先輩はガチ勢

「それで、先輩はどうして家の場所、知ってたんですか?」


 先輩はその場から立ち上がり、一緒に戯れていた猫を逃し、持っていた猫じゃらしを道の雑草が生い茂っている脇に投げ捨てた。


「歩きながら話すよ」 


 先輩と並んで通学路を歩いた。

 高校生になって妹以外の女性と並んで歩くのは初めてだ。


 こういうとき、僕が会話を広げた方が良さそうだが、あいにく会話の手札がない。

 ハンデスされた訳じゃないけど、手札がない。

 下手に会話を振って微妙な空気感になるのは避けたい。


 だからといって、何も話さないで学校まで行くのは勿体無い。

 せっかく先輩と一緒に登校できるのだから、色々と話してみたい。


「そういえば、どうして知ってたんですか?」


 家を出た時と同じ質問をもう一度投げかけてみた。


「ああ、それはね。あなたが昨日の夜にコンビニに行ったのを偶々見かけて、後を追ってきたのよ」

「先輩、ということはストーカーしてたんですか?」

「ストーカーじゃないわよ。何もすることなかったし、暇だったから」


 いや、普通に連絡すれば良いのに。

 連絡先を交換したんだから。


 それよりも今度からコンビニに行くときは周りに警戒しながら行こう。

 日本だからって安心できそうにないな。

 交差点を曲がるところで本人には気づかれないくらい自然な流れで先輩から距離を置いた。


 さっきまでは話したいと思っていたが、ストーキングされたと知ってから、話す気が失せた。

 自分のことを探られると思うと上手く話し出せない。

 しばらく無言で歩いていると先輩は肩をポンポンと軽く叩いてきた。


「うわっ!」


 反射的に身体がビクッとなってしまった。


「ねね、書く内容考えてくれた?」


 そういえば、まだ何も考えていなかったな。

 ある程度、構想は練ってるが印象が薄くなってしまったり、文字に起こしてみると難しいものになってしまったりでなかなか内容が決まらなかった。


「ああ、まだ考えてないですね」

「私ね、ちょっと考えてみたんだ。私って魔法が使えるでしょ、だから現実世界で起きているさまざまな事件を魔法を使って解決する推理ものとかどうかなって思ってるのよね。それだけだと味気ないから、事件を起こしていた犯人が実は異世界人で、異世界と地球の戦争を起こそうとしていた。って言う設定なんだけど、どうかな? 」

「あの、先輩」

「ん? どうしたの? 」

「普通にキモいです。魔法を使って事件を解決する推理ものってところまで自分が考えていた内容と全く同じですね。それに、犯人が実は異世界人ってところも、入れるか入れないか迷っていた設定なんですよね……心読みました? 」


 東雲香澄はそっぽを向いて今よりも若干早歩きで歩き始めた。

 先輩は魔法が使える。

 だから、心が読まれてもおかしくないが、思考を読んだ本人の前で全く同じ内容のものを話すのは、どうかと思う。


「あ、そろそろ改札通るから定期券用意しましょ」

「話しを逸らさないでください」


 右ポケットに常備している定期券を取り出して、改札を通った。

 僕たちが乗る電車は、あと2分後に来る。

 電車は改札から一番離れた5番ホームに到着予定だ。

 このままノロノロと歩いていたら、電車に乗り遅れてしまう。


「先輩、少しだけ走りますよ」

「え~別に次の電車でもいいと思うんだけど。学校に遅れる訳じゃないし」

「次の次の電車だと、各停で学校に着くまでの時間が長くなるんですよ。それに僕、今日は日直だから早く行かないと」

「あ、ちょっと」


 先輩の手を掴んで二人で電車が到着するホームまで走った。

 一心不乱に、電車に間に合うことだけを考えて走った。

 階段も一段飛ばしで登り、そのときも手を離さなかった。

 5番ホームにたどり着くと電車はもう到着していた。


「よしっ。まだ間に合う」


 電車が発車するときのメロディーが響き出した。

 駆け込み乗車をしながらなんとか二人とも電車に乗れた。

 最後まで走ってギリギリ間に合うことができた。


「な、なんとか……乗れましたね」


 先輩も僕も息を切らしていた。

 僕は先輩の手を離した。

 先輩は膝に手をついて、下を向いて、肩で呼吸をしていた。


「さ、咲城君、私、瞬間移動も使えるのよ。だ、だから、その、急に手を引いて走らなくても良いんだよ!! 」


 そういえばずっと先輩の手を掴んでいたんだ。

 なんだか急に小っ恥ずかしくなってきた。

 女性の手を引いて、走るなんて、経験したことない。

 それに瞬間移動できたんなら始めからそう言って欲しかった。


「え、あ、すいません」

「別に良いのよ、次からそうすればいいし。話変わるけど、小説の内容はさっきまで会話してたものにしましょう」

「あ、はい。そうしましょう」


 制服のポケットからスマホを取り出した。

 現在時刻は7時45分、7時55分に電車が学校の最寄駅に着いて、そこから5分歩くから、大体8時に学校に着ける。日直の仕事には間に合いそうだ。

 スマホのホーム画面を右にスライドさせて、とあるゲームアプリを開いた。


「あ! そのゲーム知ってる」


 先輩が僕のスマホを覗き込んできた。

 呼吸はもう整っていて、汗も流れていない。


「先輩もやってるんですか? 」

「私もやってるよ。あ、フレンド登録しましょうよ」


 先輩も制服のポケットからスマホを取り出し、僕と同じゲームの画面を映し出した。


「はいこれ、私のIDね。えっと、0………ね」

「あ、出てきま……え! 先輩ガチ勢ですね。このキャラなんて、絶対課金しないとゲットできないってネットで言われてるのに」

「ふふん、私はこのゲームに35000円も課金したんだから、当たり前よ」


 本当にガチな人だった。

 というか、よくそんなお金を課金できたな。


「私、このゲームの設定でずっと謎に思っていることがあるのよね」

「どんなことですか? 」

「主人公が最初に岩に刺さってる聖剣を抜こうとするけど抜けなくて、魔王を倒すって志して修行をしたら抜けるようになるシナリオがあるじゃない」


 ああ、結構序盤のところか、まぁ確かに「なんで志したら抜けるようになるんだよ」とか「志さなくても、修行すれば抜けるんじゃないの? 」って思うところでもあるよな。

 そんなことしたらロマンもファンタジーもなくなるけどな。


「周りの岩を削ればもっと簡単に聖剣使えそうじゃない? 」


 え? そっち!?

 いや、確かにそうだけど。


「きっとあれなんですよ。岩にも聖剣の力が浸透してるから削れないですよ」

「ああ、そうだったのね。なんだかスッキリとしたわ」

「良かったですね。先輩」

「えへへ、良かったわ」


 僕の先輩はちょっぴりと不思議な人だ。

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