第25話 見てはいけないものみてしまったのかもしれない
後日、パーシル達はマリーシャが魔物化したことを調査するため、アイフィリア教団へ潜入することにした。
それなりの規模の団体であることも幸いし、黒いローブで顔を隠せば容易く、パーシル、レイン、デステの三人はは施設に潜り込むことができた。
「思いのほか簡単に入り込めるものだな」
「まあ、あくまで新興宗教団体だものねー。入るのは、たやすいわけよ」
「あ、あの~、私はばれるとものすごく厄介なのですが」
「だから来なくて良いと伝えたはずだけども」
「そういうわけにはいかないんです!」
黒いローブをかぶったパーシルの後を同じローブをかぶったレインとテステが付いてくる。
ヴェインとアーランドは拠点の宿で結果待ちだ。
ここは、アイフィリア教団の施設の中で一番大きい建物『女神堂』。大きな煙突のようなものが特徴になっている建物だ。
内部はどこからそんな資金を手に入れているのか、大理石で出来た壁に床。それと趣味の悪い蛇の彫像が規則正しく並んでいる。
部屋割りとしては500人は収容できる大講堂を中心に左右に一部屋ずつ、講堂の上にもう一部屋とシンプルなものになっており、綺麗に左右対称に配置されている。
「それじゃ、予定通りに」
「おっけー」
「うう~」
事前の調べで得た情報通り、今日は大講堂で講演があるらしく、一般の信者も出入が多い。紛れ込んだパーシル達を気に掛けるものは誰も居なかった。
今のうちならば、各部屋の調査もスムーズに行えるだろうと、パーシル、レイン、テステは人の流れに紛れながら、各部屋を調査を始めることにした。
「それでまずはどの部屋からですか?」
「二階から行こう」
そうしてパーシル達は二階へと向かった。
二階の部屋は書庫となっているようで、等間隔に並んだ本棚にぎっしりと本が詰め込まれている。
パーシルがためしに手に取ってみると、それは経典の資料のようでこの教団があがめている「ビシャシャビ様」のことを記載されていた。
――ビシャシャビは蛇と水の女神。正常を保ち、皮を破り生まれ変わる存在、か。特にこの辺りには魔物化の情報はなしだな。
調べること一時間と少し、三人がかりもで目ぼしい情報は見つからずパーシルは一度書棚の創作は諦め、一回に戻り、残り二部屋を調べてみることにした。
次に入った部屋は、人間の等身大の彫像が設置された部屋だった。
彫像はビシャシャビをかたどったものらしく、布をまとった半裸の女性に蛇が巻き付いている様が掘り起こされている。
「パーシルってさー。こういうの見てどう思うわけ?」
「毒とか心配になるな。蛇のモチーフは魔物のコンボベノムスネークみたいだし」
「つまんない解答ねー。でもあたしもそう思うわ、魔物を従える女神ってわけなのかしら?」
部屋には書棚等はなく、彫像はテステが、熱心に調べているのでパーシルとレインは少し手持ち無沙汰になりながらその様子を眺めていた。
「む、むむ……? この彫像の台座、もしかして、周りませんか?」
――もしかすると。
テステの言葉にパーシルは剣を取り出し、床を軽くたたき始めた。
それを部屋の各所、隅々まで行う。
その調子で床を叩いたパーシルは、彫像の背中付近の床だけ音が変わることを発見した。
それはその先が空洞であることを示している音だった。
パーシルは慎重に蛇を握り女神像を回転させた。
するとその回転を利用した仕組みのようで、女神像の回転に合わせて床が開き、パーシル達の目の前に地下への階段が現れた。
「うっわー、そのセンスないわー」
「俺もだ。こんな仕掛け貴族の道楽でしか聞いたことがない」
パーシルは腰にかけ携帯していた小さなランタンを取り出し、中のオイルランプに火をともした。
「俺は中の調査に行ってくる。二人は俺が潜ったあと、彫像を戻して、残りの部屋を調べておいてくれ」
「わかった。時間はどうする?」
「一時間を目安に合流しよう」
「ちょ、ちょっとまってくださいよ! 監視役としての私の仕事は? どーすればいいんですか!」
「大丈夫だよ。俺はヴェインを置いて逃げたりしないから」
「……ああ、もう、わかりました。今回の情報はこちらとしても有用なので。でも今回だけですから!」
そうしてパーシルは二人に見送られつつ、階段を下りて行った。
打合せ通り階段中腹まで降りると出入り口が締まり、パーシルはランタンを動かし、注意深く周囲を照らした。
部屋の広さは上の彫像があった部屋とほぼ同じか、少し狭いぐらいのようだ。
特にテーブルや棚といった家具はなく、部屋の中心には上の階に繋がる柱があり、おそらくはこの部屋からでも上の扉を開けるためなのか、手で回すハンドルが柱に取り付けられている。
さらに壁には扉があり、隣の部屋へ直接行き来できる作りになっているようだ。
――行ってみるか。
パーシルは扉を開けた。
まずパーシルが感じたのはすえた悪臭だった。
酸っぱささえ感じるむせ返るような獣のにおいに思わずパーシルは口と鼻を手で覆った。
――……生き物でもいるのか?
状況を確かめようとパーシルは周囲に光を向ける。
この部屋は、牢屋だった。
鉄格子が並び、中には人がいる。
彼らは光を当てられても気に留めないようで、空中にうなり声をあげる者もいれば、口を開けたまま、瞬きをしない者もいた。
――人? だが、様子がおかしい。
パーシルが慎重に牢に近づいていくと、それぞれの牢には水タバコのようなポットとチューブが用意されており、その牢に閉じ込められた人間たちは時折、そのチューブから何かを吸っていた。
――あれはなんだ?
パーシルがポットの中身を確認しようと目を凝らすしてみると、赤い水がポットの中で揺れていた。
その色はティルスター王国の冒険者なら誰でも警戒する『赤い瘴気』に酷似しており、パーシルは恐ろしい連想を浮かべ、めまいを覚えた。
「とにかく、行こう……」
声を出し、気持ちを奮い立たせてパーシルはさらに奥の部屋へと向かった。
牢にいる人間たちを助け出すかと考える余裕をも奪うほど、この光景は地獄であった。
奥の部屋は行き止まりだった。
パーシルは再びランタンを照らし、あたりを確かめる。
資料室なのだろうか、その部屋にはテーブルと、書棚、そのすべてにはみ出るほどに乱雑におかれた紙と本がぎちぎちに詰められており、一つバランスを崩せばいまにも雪崩を起こしそうだった。
――……正直見たくはない、が。
嫌な予感がしたが、パーシルはおもむろに机の一番上にあった紙を手に取った。
――ああ……
研究記録と書かれたそれはパーシルにとって最悪の真実が記されていた。
それは『赤い瘴気を人に与え続け、人が魔物になる過程』を記録した用紙だった。
「どうしてこんなことを、何のために……」
建前ではあるが、転生者から人を解放すると謳う教団が、その裏では人を魔物に変えていた。
この教団の目的がパーシルには理解できず、混乱と恐怖が彼を襲った。
――とにかく、ここから出よう。
それでも、冷静に脱出を選択できたのは、ひとえにパーシルがこれまで冒険者として培ってきた経験からだった。
パーシルは数冊の本と資料の紙を手に取り、残りの資料の山を崩した。
――これでしばらくは気が付かれないだろう。
そして、パーシルは部屋を出た。
牢屋の部屋に戻ったパーシルはランタンを掲げ、道を照らす。
そのランタンの光が照らす先に女性の影が立っていた。
「!!」
どっとパーシルから汗が噴き出した。
それは恐れを認識し、死を理解した時に力が入らなくなってしまう現象と似たものだった。
「きタのネ、パーシル」
「マリーシャ……」
牢屋の間、そこで待っていたのは、影の魔物となったマリーシャであった。
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