【休載中・9月再開予定】寵姫として皇帝と国に尽くした結果暗殺されたので、錬金術で復活して宮廷に復讐してやる!
九十九髪茄子
第I部 寵姫復活編
第1章 非業の死と錬金術
第01話 謀殺から始まる物語
「フィルヴィーユ公爵夫人エリーナ、あなたは陛下の寵姫という立場を利用し国政を私物化した」
審問官の言葉に続き、傍聴席の貴族たちから野次が飛ぶ。
「帝国を権威を貶める悪女め」
「陛下を誑かす下賎な女狐!」
「その女を断頭台に送れ!」
職人の娘として生まれたエリーナを下品で粗野な女と嘲笑していた人々。でも感情のおもむくまま吠えたてる彼らの方が、エリーナにはよほど下品に見えた。
「何を根拠にそのようなことを?」
ふざけんじゃないわよ! と啖呵を切ってやりたいが、彼らと同じレベルに落ちる事はない。私はあくまで冷静でいよう。
「宮廷に相応しくない平民や下級貴族を取り巻きにして、宮廷を掻き乱したではないか!」
「能力のある者を官僚として登用した。それだけです」
先祖の威光だけが取り柄のアンタたちとは違う。心の中で付け加える。
「軍事物資の横領疑惑も出ている」
「怪文書が出回っていることは承知していますが、事実無根です」
愛人の軍将校を使い、私腹をこやす悪徳寵姫。そんな内容の文書が宮廷や王都にばら撒かれている。皇帝の寵姫である私が愛人? 馬鹿馬鹿しい!
「我々貴族の誇りとも言える錬金術を、独占したことは?」
「あら、独占していたのはあなた方でしょう?」
「はあ? 何を言うか?」
「工房の人事に口を出すばかりか、叡智を平民に流した冒涜者め!」
錬金工房の開放は、エリーナたちの改革の中でもメインの柱だ。
機械馬車や自動街灯、大型水道ポンプ、様々な薬品類。錬金工房の結晶たちは確かに帝国の発展に貢献してきた。しかしその利権は貴族たちによって独占されている。
平民にも錬金術が使えるようになれば、世の中はもっと良くなる。それは、錬金工房からの依頼でさまざまな器具を作っていた父の口癖でもあった。
「錬金術は貴族が貴族たる証。平民の玩具ではない!」
「おかげで我らの事業は大打撃だ」
「平民は、我らからの恩恵をただ享受してれば良い!」
貴族たちの悪意は加速する。
「そもそも寵姫が政治に口出しとは度し難い」
「その女を追放せよ」
「宮廷に正義を取り戻せ!」
貴族たちの悪意のシャワーは、エリーナに容赦なく降り注いだ。
* * *
「あーっ!もう、ムカつく!」
第1回の審問が終わり、監房に戻ってきたエリーナは、素の口調で怒りを発散させた。
「よってたかって、くだらない難癖ばかり!」
「ははは、ご苦労様でした」
エリーナの怒りを受け止めたのは、近衛隊長のウィダスだ。2人の部下を伴い、面会人として監房を訪れていた。
「陛下の遠征中に、高等法院からの出頭命令。その時点でロクな事にならないとは思ってたけど……ってごめんなさい。前線からはるばる駆けつけてくれたあなたに、こんな話聞かせて」
「私は陛下の代理です。夫人の愚痴聞きも役目に含まれていますので、お気になさらず」
「まあ!」
ウィダスは、軍人の中でも特に皇帝の信頼があつい男だ。歳も近く、皇太子時代から遊び相手だったと聞く。
今も直接軍を率いて戦うより、陛下の特命で独自に動き回ることが多い。
「陛下からの差し入れです」
彼の部下がワイン瓶の入った木箱をテーブルに置いた。エリーナが好きな銘柄だ。
「嬉しい! でも一人で頂くのも味気ないわ。ウィダス殿、ご一緒にいかが?」
平民出身とは言え、エリーナは公爵夫人の位を持つ。監房も絨毯敷きの特別室をあてがわれていた。ここには使用人を呼び入れることができるし、面会者を交えての食事や飲酒も認められている。
「そう仰ると思いまして、グラスも2つ用意しています」
ウィダスが取り出すグラスには、帝国近衛兵の部隊章と、フィルヴィーユ公爵家の紋章が、それぞれ砂吹き細工で刻印されている。
「では、食事も用意させましょう」
給仕に夕食の用意を指示すると、すぐにパンとシチューがテーブルに並べられる。
簡素な晩餐の用意が整うと、二人はそれぞれ紋章が入ったグラスを空中に掲げた。
「夫人が解放される日を願って」
「帝国の繁栄を願って」
「乾杯!」
ガラスの縁が小気味良い音を立てた。ルビー色の液体を喉へと流し込む。エリーナは喉からお腹にかけてぼうっと熱くなるのを感じた。
「1ヶ月、ご辛抱ください」
一気に飲み干した後、ウィダスが言う。
「先の会戦で勝利した我らは、"獅子の国"との停戦交渉に入りました。ひと月もすれば我が軍は帝都に凱旋します」
「それ程度なら耐えましょう」
今日の審問ではっきりした。貴族たちはエリーナを追い詰めるような武器を持っていない。あの体たらくなら、ひと月くらいどうとでも凌げる。
「陛下は、留守中の帝都で起きた騒動にお怒りです。早く帰還し事態の安定化を図りたいと仰せでした」
二人は恋人同士であると同時に、政治改革を志す同志でもある。帝国貴族と平民の格差に、若き皇帝は頭を悩ませていた。
愛する人の力になりたいと願い、エリーナは政治の世界に進出した。そして皇帝の懐刀として国内外で一目置かれる存在になった。
「あなたが陛下の補佐を始めてから、守旧派貴族とは何度も衝突してきましたが……今度の審問会はややお粗末ですな」
「確たる証拠もないまま私に出頭命令を出したと言うことは、向こうも焦っているのでしょう」
「あなたが登用した若手官僚たち。いわゆるフィルヴィーユ派の改革を、これ以上進ませたくない……と言ったところですか」
「ええ」
陰謀渦巻く宮廷で戦い続け、あと少しというところまで来た。ここで敗れるわけにはいかない。
「ところで、このシチューは絶品ですな」
不意にウィダスは話題を変えてきた。
「寵姫付きの宮廷料理人に出向してもらっています。良質な食事は心身を安定させる秘訣ですので」
「わかります。前線の食糧事情について私も頭を悩ませていますから。ほほ肉のシチューをこっそり食べたなんて知られたら、同僚に恨まれますよ」
「まあ。では、この茶番が終わったら軍の食料制度改正を真っ先に行いましょう」
酒の席の冗談だが、半分は本気だ。
軍需物資の横領は根深い問題なのだ。物資が貴族たちの領地を通るごとにその一部が彼らの懐へと消える。それを彼らは当然の権利と考えている。
田畑で汗を流す民の税でまかない、戦地で血を流す兵たちに送るものだ。麦ひと粒ですら、連中に渡すわけにはいかない。
なのに現実には、横領の濡れ衣をエリーナ着せる怪文書が出回る始末だ。
「とにかく……今の政治の不公正をなんとか……せねば」
あれ?
エリーナは戸惑う。
舌が思うように動かない。それに気づいた直後、胸の奥から不快感が込み上げる。
「ゴホッ!?」
鉄の味。口元からあふれる液体が、クロスに真っ赤なシミを作った。ワインの色でも、シチューの色でもない。もっと鮮やかでおぞましい鮮血の赤。
「これ、は……?」
続けて強烈なめまい。
毒。とっさにそう確信した。けどいつの間に?誰が?
「あなたの役目は終わった」
友好的だった隊長の声色が、突如冷たいものに変わる。
ワインに毒が盛られていた? いや違う。グラスだ。きっとフィルヴィーユの紋章が入ったグラスにだけ塗られていたのだ。
でも何故?
「今日の審問会を見て確信しました。貴族だけでは、あなたを追い詰めることはできない」
なに? なにを言っているの?
「ですから、私が参上しました。潔く退場なされよ」
まって! どういうこと? これは誰の命令……?
言いたいこと、訪ねたいことがものすごい勢いで頭の中を駆け巡る。
けど、それらが声になることはなかった。喉を通り抜けた毒が、声帯を焼き潰してしまったらしい。
「あ……あ……」
誰の命令か? そんなの明白だ。
この男は皇帝直属の軍人だ。大貴族の差金なんかじゃない。彼が忠誠を誓うのは一人だけ。
アルディス……さま……?
疑う余地もない。この殺害方法を選べるのは、あの方しかいない。
どうして?
最愛の人だった。私も彼に愛されていると思っていた。なのに……。
エリーナの身体がぐらりとバランスを崩し、椅子から転げ落ちた。ウィダスと彼の二人の部下が見下ろしている。その姿もすぐにぼやけていく。
「あとは貴族どもに任せておけ。行くぞ」
ぼやけた人影が牢から立ち去っていく。ウィダスたちは死にゆくエリーナを置き去りにしようとしている。
「……あなたは、これでいいのか?」
が、影のひとつがその場に留まった。
だれ?
知らない声。影はかがみ込み、エリーナの耳元で何かを語りかけてくる。
「恐らくは病死と発表される。そして貴族によって、国家を私物化した悪女として記録される」
でしょうね。権力争いに敗れるとは、そういう事よ。
「それでいいのか? 民のために尽くしてきたあなたが、こんな形で終わるなんて。その屈辱に耐えられるか?」
できるはずがない。
改革はまた途中だ。ここで死ぬ訳にはいかない。私を陥れた者たち許す訳にはいかない。
何より、愛する者に拒絶された悲しさ。裏切られた悔しさ。怒り。恨み。あらゆる負の感情が、涙と共に瞳から流れる。
悔しい。ただただ、悔しい。人生最後に味わう感情がこんなドス黒いものになるなんて……。
「あなたに機会を与えよう」
え?
半開きになった口に何かが注がれてきた。無味無臭の液体が、喉奥へと流れていく。なに、これ?
視界は暗いままだ。声も出せず、身体ももう動かない。
やがて話しかける声も途切れ、闇と静寂だけがエリーナの世界となった。
* * *
「はっ!?」
不意に視界が開けた。窓から陽の光が差し込む。
エリーナはベッドの上に寝かされていた。
「私……どうなったの?」
身体の内側から込み上げる不快感は消えていた。意識も視界もはっきりしている。
エリーナは周囲を見回す。あの監房ではない。見たことのない部屋だ。
ベッドは窓際に配置され、部屋の中央には大きなテーブルが置かれていた。上には所狭しと、ガラス製のフラスコや試験管が並べられ、それを繋ぐように金属製の管が縦横無尽に這い回る。錬金術に用いる機材のようだ。
「え?」
そこで初めて自分の身体の違和感に気づく。
私はこんな華奢か身体だったか? こんな透き通った白い肌だったか? それに目の横にチラチラと見えている金髪。私の髪はこんな色じゃない。
「なに、この感じ?」
そうつぶやく声も自分のものじゃない。背筋に冷や汗が流れる、なにかおかしい。エリーナは周囲を見回す。
壁に、姿見が掛けられていた。エリーナはベッドから立ち上がり、それ駆け寄る。
そして、愕然とした。
「……誰?」
鏡の奥から、呆然とした表情でエリーナを見つめる顔は、全く知らない少女のものだった。
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