君の魔法と僕の世界
咲桜 炸朔
ロマンチックにドラマチックを
春
僕は春という季節が好きだ。
春は自分にピッタリの季節。
気温は高からず低からず心地よい。
学校の帰りに通るこの道には満開の桜が景色を作り出す。
桜の木に包まれながら歩くと安堵感が味わえる。
普段はあんまり通らない道でも、電車から見えた景色が美しく、家から遠回りになるが、景色を見るためこの場所に来た。
最近、心憂ことがあった僕にこの春模様の景色は特効薬のように効いてくる。
道に散っていく桜の花びら、ヒラヒラと優雅に空を舞いながら飛ぶアゲハ蝶、どれもこれも風情があって良い。
ここが東京といえど日本の桜はやっぱり見応えがある。
「うぇっくしゅん!」
うっかり桜に見惚れて春を過剰に摂取しすぎた。
春は今の僕にとって特効薬となる反面、過剰に摂取すると花粉症と言ってアレルギー反応を起こしてしまう。
僕は花粉症のことを「春のオーバードーズ」と言っている。
もう少しだけこの場所にいたいが、このままだと花粉症が悪化してきそうだからそろそろ帰ろう。
目も次第に痒くなって、鼻がムズムズし始めた。
「ああ、ヤバくなってきた」
目を擦りながら歩いていると、前から来た自転車に直前まで気付かずギリギリのところで身をかわした。
自転車との衝突は回避できたが身を避けたときに足が絡まり、その場に手をついて倒れ込んでしまった。
どうやら僕が背負ってたリュックはチャックが閉まっていなかったらしく、中からA4サイズのプリントが数十枚飛び出してきた。
「ああ、やっちまったなぁ」
これらのプリントが僕をここまで連れてきたと言っても過言じゃない。
最近あった心憂こととは、自分の書いた小説が落選したことだ。
学校の休み時間中に出版社からお祈りメールが届いた。
落選しようが、しなかろうが、学校に持って行く必要なんてなかった。
持って行った理由はこの小説は自分の努力によって書き上げた物、だから困難なときに勇気を与えてくれていた。
それが今はどうだ?
落選したことにより自分の恥、足枷となった。
勇気を与えてくれるどころか自分に絶望を降り注ぐ物となってしまった。
誰からも認められなかった努力は努力と言えない。
こんな道の端っこで転んで、リュックの中の物もぶち撒けて。
俺は本当に恥晒しだ。
「痛って……」
右膝を擦りむいたらしく、制服のズボンに穴が空いていた。
「何でこんなことばっかり…」
取り敢えず落ちている紙を集めよう。
自分の散乱した小説に手を付けた時、誰かの手と触れ合った。
指は細く、きめ細かい透き通った肌、なめらかな爪、おそらく女性の手だろう。
僕は思わず飛んでいく鳥のようにその場から手を退けてしまった。
小説は見知らぬ手の持ち主に回収されてしまった。
辺りを見渡すと小説はもうどこにも落ちていなかった。きっちり全部回収されている。
優しい人だな、こんな恥晒しの恥を拾ってくれるなんて。
僕はその場から見上げた。
自分と同じ学校の制服、どこかで見たことのある顔立ち……思い出した。
学校で一番かわいいと言われてる女性。
名前は確か「
今年から高三になった僕の一個上の先輩、噂通りの綺麗な人だな。
毎日誰かから告白されていると言う都市伝説は嘘じゃなさそうだ。
黒髪のロングヘアを風に靡かせ、全体的に大人な雰囲気だがどこか幼い感じを残している、顔も完璧という言葉がふさわしいくらい整っている。
彼女の背景にある太陽も彼女をバックから照らすだけの照明器具と化した。
そんな彼女にはもう一つ信じがたい噂がある。
彼女の瞳がルビーのように赤いと言う噂。
一時期カラコンを入れてると言われていたが、どうやらカラコンなんて入れていないらしく本物の赤い瞳らしい。
瞳が赤い理由は闇に覆われたままだ。
彼女の左手には束になったプリントが抱えられていた。
「すみません先輩。わざわざ拾っていただいて、ありがとうございます」
「ねぇ。この小説はあなたが書いたの? 」
「あ、はいそうです」
「少し読んでみてもいい? 」
「え、あ、はい。別に構いません」
先輩と僕は近くのベンチに腰を掛けた。
ベンチは二人が丁度座れるくらいの長さしかなく、先輩との距離がさっきよりも近い。
肩と肩がゼロ距離で触れ合っている。
女性経験の少ない僕は今とってもドキドキしている。
小学生の頃にあった学芸会の劇で王様役をしたときと同じくらい緊張している。
そんな僕をよそに先輩は黙々と僕の小説を読んでいった。
隣で自分が書いたやつを読まれるのはなんだか恥ずかしいな、これが落選してなければもっと自信を持って読ませてあげれたのに…
先輩が徐々に泣き出しそうな悲しい表情に変わっていった。
少し気になり先輩が小説のどの辺を読んでいるのか覗いてみると、今先輩が読んでいるところはメインヒロインが主人公に想いを伝えて死んでいくところだ。
先輩の表情は物語が進むにつれてコロコロ変わっていった。
この先輩は感情表現が豊かで見ているだけでも面白い。
先輩は最後のページまで読み終えると膝の上でプリントをキレイに整えて僕に渡してきた。
「とっても面白かったわ! 序盤にメインヒロインが死んじゃうところも今まで明かされてなかったメインヒロインの心情の部分が開示されてとっても切なくなっていたし、その後に復讐を決めた主人公もカッコよくて物語の世界に引き摺り込まれるような面白さがあったわ。一番最後だって主人公が死んじゃってバッドエンドかと思ったら死んだはずのメインヒロインともう一度再会するシーンで改めて主人公は幸せだったんだなって実感できたわ。それとそれと……」
先輩は読んだ感想を全部教えてくれた。
一度落ちた作品でも誰かの心に響かせることはできるんだな。
「そんな風に感想を言ってくれるのは嬉しいんですけど。応募したこの作品今日落選したんですよ。なので読んでも意味がないというか、無駄というか……」
「そんなことないわ。私この作品を読んでとっても面白かった。少なくとも私はあなたの作品を読んで無駄なんて思わなかったわ。」
「でも、そんなこと言われても一度落ちたんだ。結果はもう出ている。僕には才能なんてなかったんだ」
何言ってんだろう僕は。
せっかく読んでくれた人に向かって自分からマイナスなこと言って。
「ねぇあなたは他に書いてみようとは思わないの? 私はあなたに才能がないなんて思わないわ」
「はい。書こうとは思っていましたが、何を書けばいいのか分かんなくて。」
先輩は立ち上がり、僕の前まで来ると中腰の姿勢になった。
「ねぇ!それだったら私のこと、書いてみてよ!」
「え!? 僕が先輩のことを?」
「ええ、そう! 私のこと」
なんで?
書く内容が決まってないから何を書くのもいいかもしれないけれど…
確かに先輩はマンガとかアニメの世界から出てきたと思えるくらいには、かわいい。
でも「かわいい」だけだ。
僕には他のことは何も知らない。
「私ね、誰かの物語の世界に入ってみたいってずっと思ってたの。私自身が物語の世界でどんなふうに生きていくのか知りたいのよね」
「でも、それだったら先輩が自分主人公の物語を書けばいいんじゃないですか?」
「私文章考えるの苦手だから、あんまり続かなかったのよね」
うわー面倒臭い。
今日のところはもう適当に対応して帰ろう。
僕は自分の書きたいものを第一に書く。
だから、特に興味のない先輩のことは書くつもりはない。
「ああ、そうですか。考えときますんで。また明日にでも」
僕はベンチから立ち上がったとき右膝にビリっとした痛みがきた。
さっき転んだ時の怪我が今になって響いてきた。
確かリュックに絆創膏があった気がする。
もう一度座って絆創膏を貼ってから帰るとしよう。
僕が改めて座ると先輩は僕の右膝の怪我をした部分を一瞥した。
「私ね、ちょっと面白いことができるの」
先輩は僕の右足の前にしゃがむと左手を怪我した部分に被せてきた。
「ちょっ! 先輩何してるんですか!? 他人の血液って汚いんですよ!」
「いいから、少し見てて。」
被せていた先輩の左手の内側がポワッと輝きを放った。
一体何が起こっているのか見てるだけじゃ分からない。先輩は左手をそっと退かした。
「はい、これでもう大丈夫」
不思議だ。
怪我をしていたはずの右膝がもうすっかり治っている。
血も流れ出てない。
「え!? 先輩今何をしたんですか!? 」
制服のスカートに着いた土汚れを払いながら、先輩は立ち上がった。
そして、また中腰の姿勢になると僕に耳打ちをしてきた。
先輩の息が直に当たって、なんだかちょっとエッチな気分だ。
「実は私、魔法が使えるの。他の人には内緒だよ。」
嘘のような話でも、嘘とは思わなかった。
だって本当に、一瞬にして怪我が治ったからだ。
痛みだってもう感じない。
魔法じゃなかったら他に何がある?
スタンド?
悪魔の実?
どれも魔法みたいなものだ。
「どう? 私のこと書くつもりになった?後輩くん」
「は、はい! そりゃ勿論。先輩について興味が出ました! 」
僕は思わずがっついてしまった。
魔法なんてどんなに長生きをしていようが見ることができない。
それを体感してしまったのだ。
というか今、勘違いされかねないことを言った気がする。
「そうでしょう。魔法なんて見てしまったら年頃の男の子は興味出ないわけないもの。これからよろしくね。えっと名前は……」
そういえば、自己紹介してなかった。
「僕は
「私は東雲 香澄3年D組よろしくね咲城君。それじゃあ連絡先交換したいから、教えてくれない? 」
東雲先輩はポケットからスマホを取り出し、連絡アプリの画面を開き、QRコードを表示させた。
僕もポケットからスマホを取り出し、先輩が表示しているQRコードを読み取った。
先輩のアカウントはとても女の子らしくアイコンがクマの人形だった。
初めて自分の連絡先に家族以外の異性が追加された。
「それじゃあ咲城君、また明日学校で会おうね」
東雲先輩は手を振った後、桜の木に包まれながらお姫様のように優雅に帰って行った。
「こんなこと起きるんだなあ。小説持ち歩いてて良かった」
咲城も桜の木に包まれながら帰って行った。
帰りは目を擦るのをなるべく我慢して目を見開きながら歩いた。
僕には中二病のように、ちょっと謎に包まれた思想を持っている。
平行世界を信じてる。
誰よりも都合が良い具合に信じてる。
平行世界の僕はこの世界の僕とは違う選択をしている。
だから起きる結果が良くも悪くも違う。
平行世界は選択の数だけ存在することができる。
選択肢は無数にある、2択とは限らないし、2択あるとも限らない。
そんな平行世界を僕はいつも上手い具合に利用してきた。
例えば、自分が何かを失敗してしまったときには平行世界に生きる自分は正しい選択をしている。
だから、実質「自分」という存在は何も失敗していないと考えている。
ただ今回の選択は違った。
今回の選択、先輩を自分の小説で書くという選択はどこの平行世界に存在する自分よりも良いものを作り上げる。
そんな風に考えた、平行世界の自分を敵に回したのはこれが初めてだ。
という思考を頭の中で巡らせ、僕は家の玄関を開けた。
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