32.本音

「おい、いたぞ!」


 廃闘技場から出て、すぐのことであった。

 数人の兵士が、コスモに対し、そう言ったのだ。


(これはまずい……)


 まさか、ここまで早く追手が来るとは。

 いや、【剣聖】の希少性と強さを考えたら、当然のことだろう。


「兵士さん!? なんか武器構えていませんか!?」

「ユリ、少し我慢して」


 コスモはユリをお姫様抱っこすると、【剣聖】の力を用いて、王都を出て遠くまで逃げる。

 いくら鍛え抜かれた兵士と言えども、剣聖スキルの前では追い付けないようで、すぐにまくことができた。


 そして、来たことのない草原へと辿り着いた。

 大きな木が1本立っており、風が気持ちいい。

 2人は、そこに座る。

 すると、ユリは言う。


「コスモさん、なにか隠していませんか?」


 バレない方がおかしい。

 兵士がこちらに敵意を向けてきて、更にはスキルの力で遠くまで逃げた。


「コスモさん、話してくれませんか?」

「は、話すってなにを?」

「1人でなにか悩んでいませんか?」

「う……」

「王宮で、なにかあったんですよね?」


 図星であった。

 その通りだ。


「あっ! まさか、国王様秘蔵のデザートを食べちゃったとか!?」


 そう言いながら、作ったように、焦りの表情をするユリ。

 ユリは馬鹿じゃない。

 本当はそんな訳ないのに、言いやすいようにボケてくれているのだろう。


(ユリなら、ユリならきっと分かってくれるハズ……)


 そうだ。

 ユリはいつもコスモの味方だった。


 この調子なら、隠し通すのはもう無理だ。

 話して、味方になってもらおう。


「あの……実はね……」


 コスモはユリに全てを話した。

 【剣聖】が本来コスモのスキルでないこと。

 本来の持ち主であるメアに返さず、逃げて来たこと。


 全てを話した。


 きっとユリは分かってくれるハズ。


 だって、ユリは話しを聞いている時、優しそうな顔で、「うんうん」と頷いてくれていたのだから。


(良かった……本当に)


 最初から隠す必要など、無かったのだ。








「コスモさん」

「なに?」


 コスモは、自然に流れた涙を、ぬぐう。















「コスモさん、スキルを返しましょう」

「え?」


 なにを言っているのだろうか?


 なにを……?


「返すって……スキルを……? ユリは私の味方じゃなかったの?」


「味方ですよ。けど、もし本当にその人のものなら、そのスキルは返すべきです」


「え? え? え? え?」


「……ごめんなさい、今のは建前です」


 建前、要するに嘘の理由だ。

 他に返すべきだと考える理由が、あるということだろうか。


「私、コスモさんに悪者になって欲しくないんです」


 ユリは続ける。


「コスモさんは悪くない。それは私も理解しています。いや、私だったらそう思います! 私も、思ってくれている程、善人じゃありませんから……」


「じゃあ、どうして!!」


 ユリは数秒黙った後、言う。


「私、本が好きで小さい頃は絵本を読んでいました。今回の話を聞いて、その中の1つを思い出しました」


 ユリはその絵本のことを説明してくれた。

 コスモも絵本は読んだことがあるが、この話については初めて聞いた。








 その絵本の主人公は、幼少の頃から苦労ばかりしていた。

 友達にも、仲間外れにされていたという。


 そんな主人公がある日、どんな願いも叶う石を手に入れる。

 主人公はその石の力を使い、今までの日々が嘘だったかのように、幸せな日々を過ごす。


 しかし、ある時、この石を落としてしまう。

 探しても見つからなかったが、ある日、別な誰かに拾われたことが分かった。


 当然、その人に返してと言う。

 だが、その人は、石を返そうとはしなかった。

 理由は主人公にも分からなかった。


 ただ、「絶対にお前には返さない」と、その意思は硬かった。

 主人公は絶望した、また前の生活に逆戻りかと。


 だが、違った、主人公には大勢の仲間ができていたのだ。

 仲間の活躍で、石を盗んだ犯人は捕まった。


 そして、犯人は檻の中で、地獄のような辛い一生を送ったという。

 主人公は石も戻り、仲間にも囲まれ、ハッピーエンドだ。





「……で? 泥棒は良くないって?」


「絵本だけ読むと、そうですね。でも、実はこの話はとある伝承が元になっているんです」


 そもそもその伝承自体、作り話だったみたいですが……と、ユリは続ける。


「その元となった伝承では、この犯人も主人公と同じような境遇だったんです」


「え?」


「絵本にする際に後味が悪いので、このような物語になったようですが……」


 ユリはなにを言いたいのだろうか?


「今のコスモさんと、似ていませんか?」


「私だったら、石の力を使って幸せになったら、すぐに返すよ……なんでその犯人はそうしなかったの……?」


 「作り話ですから」と、ユリはわざとらしく、苦笑した。


「とにかく、今のコスモさんは、成敗される側に回ってしまっているんです。私だって悔しいです! けど、向こうは国王様とその後継ぎになる予定の子なんです。大勢の仲間がいるんです。残念ですが、今のままではどう頑張っても、絵本の主人公のようになることはできません……。方法があるとすれば、国王様達を殺して、コスモさんが王になることです」


「それは駄目だよ!!」


 ユリが最後まで言い終える前に、コスモが叫んだ。

 すると、ユリは優しく微笑む。


「やっぱり、そうですよね。優しいですよ、コスモさんは」


「優しくないけど、そういうのは普通駄目でしょ!」


「そうですか? それに、コスモさん、強い力を手に入れた割には欲がないと思いますけどね?」


「欲ならあるよ。この力を使って活躍して、皆に「凄い」って言ってもらいたいって欲が! 皆に認められたいって欲があるんだよ? 常に周囲の中心になっていたいって欲があるんだよ!?」


「えっと、それだけですか?」


「え?」


「強大な力を手に入れても、それだけですか? そんなことは、皆考えていると思いますよ。私だって普段言わないだけで、そうですし」


 ユリは照れながら、自分の頭をかいた。


「少なくとも、私はコスモさんは優しい人だと思っています! だからこそ、だからこそ……優しいコスモさんだからこそ、悪者になっては欲しくないんです!!」


 そうは言われても……返したくない。


 コスモは今まで、能力不足で仕事をクビになったこともあった。

 けど、剣聖のおかげで、コスモは有能になれたのだ。


 コスモはユリとは違う。

 確かに、現時点でユリにスキルはないかもしれない。

 だが、ユリは無能などではない。

 頭も良く、料理だってできる。


 そうか、ようやく分かった。

 いや、久しぶりに実感した。


「本当にスキルがないのは……私だ……」


「コスモさん……?」


「ユリには言ってなかったけどね。私、なにもできないの。完璧な人間を演じていたけど、なにもできないの。ユリを引っ張っていく先輩面してたけど、なにもできないの」


「え……?」


 ユリは口をポカーンと開けた。

 幻滅されたのだろう……。


「えっと……? コスモさんって完璧な人間を演じていたんですか……?」


 ドン引きしているのだろう。


「引いたでしょ?」


「いや……失礼ですが、コスモさん……完璧な人間を演じていたんですか? とてもそうは見えなかったといいますか……はい。というか、コスモさんの完璧って一体……?」


 予想外の答えだった。

 むしろ、なにを今更という表情であった。


「それに、なにもできない? 私をパーティに入れてくれましたし、いつも私を守ってくれましたし、他にも色々と……数え切れませんね」


 それは、【剣聖】があったからだ。

 ユリはコスモを馬鹿にしているのだろうか?

 自分が有能だから、余裕を持って上からものを言っているのだろうか?


「ユリはいいよね!! 有能だから!!!! 有能だから相手をそんなに褒める余裕があるんだよね!!?? きっとそうだよね!!??」


 コスモは泣きながら叫んだ。


「そういえばユリは、私の過去を知りたがってたよね!! 教えてあげる!! まず前の仕事で活躍なんてしたことない!! 能力が無さすぎて、頑張ってても皆の迷惑に……悪者になった!! 後なんで私が16歳になってやっとスキルのアンロックをしに行ったのか教えてあげるよ!! ハズレスキルを引くのが怖かったからだよ!! ハズレスキルだったら、正真正銘の無能になるからね!! ずっと逃げてたんだよ!! 私は!!」


「そうだったんですね……」


「ねぇ!! 私はどうしたらいいの!? 教えてよ!!」


 コスモの叫びに対し、ユリは冷静に答える。


「分かりました。間違っているかもしれませんが、私なりの答えをお見せましょう」


 ユリはコスモに近寄る。

 ビンタでもして、説教でもするつもりだろうか。

 結局ベタな答えしか用意できないという訳だ。

 有能な人はいつもこうだ。

 嫌になる。


「私と戦ってください」


 違った。

 ビンタなんて、して来なかった。


「戦ってって……ユリが? 私に勝てる訳ないじゃん!!」

「はい。普通に戦ってはどう考えても勝てません。ですので、1つ特別ルールです」

「特別ルール?」

「そうです。コスモさんが放った攻撃に対して、私が逃げれば、私の負けです。ですが、逃げなかった場合は、私の勝ちです」

「は?」


 死ぬ気だろうか?


「死ぬ気なの?」

「いえ、死ぬ気はありません」


 どういうことなのだろうか?

 意味が分からない。


(けど、まぁいいや)


 どうせコスモが攻撃を放てば、例え当たらなくても、その恐怖から逃げてしまうハズだ。

 ギリギリで外す位置に攻撃を放とう。


「じゃあ、見せてよ、ユリの答えを」

「はい……!」


 ユリはコスモから少し離れると、黙って立つ。


 そして、コスモは思いきり魔剣を振り、衝撃波を放つ。

 直撃ではないとはいえ、【剣聖】の威力が乗った衝撃波だ。

 呪いで斬れないとはいえ、モンスターでも食らったら、おそらく致命傷を負うだろう。

 とは言っても、わざと外れる位置に放ったので、ユリの隣を通って、それは空へと飛んでいくことだろう。


「駄目ですよ! しっかり狙ってください!!」

「なっ……!?」


 ユリは衝撃波から逃げなかった。

 むしろ、わざと当たる位置に移動したのだ。

 まるで、初めから外す位置に放つことを分かっているような動きであった。

 だが、まずい、このままでは。


「これが先程のコスモさんに対する、私の答えです!!」


 ユリは、ヨシムラから貰った、指輪型アクセサリー、【シールドリング】を発動させる。

 ユリの体を覆うように、半透明のシールドが展開された。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 次の瞬間、シールドは砕け散った……。

 だが、衝撃波も消滅。


 シールドリングは壊れてしまったが、衝撃波を防いだのだ。


 そして、ユリはコスモに向って走り、その勢いのまま抱き着く。


「私……防ぎましたよ! 戦闘に関しては無能とも言える私が、【剣聖】の攻撃を防ぎましたよ!!」


「な、なんであんなに危ないことしたの……? ユリがいなくなったら、私、悲しいよ?」


「あれが私の答えだからです」


「答え……?」


 ユリが泣きながら言う。


「目が悪かったら、眼鏡をかければいいんです!! 高い所の物を取りたいなら、身長の高い、誰かに頼めばいいんです!! 私だって、戦闘は全然です!! ですが、私はSRランク冒険者でも敵わなかったコスモさんに勝ちました!!」


 ユリの言いたいことが分かった。


 足りない能力は、補えばいい。


 道具を使う、誰かに協力してもらう……努力以外にも道はいっぱいあるということだろう。


「いいの? それで?」


「いいんです!! コスモさんはもう少し、ワガママを上手になってください」


「十分ワガママだと思うけど……」


 ユリはコスモと体を離す。


「いいや、まだ足りません! クロスさんくらいになるべきです!」


「クロス……?」


「はい! あの人に比べれば全然です! 前までコスモさんのこと殺そうとしてたのに、ちっとも悪いと思ってないみたいですし! 今度は何度もボコボコにしたいとか、ワガママにも程があり過ぎます! あ、でも、クロスさんレベルにはならなくていいかなぁ……」


「ふ、ふふふ」


 コスモは思わず笑ってしまった。


「笑いごとじゃないですよ! コスモさんあの人に殺されかけてたんですよ!? そもそも最初に戦った時も、致死率100%とか言ってましたし、未遂で終わっただけで完全に殺そうとしてました!! コスモさんより、よっぽどやばいですよ!! そもそも、あれはワガママってレベルじゃないです!! 怖いから本人には言いませんでしたけど……」


 確かにそうだ。


 他の人も、クロス程ではないけど、そうなのかもしれない。


「皆……ワガママに生きてるんだね」


「そうですよ。だから、ワガママでも、自分以外のなにかに頼ってもいいんです。それに、私もいます」


 いいのだろうか?

 甘えだと、思われないだろうか?


「私の場合、苦手なことが多すぎて、甘えだって言われそうだけどね」


「それは羨ましいんだと思います。甘えることのできる環境があるから、皆羨ましくてそう言うんです。私も昔から貧乏で親も厳しかったので、そういう人を見ると、羨ましく思ってしまうこともあります。ですので、今度から毎日、羨ましく思わせてください!」


「羨ましく思わせてください? どういうこと?」


「沢山、私に頼ってくださいってことです!」


 言い回しが独特だ。

 きっと、気をつかわせないように言っているのだろう。


 コスモは思わず笑ってしまう。


「分かったよ。ありがとう」


「どういたしまして! あっ! でも、私が苦手なことはコスモさんに頼りますからね!」


「うん。分かった。お互い頑張ろう」


 互いが互いを見つめ、ニコリと笑い合った。


 今からコスモは【剣聖】を失うだろう。


 でも、いいのだ。


 今日、もっと強くなれたのだから。


「随分と暗くなったね」


「そうですね。王宮に行くの、明日にします?」


「いや、気が変わらない内に、行くよ」


 と、王都に向おうとすると、なにやら王都からこちらに物凄い数の兵士が迫って来ていることに気が付く。


「うわ、沢山来ちゃいましたね。事情を説明するしかないですね……」

「話を聞いてくれるかな?」


 おそらく500人はいる。

 王都以外からも、急遽集められたのだろう。


 そうだ。


「ユリ、私の剣聖としての最後の戦い、特等席で見せてあげる!」

「え?」


 コスモはユリを背負う。


「突破する気ですか!?」

「うん! 簡単だよ!」


 ユリは「ふふ」と可愛らしく笑った。


「分かりました! 見せてください!」

「ああ。任せておいて!」


 コスモは、兵士の元へと近付くと、魔剣を用いて、手に持った剣を次々と地面に落としていく。


「くっ! エルフ部隊!! 魔法だ!!」


 兵士は人間だけではない。

 エルフもいるようだ。


「コスモさん!! 魔法ですって!!」


 コスモの力を完全に信じ切ったユリが、どこか楽しそうに、そう言った。


「じゃあ、ユリ、ちょっといい考えがあるんだ! しっかり掴まってて!!」


 ああ……なんて幸運なんだろうか……。

 剣聖として最後、ユリの前でこんなに格好付けられるのだから……。


「魔法発射!!」


 魔法が放たれる。


 コスモはそれを魔剣で、弾き空へと飛ばす。


 空へ放たれた魔法は砕け散り、空で弾けた。


「綺麗……」

「でしょ?」


 魔法が強力なものだったので、それが空中で弾ける様子は、まるで打ち上げ花火のようであった。

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