第24話 それは確かなことなのかもしれない

 マリーシャによく似た魔物との接触後、パーシル達は当たりを付けた地点を2か所まわったが、影の魔物と遭遇することはなく、拠点の宿に戻ることにした。


「どうするパーシル。無理ならこの件からは降りた方がいい」

「いや……続けよう」


 パーシルは、自身の動揺を自覚していた。

 だが、まだ折れてはいなかった。

 ヴェインの成長に合わせ、彼もまた精神的な強度が上がっていた。


 その様子をみたアーランドは「そうか」と短く会話を切り、黙り込んだ。

 同室したレインはヴェインの様子を見ており、そのヴェインは歩き疲れたようで、ぐっすりとベットの上で眠っている。


――手配書で分かっていたことだった。分かっていたはずだった。


 人が魔物になるなんて話は聞いたことがなかった。

 だから、パーシルは心のどこかで影の魔物とマリーシャが同一であると覚悟しきれていなかった。

 それが今の動揺を生んでいる。パーシルは冷静に状況を分析しようと努めた。

 

――いや、まだだ。まだそうと決まったわけではない。


「明日からはマリーシャの足取りを追う。特に三か月前から以前の動きだ」


 それは逃げから生まれた発想であったが、レイン、アーランドは何も言わずうなずいた。


 翌日以降、パーシル達は打合せをした通り、マリーシャの足取りを追うことにした。

 アイフィリア教団の動向も警戒するため、アーランドとレインが主に現場まわりを担当し、パーシルとヴェインは集まった情報の精査を担当することになった。


 そうして一週間が経ちパーシル達はいくつかの情報を集めた。

 それはマリーシャが黒いローブをまとい始めた事、半年ほど前突然店で暴れた事、そしてその後影の魔物の出現とともに消息がつかめなくなっていることだった。


 パーシルは何度もそれらの情報を確認しなおした。

 だが、それで見えてくる事実は『妻が魔物となった』ことだけだった。


――だが、どうして?


 一般的に魔物というものは『赤い瘴気を浴び、変質し狂暴化した生き物』のことを言う。

 だが、パーシルは生まれてこのかた、この王国に赤い瘴気が流れ込み、人が魔物になったという話はこれまで聞いたことがなかった。


――もしかして……。


 ふとパーシルはあの日を思い出した。

 妻がヴェインを殺そうと火ノ車亭に乗り込んだあの日だ。

 ヴェインを殺そうと彼女は、パーシルの予想以上の力を発揮し、押しのけようとした。


 それこそ、あれは魔物のような力だった。


 直感ではあったが、パーシルはほぼ確信に近いものを感じていた。


「あの時のマリーシャはすでに……だとすると調べるべきなのか?」

「……調べるべきだと思う」

「ヴェイン?」

「オレはあの人から、ヴェインを奪ってしまった。恨まれるのは……分かる……。だけど、パーシルが選んだ人が、そうなってしまうのは違うと思う。だから……」


 それは母親にナイフを投げつけられてからの約二年間ヴェインが背負ってきた思いなのだろう。

 何と言っていいのかわからないと言葉が選びながら、ポツリポツリと語るヴェインの言葉に、パーシルは重みと気遣いを感じた。


「ありがとうな」


 パーシルはヴェインの頭を優しく撫でた。

 ヴェインの悩みをすべて応えるだけの言葉を彼は持ち合わせていなかった。


 ただ一つ、シンプルな言葉でしか、パーシルは答えることができなかった。


「だが俺には、お前がヴェインなんだ」


 パーシルの心は決まった。

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