第14話 振り向いてはいけないのかもしれない
「ここが英雄の谷。――これは俺が聞いた話以上だな。向こう岸が遠い」
「深さも相当ねー。降りて、登っての正攻法はしんどそうね」
「そうとなれば、この岸を何とかしないとなるまい……しかし寒いな……パーシル、ヴェインを貸してくれ」
「ヴェインを湯たんぽか何かと思ってないかアーランド……」
ドラゴンゴブリンを撃退したパーシル達は、2日かけ、竜の山越えの中盤、英雄の谷と呼ばれる山頂に位置する巨大な谷にたどりついていた。
その谷は谷底から吹き上がる風が獣のうなり声のような音を立て、見下ろせば引き込まれそうな闇が待ち構えている。
対岸は10メートルほど、荷物を降ろしても飛んで渡ることは難しいだろう。
――ここまでは来れたが、しかし、おそらくは……
パーシル達は、この山頂にたどり着くまで、ドラゴンゴブリンを2回撃退、述べ14体を倒していた。
明らかに狙われている。
アーランドが施した尾行避けも多少効果はあるが、何者かがドラゴンゴブリンを指示をしているらしく、統率の取れた敵の追跡に追い立てられ、戦闘を余儀なくされていた。
もし奴らを指揮している者がかなりの知恵者であれば、パーシル達がこの谷を目指していることは、筒抜けだろう。
「とにかく橋を作ろう。いけるか、レイン」
「任せて!」
レインは打合せの通り、矢じりのついていない『とっておきの矢』を山なりに放った。
矢は細い糸が括りつけられており、放物線を描いたそれは対岸の地面に刺さる。
「――万象の理よ、進め。そして命は紡がれる!」
レインの詠唱に呼応し矢が根を張りはじめ、徐々に太く成長を始める。
植物の成長する力というのは計り知れないものである。
その根は岩をも砕き、深く張り、その樹は生きるために高く、その幹は折れぬため、しなり厚みを生み出していく。
彼女は藤の根で作った矢を放ち、その魔術で矢の成長を急激に促進させたのだ。
「うへー、久しぶりにやると、やっぱり疲れるわー。全員渡れる強度を確保するのには大体あと五分位ってところよ」
結果、藤は根を張り、矢にくくりつけた糸を頼りにその頑強な蔦をパーシル達の対岸まで伸ばしていく、それが幾重にも追いかけてくるように重なりあい、より頑強な橋として形を成していく。
弓を持ち、魔術も使えるレインにしか使えない妙技『ロープ入らず』
名前の由来は、ロープがかさばるから嫌だという、レインの意見から生まれたからだ。
レインはもう一本同じ矢を取り出し、藤が伝ってきている糸を巻きつける。
そして地面に突き刺し同じ詠唱を唱えた。
パーシル側からも藤が伸び、お互いがねじれるように絡み付き、より足場の強度を上げていく。
ある程度成長し、人ひとりが渡れる具合になったところでアーランドが蔦を引き、張りと強度を確かめた。
「よし、問題ない渡れるぞ」
「おーしっ、それじゃあたしは仕事おしまいね~。もうだめ疲れた~」
そういうとレインはばたりと地面に座り込んでしまった。
魔術とはそういうもので、様々な現象を起こす代わりに、自分の命、寿命を消耗する。
しいては、術の使用後は体力が極端に落ち、使う内容によっては彼女のように少しの間動けなくなってしまうこともある。
パーシルは橋の完成を確認し、レインたちに駆け寄った。
「ケェラ! ケェラ!!」
この数日で聞き慣れた醜悪な叫び声が聞こえた。
ドラゴンゴブリンたちが群れを成して山頂に集まってきたのである。
その数50以上パーシル達は瞬く間に取り囲まれた。
――この数は、戦っても勝ち目はない!
「アーランド、レインをかついで先に行ってくれ! 渡るぞ!」
「分かった!」
アーランドはレインをかつぎ、藤の橋を駆けていく。
足場の藤は固く、アーランドとレインの体重を受け止めて、なおきしまず余裕があるようだった。
続いてパーシルもヴェインを抱きかかえ藤の橋を進む。
「ケェラ! ケェラ!!」
「後ろ! 来ている!」
ヴェインが肩から顔をのぞかせて後ろを確認する。
パーシルも察知はしていた。背後からあの醜悪な笑い声が迫ってくる。
体の芯が冷え、パーシルは恐怖から振り向き状況を確認したい衝動に駆られた。
――だが、振り向いてしまってはたちどころにバランスが崩れこの谷に落ちてしまう。そうしたら俺だけではない……。
焦る心を押さえつけるように、パーシルはヴェインを抱える力を強くし、橋を進む。
谷底から吹き上がる突風が、わずかに橋を揺らし、その揺れがパーシルの心を大きく揺らす。
しかし、パーシルは前を見続けた。
――ヴェインも慌てて暴れたりはしていない。なら、俺が落ちるわけにはいかない!
「ケェラ! ケェラ!! ケェラ――――」
突如、パンという風切り音とともに、パーシルの背後で鳴き続けていたドラゴンゴブリンの声が途絶えた。
「やっぱ弓はいいわよね。魔術より疲れない」
対岸からレインの援護射撃がドラゴンゴブリンを射抜いたのだ。
立て続けに矢をつがえ、放ち、レインはパーシルに迫るドラゴンゴブリンを片っ端に落としていった。
複数人が渡れる広さでなかった事が功をそうし、ドラゴンゴブリンたちは50以上いた数の有利を活かす事が出来なかった。
形勢は決まった。パーシルが対岸の手前まで到達し、アーランドが彼の手を引いた。
「頼んだ!」
「任されようとも」
そして無事パーシルは対岸に渡り切り、入れ替わるようにアーランドが剣を振るい、藤の橋を断ち切る。
パーシルが振り返ると、10匹ほどあの橋にいたようで、落ちていく橋とともに、ドラゴンゴブリンたちは谷底の闇に消えて行った。
「ケェラ! ケェラ!!」
「ケェラ! ケェラ!!」
こちらに向けた負け惜しみだろうか、ゴブリンたちは叫び声を上げ不快な大合唱を繰り出してくる。
だが、奴らにできるのはもはやそれだけだった。
「行こう。とにかく休めるところを探そう」
「ああ、パーシル。お前も疲れただろう。ヴェインの抱っこを代わってもよいのだぞ」
アーランドがにこにこと手を差し出してくる。
パーシルはあまりの有様にくすりと笑った。
「だとさ、ヴェイン……どうする?」
「うろこ、ジョリジョリしてそう、痛い、やだ」
「む、腹の方ならさほどとがってないぞ」
そう言いうならとヴェインはうなずき、パーシルはアーランドにヴェインを預けた。
アーランドはヴェインを抱き、表情を緩めた。
「おお、ぬくい、ぬくい。至福」
「……ちょっと痛い」
「早く休もうよ~」
くたくたになったレインは一刻も早く休憩を所望した。
かくして、パーシル達は英雄の谷を渡りきったのだった。
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