あそこの神社の脇の奥

そうざ

It's Deep inside the Shrine

「あそこの……」

「神社の……?」

「脇の……」

「奥の……?」

 妙に生暖かい、栗の花が香る夜だった。

 駅からアパートまでの帰路に、こぢんまりとした神社が鎮座している。大鳥居を照らす月影以外は闇しかない。勿論、人気ひとけもない。

 敷地の脇に、その奥へと続く未舗装の小経こみちがある。片や神社の石柵、片や廃屋の外壁で仕切られている。

 はて、径と言って良いものか、昼日中でも鬱蒼と生い茂った樹木が陽光を遮り、堆積した落葉が常に湿り気を帯びる、それは遊休地と言った方が似つかわしい。

 夫婦は表通りを逸れた。このまま真っ直ぐ帰ったところで眠れそうにない。

 忽ち泥濘ぬかるみが足を取ろうとする。一歩一歩が地面にめり込みそうになる。夫婦は寄り添いながら互いを支えて歩いた。

 どん詰まりにだいだいが灯る。自販機がその存在を示す。噂話は本当だった。

 幾つかの商品が並んでいる。選択肢は気安さ、悩ましさ、確からしさを同時にはらんでいた。

「どうする?」

「選んでよ」

「僕一人で?」

「貴方が選んで、私がそれを選ぶかどうかっていうのはどう?」

「そうか」

 見目形みめかたち声音こわね心柄こころがら御頭おつむ――。

「食券の機械を思い出すな」

「学食にあったね」

「カレーが安かったな」

「ハヤシライスも」

 夫婦は初めて笑った。

 しかし、人は笑うと、笑い終えなければならない。その瞬間が辛い。

「駄目だ……小銭がない」

 夫が財布を探って言うと、妻も財布を探って言う。

「五百円玉、百円玉、五十円玉、十円玉、一円玉……」

 選りに選って五円玉はなかった。

 自販機は待ち草臥くたびれたかのように灯りを落とした。

「……また今度だ」

「……また今度ね」

 合言葉をぽつり、夫婦はきびすを返した。

「またって何時いつ?」

「またはまただろう?」

「またねぇ……」

「またまた……」

 また自販機を見付けられる保証は何もない。

 夫婦はこの日を以て産婦人科通いを終わりにした。

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あそこの神社の脇の奥 そうざ @so-za

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