おまけ ヴェイン

「クリス、暇なら行ってきて!」

「お、おう!?」


 大きな声が聞こえ、ヴェインがその方向へ振り向くと、師匠であるクリスが依頼書を握りしめ、店から飛び出すように出て行ってしまうところであった。

 ジュピテルの突然の来訪に驚き、クリスのことをほったらかしにしていた彼は慌てて席を立った。


「――そういうわけだから、ジュピテル。オレも師匠の手伝いをしないと」

「そうですか。それは残念です。でもまた、明日も来ます」

「え、うん?」


 曖昧な言葉しか返せなかったが、それはそうとおいて行かれては困るとヴェインはクリスを追いかけた。


 6歳のヴェインは魔の領域での傷を癒し、相変わらず、冒険者クリスを師事していた。

 それはひとえに、ヴェインは魔の領域での大立ち回りで、自身の体力不足を痛感していたからだ。


 その対策を練るため、調査から戻り体力が戻ったヴェインは基礎の体力や立ち回りを中心にクリスに指導を付けてもらっていた。


 赤い霧の騒ぎの終息で王国から逃げた人も少しずつ戻ってきていた。そのため日雇いの仕事が次々と生まれ出しており、それを独占せんとするシアの計略によりパーシルは王国中を奔走している。

 おかげでヴェインには時間があり、遠征や討伐依頼が減りで手持無沙汰にしているクリスもまた同じように時間があった。


「で、師匠。今日はなんで植木鉢を運ぶことに?」

「聞くな。どんどん運ぶぞ。荷運びは冒険者の基本だ」

「分かった」


 今日は珍しく害獣駆除などの戦闘の依頼ではなく、花屋の手伝いをし、日中をすごすことになった。


 そうして依頼の手伝いを終え、夕方。火ノ車亭の一角。


「ヴェイン。俺、シアにプロポーズするよ」

「師匠、やっとか……」


 依頼終わりに一杯のもうと誘われた席で、ヴェインは呆れ顔になりクリスの話を聞いていた。

 二人が占拠しているテーブルにはこれでもかと立派な花束が置かれていた。

 紫いろの小さな花が、びっしり詰められた花束はクリスのがっかり具合をこれでもかと見事に表現していた。


 クリスがシアを好いていることは火ノ車亭に一年も通えば誰でも分かることであった。

 飯の注文は必ず彼女にお願いし、依頼報告は必ず彼女に報告し、国営ギルドの依頼は回し蹴りで蹴っ飛ばす。

 聞けば片思い歴23年、初恋をこじらせ続けた男、それがヴェインから見たクリスの恋愛評価であった。


――だがそれも終止符が打たれるというわけか。うん、感慨深い。


 思えばヴェインとクリスはなんだかんだ縁があった。

 母親であるマリーシャが、アイフィリア教団員を引き連れて行った火ノ車亭での乱戦で「おう、やってやろうぜシア」と、シアの次に立ち上がってくれたのがのクリスだったのだ。


 初恋をこじらせかたが怖いが、それ以外ではヴェインはクリスのことを人として好いていた。


「お、なんだなんだ」

「おいおい、なんだいクリス坊、やっと決心がついたのかよ」


 ヴェインとクリスのテーブルに、ドワーフのヌドと人間の女戦士レディオが酒を片手にやってきた。

 この二人は例の乱闘の際に「いい加減酒がまずかったんだ」、「けが人は赤ん坊と店奥に行ってな。こっからは大人の時間よ!」と言っていた火ノ車亭の常連冒険者たちだ。


「ああ、俺は本気だ」


 こくりと頷くクリスにヴェインはただならぬ決意を感じた。

 その決意に、面白いものを見つけたといわん顔をしてヌドとレディオはどかっと空いた席に座りだした。


「よし、なら賭けようぜ!」

「乗ったね。掛け金は銀貨一枚でどうだい」

「俺は、クリスが失敗するほうに銀貨一枚」

「あたしも、クリスが失敗するほうに銀貨一枚……ほらヴェイン、あんたも一口入んな」


――なんて奴らだ。


 ヴェインはそういうノリが苦手だった。

 人の一大決心を賭け事の対象にするなんてふざけているにもほどがあると、内心憤慨していた。


――なんとかこの二人から勝ちをもぎとってやりたい。


「わかった。オレは――」


 話に乗りつつ、ヴェインはシアをちらりと見る。

 確かにヴェインの目から見ても、シアは顔よし、スタイル良し、胸よしの美人である。

 実際に近寄る男は多い。だが、彼女の豪快さと、えげつないほどの守銭奴感が大抵の男をそっとアディオスさせていた。


 それゆえに競争率は少ないとヴェインは判断した。


 それにクリスは本気なのだ。

 勇敢な冒険者である彼なら、きっとやり遂げるだろう。


「――オレは師匠が成功することに銀貨一枚、ただし、オレが勝ったら取り分は全部師匠に渡す」


 「おおー」と二人分の感嘆の声。

 クリスはその様子に目をぱちくりと瞬かせ、呆けていた。

 ヴェインはとんと、クリスの背中をたたいた。


「師匠ならやってくれるだろ?」

「……お、おう! 任せておけ!お、俺、いってくる!」


 機械のようにがたんと立ち上がり、花束を手に、右手と右足、左手と左足を交互に動かしながら、クリスはシアの下へと向かっていった。


 ヴェイン、ヌド、レディオの三人はジっと音を立てず、事の成り行きを見守る。


 二度ほどのためらいの後、クリスは花束を背に隠しシアに声をかけた。


「シア、俺と……け……」

「ケ?」


――いけ、師匠!


 ヴェインは椅子に座っていられず、腰を浮かし、食い入るように二人の様子を見る。

 ふとヴェインは気配を感じた。左右を見れば、ヌドとレディオも同じように、身を乗り出しそうな態勢になっていた。


「ケットウしてくれ!」


――そんな、ありがちな!


 事の行く末を見守っていた三人ともあんまりなセリフに椅子からひっくり返った。

 その後クリスは決闘し、シアに負けた。

 花束もあえなく宙に散らばった。


 でもクリスはなんだか幸せそうだった。

 ヴェインは複雑な想いでその風景を眺めていた。


「まったく、これでまた祝儀もお預けだな」

「ホントホント、我々の負けだ持ってきなって、やりたいのにねー」

「ついに賭けで集まった祝儀貯金が銀貨3枚になっちまったな。はじめは銅貨からだったのに」

「まったくいつになったらくっつくのよアイツらは」

「ああ……そういうこと……」


 あの賭けはヌドとレディオの照れ隠し、もとい発破をかけている行為なのだと今更になってヴェインは彼らを理解した。


――というかキザに決めたい、冒険者心ってやつだろうな。


 ややあって、今日の仕事を終え、報告を済ませたパーシルが、食事を持ってヴェインのところまでやってきてた。

 今日は少し遅くなったので、ここで食事をするつもりのようだ。


「依頼終わったぞヴェイン……なんかあったのか?」

「まあ、いろいろとあった」 


 ヴェインはパーシルから食事を受け取り、曖昧に笑った。

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