おまけ ジュピテル
魔の領域での大樹破壊から一年半。
ジュピテルは長きにわたる雑事を片付け、ティルスター王国へとやってきていた。
――ここに来るまで本当に大変でした。
魔の領域から帰った彼女は、イカサマじみた方法で保守派が仕掛けてきた卑劣な行為の証拠をあぶり出し、皇帝に直談判したのだ。
それにより、保守派の弾圧に成功。
改革派は盛り返し、ジュピテルの魔の領域での功績も認められたこともあって、一応の母親ではあるカッシェルは解放された。
だが、これで一件落着とはいかず、魔の領域で壊滅的な状況であった改革派の兵団を立て直さなければならなかった。
本来それはジュピテルより、上司である者たちの仕事であったが「魔の領域での功績を得て、知名度がある方がスムーズだ」とどういう次第かジュピテルへ丸投げされてしまったのだ。
命令とあれば、従うのが軍人の定めと、ジュピテルは四方八方に走り回り、改革派の兵団の立て直しに奔走することになった。
まず、ジュピテルは皇帝に働きかけ『他国からの流民に住居を与えやすくする』施策と『改革派の兵団に所属の条件を緩和する』施策を行ってもらうことにした。
効果はすぐに現れた。住居が手に入るということで、ティルスター王国を捨てて南に逃げた多くの人材がムーンレイル帝国に流入してきたのだ。魔の領域に対する恐怖か、またはそれを秘匿していた王国へ心象か。どちらにせよ世界の危機が解決した今でも人々の心に悪評が根付いていたのが成功の要因だった。
住居が手に入った流民が次に求めるのは身分である。
ジュピテルはその気持ちを逆手に取り、改革派の兵団を流民でも入りやすいように入団条件の緩和を行った。
兵団はもちろん帝国が運営している団体だ。
そこに所属するということは帝国に身分を保障されているのも同義なのだ。
確かな身分がほしい流民たちには垂涎ものの職業であった。
かくして比較的あっさりと、兵団の必要人数は集まった。
だが、それでも人員整理や資料の作成、各部署へのすり合わせ、皇帝へのごますりなど、改革派の兵団の運営を安定させるまでにジュピテルは一年半の時間を要した。
かくして目を離しても大丈夫な状況まで組織を作り上げた彼女は3か月の休暇を申請し、一路ティルスター王国へと足を運ぶことにした。
――さて、ここがヴェインが言っていた店ですね。
拠点とする宿に荷物を置き、ジュピテルは火ノ車亭までやってきていた。
以前ヴェインと話をした際に、彼らが主に依頼を受ける冒険者の斡旋所として火ノ車亭の名前が挙がっていたのをジュピテルは記憶していたのだ。
彼女の目的はヴェインに会い、ムーンレイル帝国に来て、一緒に働かないかとスカウトすることであった。
ジュピテルは火ノ車亭の扉を開けた。
「こんにちは、お邪魔いたします!」
「お、おう!? ……あー、お嬢さんが一体なんのようだい?」
「ヴェインに会いに来ました。こちらのお店によくいらっしゃると聞きましたが」
「ヴェ、ヴェインに!?」
突然のジュピテルの来訪に店の入り口そばにいた冒険者の男は怯んだように距離を取った。
日々兵団のトレーニングをこなしている彼女は戦闘においても向かうところ敵なしであったが、自身の容姿においても向かうところ敵なしの美少女であった。
そんな美少女が突然現れればそのような反応もしばしばあり、ジュピテルにとっては慣れたものであった。
「いらっしゃいませんか?」
「い、いや、その……もうすぐ、来ると思うけど……」
「なら、待たせていただきます。椅子はどれを使っていいのですか?」
「え、いや、えっと」
「はいはい……クリス、あんた何やってんの」
そこにこの店の店員であろう女性が割って入ってきた。
亜麻色の髪を後ろでまとめた女性だ。
「ヴェインに用事らしいけど、あなたヴェインの知り合い?」
「はい。ジュピテルと言います。魔の領域ではヴェインたちに助けられ、今回はそのお礼をと思いまして」
「なるほどね。事情は分かったわ。ヴェインを待つならそこの席使っていいから。朝ごはんでも注文する?」
「ええ、ぜひ」
おそらく報告書か何かで自分のことが書かれていたのだろう、とジュピテルは通された席に座る。
出されたトーストとバター、それと野菜にベーコンを口に運びながら、ジュピテルはヴェインを待つことにした。
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