スモーク、多めに
AZUMA Tomo
1
――華があるとか、空気が明るくなるとか。
千葉という人間はどちらかといえば闇夜に瞳を光らせる猛獣とかそういった類の、血の通ったような動物の本能に訴えかける獰猛な美しさがある男だ。千葉の目鼻立ちや体つきをギリシャの彫像に例えることもできるだろうが、彫像の肉感――ともかくそういった『動』を感じさせる魅力がある。
一方、この男ときたら。
「どうしたんだい、綿奈部くん。何かゴミでも見つけたような顔をして」
「いや……お前さんって腹立つ見た目してるよなあって」
「――光栄だね」
「…………」
一方、東雲という人間は作り物かと思えるほどの洗練された、しかしヒトの価値観に飾られた美だった。カルティエのトゥーサン、ダ・ヴィンチのサルバトール・ムンディ、フリードリヒ二世のサンスーシ宮殿――まるで粘土から造型したような黄金比の美しさだ。
この時代、美容整形というのはかなり手軽で多くの人が手を出している。東雲に「お前は人工物なのか」と尋ねた際、「僕は体に手を加えたことはないよ」と返されたことがある。医療技術が発展した現在、昔よりも『自然な』美容整形は可能となったが、それでもやはりじっくりと見れば手を加えているとわかってしまう――しかしこの男にはその違和感はない。『天然物』だというわけだ。
東雲は助手席で欠片の遠慮も見せず電子煙管を取り出し、ゆったりと煙を吸い込む。
「どうしていきなり僕の容姿を褒めたりしたんだ?」
「お前といると俺が霞む」
「そんなことはないだろう。君の佇まいはとても男らしくて味があるじゃないか」
「あのな……人に対して『味がある』なんて表現は褒め言葉にはならねえんだよ」
「……それはすまない」
東雲は心の底から本当に褒めているつもりで言ったようだが俺の不貞腐れた心がそれを素直に受け入れるのを拒否する。そもそも味があるってなんだ。
どちらが口を開くでもなく、しかし気まずい沈黙が車内に充満していた。こういう時にやることはひとつだけ。ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
車窓に流れるネオンが流星のように見えるが、それも薄汚く感じる。車を目的地付近にまで運び、とある駐車場でエンジンを停止させた。助手席では相変わらずとんでもなく美しい造形の男前が無表情にぷかぷかと煙を吐き出し続けていた。まるで俺ばかりが意識して気まずいみたいじゃないかと、苛立ちと情けなさが募る。
「俺がお前とクラブに潜入なんて柄でもないだろ……どうして俺が……」
「この前も説明しただろう、忘れたのかい?」
「……千葉の顔が割れてるから、だろ。覚えてるわ、そんなことくらい……独り言の愚痴ぐらい言わせろ」
「随分と声の大きい独り言だね」
「お前とクラブ……ぜってえ楽しくねえ……」
「案外楽しいかもしれないよ?」
「うるせえ」
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