第13話 茜色に包まれて僕はきみに想いを告げる
「お前と学校で会えるの、今日で最後かぁ」
暮れ泥む空を眺めながら、わざとらしいほどに明るい声で幼なじみの彼が言った。いつもより少し高い声が、自分と彼、二人しかいない教室に響く。
入学した時は同じくらいの身長だったのに、半年も経たないうちに彼は僕より10センチほど高くなった。悔しいことに今でも少しずつ伸びているようで、さらに数センチ、当時よりも差が大きくなっている。
「俺、お前とはずっと一緒にいられるもんだと思ってた」
僕だって、そのつもりだった。でも、僕がこの学校に来ることはもうない。彼や友だちと約束なしで会えていた日々、会えるのが当たり前だった日々は今日で終わる。
理由はたいしたことじゃない。
親の仕事の都合で、遠方へ引っ越すことになったという、まあまあよくある話だ。
転校の手続きや先生方への挨拶は済ませたし、机やロッカーの中の片付けも終わっている。
「それにしても、ずいぶん急な話だな」
「……ごめん」
転校したくないと駄々をこね、ギリギリまで両親と話し合っていたら、彼に伝えるのが遅くなってしまった。父はすでに向こうに行っていて、僕や母が行くまでは単身赴任状態だ。新たに借りた家で、僕たちが行くのを早く早くと待っている。
最初は、自分一人で残ることを考えた。この学校には寮がある。今なら空いている部屋があるから、そこに入れば転校しないで済むと。
でも、それは両親が良しとしなかった。転校したくないという気持ちは伝えたし、理解してもらえたと思う。ただ、寮に入るとしても、無料で入れるわけじゃない。入寮する時に支払う敷金のようなものに加えて、毎月寮費の支払いが発生する。僕の今のバイト代だけでは無理があるし、シフトを増やしてどうにかしようとすれば、肝心の勉強の方に支障が出るのは想像がつく。
誕生日を迎えて成人と言える年齢になったとはいえ、僕はまだ高校生で、父と母の庇護下にあるのだ。
これが最良の選択なのだと、転校すると決めてから毎日自分に言い聞かせてきた。
それでも、一つだけ心残りなことがある。
それは、今隣にいる彼に、気持ちを伝えないままこの学校を去ることだ。
伝えたいけど、返事を聞くのが怖い。それに、もし気持ち悪がられたら、僕は一生立ち直れないだろう。
「なあ……」
グラウンドで部活動に励む後輩たちを、窓から見下ろしたまま彼が言った。
「また、会えるよな」
僕は一瞬、どう答えようか迷った。
「どうだろう、結構遠いから……」
俯いてそう答えると、ふいに強い力で顎を掬われ、彼と視線がぶつかった。
彼が僕を見つめる瞳はまっすぐで、夕陽を反射してキラキラと輝いていた。
「お前はもう、俺と会いたくねえのかよ」
「そんな……、違う、僕だって……」
なんとか言葉を返そうとしている間に、彼の瞳がゆっくりと近付いてくる。
「俺、諦めねえから」
彼の大きな手が、僕の片頬をそっと包む。
たくましい腕が僕の腰に絡みつき、互いの腰が密着した。彼の熱が脈打ち、硬くなっているのが制服越しに伝わってくる。
「あ……、ん」
思わず漏れ出た自分の声に戸惑っていると、あたたかく柔らかなもので唇を塞がれた。
最初は触れ合うだけだったそれは徐々に深くなり、息も絶え絶えになった僕は、気がつくと彼の厚い胸に縋り付いていた。
「お前のこと、俺、絶対逃さねえから」
そう言って彼は、再び僕の唇を深く塞いだ。
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