第6話 お二人さん、お熱いねー


 そして翌朝。私はいつも早朝三時半に、矢文で起こされる。

 こめかみ三ミリ。受け止める位置はそれ以上遠くでも近くてもいけない。まぁ、近かったら私の命が消えることはさておいて。いつも父様が手配した刺客が届けてくれているらしい。学校に潜入することも含めて、刺客の訓練なんだとか。娘の命を訓練の道具に使わないでいただきたい。


 そうして届けられる手紙は、いつもどうでもいいことが一言だけ。


『綺麗な薔薇には棘がある  父より』

「今日もテキトーな慣用句だけか」


 そうして、私は手紙を燃やす。

 たとえ中身はなくともデイバッハ家当主からの手紙である。痕跡を残そうものなら、やっぱり父様に怒られてしまう。


 その後、私はいつも通り朝の身支度をした。

 今日も一日いつ火矢や投げナイフが飛んで来ようとも避けられるように柔軟体操。国の端から端まで寝ずに走り続けられるだけの体力を維持するためのランニング。その後、体臭から気配を探られないように身体を清めてから、お菓子作りだ。


 いつも寮の厨房は出入り自由だ。ただもう少し遅くなると寮母さんたちが朝食の用意をし始めるから、手早く作らなくてはならない。なので私は今日もパパッと南京錠を常備しているピックで外して、さっそくマドレーヌを作り始めた。


 毎日クッキーでは飽きてしまうからね。お友達候補とミャアちゃんの分だけでなく、セレニカさんにもあげたいから今日は大目に作ろう。美味しそうにできたら、セレニカさんも今度こそ食べてくれたりしないかな?


 きっと今日も、素敵な一日になりそうだ。

 そうルンルン鼻歌混じりで登校していると、やっぱりまわりの生徒たちが「今日は呪詛を唱えている⁉」とか「これを聞いたら余命は何日なんだろう」とかありもしないことをコソコソしているけど、私は気にしない。


 だってこんな私にも、(ほぼ)友達ができたのだから!

 まだ本人に確認してないから確信はもてないけれど……今日はきっともっと仲良くなれるはず。そうだよね、ミャアちゃん。


 心の中のミャアちゃんが「みゃあ」と返事をしてくれる。

 それなのに、どうしてアシュレイ殿下の声がまたしても頭上から降ってくるのだろうか。殿下はまたしても後ろから、私を覗き込むように話しかけてくる。


「おはよう。ミーリャ嬢」

「おおおお、おはようございましゅ……」


 噛んだ。大勢がいる前で、盛大に噛んだ。

 恥ずかしい……もう生きていけない……。

 だってまだ励ましてくれる友達(確定)がいないんだもの。


 だけど私は、その役目を殿下には求めていません。


「ふふ、舌は大丈夫? 気にしないで。俺もスピーチの時とか、けっこうやっちゃうんだよね」


 はい、嘘~。目が嘘だって言ってます~!

 めちゃくちゃ優しい嘘だけどさ。でもそもそも、私がそんな優しくされる謂れがないわけで。私も別に殿下からの優しさが欲しいわけでもないわけで。


 だから私は即座に「失礼します」と頭を下げてから、教室に向かおうとした。

 やっぱりついてきてしまうけど。


「ねぇねぇ。なんでそんなに俺にはつれないの? 友達が欲しいんでしょ?」

「友達なら誰でもいいわけじゃありません。私は女友達が欲しいんですっ!」

「そんなに男は嫌い?」


 昨日のように、また撒いてしまうのは簡単である。

 だけどそれでまた『王太子相手にひどい』とからかわれようものなら……それも億劫なので、私は素直に理由を述べることにした。


「だって男の人は、みんな血生臭いのが好きじゃないですか?」

「そうかな?」

「常に殺した人の数で勝負しているし、拷問で使う鞭の種類とかで一時間くらいずっと語っているし、武器と暗器のためなら金の糸目も付けないし」

「それはデイバッハ家の人だけだと思うけど……」


 殿下は冗談を言っているつもりではないらしいけど。

 それでもうちの父様いれた男七人衆、みんな常にそんな話しかしてないもの! しかも使用人たちとも同様。我が家に出入りする男の人たちはみんな物騒なことしか口にしない!


 私は今日の拷問の話じゃなくて、今日のお天気の話がしたいんだいっ!


「とにかく、私はそんな女の子同士できゃっはうふふがしてみたいんですぅ! もう殺伐と人体急所クイズとかで盛り上がりたくないんですぅ!」


 学園内の往来で、殿下とそんな問答をしていた時だった。


「もう殿下、いじめるのも程々にしないとですよ?」

「セレニカ様⁉」


 その鈴の鳴るような声音はセレニカ=フォン=コンスタンチェさん!

 今日も変わらぬ美しさでキラキラしている。私は昨日、こんな素敵なひととお食事したんだ……夢みたいである。もしかしたら夢だったのかもしれない。


 そんなセレニカさんが殿下にお辞儀カーテシーをしてから話し始める。


「ミーリャさんがお困りじゃないですか。どんな嫌がらせをしていたんです?」

「誰も嫌がらせなんかしてないよ。ただ話しかけていただけ」

「ふふっ、存じておりますよ。殿下がちょっと悪戯好きなだけってことくらい」

「ははっ、セレニカには敵わないな」


 お~! なんかなんか!

 軽口を飛ばしちゃうくらいの仲の良さ。さすが幼馴染!


 これってラブラブ? それとも両片思いってやつかな?

 なんかすごく青春の一ページを間近で目撃している。


 あぁ、ありがとう神様。

 私このまま天に召されてもいいかもしれない。父様が追いかけてこないならば。


 なんて眼福に感謝しながら、私は友達ならこの場でどうするべきか考える。

 そっと距離を開けるべき? それとも――


 私は二つの選択肢があった時、合理的じゃない方を選ぶようにしている。

 だってそうじゃないと、父様や兄弟と同じになっちゃうんだもの!


「おーおー、お二人さん。お熱いねー」

『…………』


 あのーすみません、お二人さん。

 何か言葉を返していただきたいのですが。


 友達の道って、難しい……。

 恥ずかしさのあまりに気配を消して、このまま地平線の先まで逃げ出そうとした時だった。やっぱりセレニカさんは優しかったのだ。


「ミーリャさん。今日のお昼、わたくしと一緒に食べない?」

「あ、え……いいん、ですか……?」


 こんな失態を犯したばかりだというのに、この慈悲よ!

 父様にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。絶対に飲む前に茶器をひっくり返して折檻コースが待っているけども!


 そんな女神セレニカさんは、私の疑問に肯定を返してくれる。


「えぇ、ミーリャさんさえ宜しければ」

「ぜひ、ご一緒させてくだしゃいっ!」


 私はまた噛んでしまうけど、セレニカさんは一切気にすることなく「楽しみにしているわ」と微笑んでくださった。控えめに髪をかきあげる姿が、とても眩しい。

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