歳にしてバツ2と言う聞いただけでも逃げ出したくなる条件だった。今は魔法学園の二年生だったはず。


「流石にこれはないよな、……この縁談」


「会ってみないことには、爺には分かりませんな……」


「本気か?」


「爺は冗談が嫌いでございますな。今の公国の実情を考えれば、この縁談はむしろルクセンブル公国の支援も取り付けられて、渡りに船でございますな」


「俺の幸せな未来は、どうなるんだ?」


「坊ちゃま、民のためでございますな。それに、ドラゴンの洞窟に入ってみなければ、金銀財宝が手に入るかなんて分かりませんな」


「こんな相手、ドラゴンブレスを浴びせられるのが決まってるだろ」


「お国のためで、ございますな」


 どんなやばい奴だろう、と俺は戦々恐々としながら、お会いしたいと心にもないことを書かされるはめになった。

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