第11話 馬車の移動は大変かもしれない
「パーシルが、口足らずなのはわかっているけど、もっと言い方あるわけじゃない」
「さすがの私も力が入った」
「……」
「すまん……」
非難囂々。パーシルは農作業用の荷馬車を操りながら、荷台からの声に身を小さくしていた。
周りを見渡せば草原と雲。簡易的に整備された道を進むと、ほかの国へと続いていることを証明するかのように時折商人の馬車とすれ違う。
パーシルはアーランドとレインの協力を取り付け『奴隷のフリ』をするということで同行の了承を得た。
レインは近日中にサンズライン共和国近隣に位置する故郷へ里帰りする用事があり、アーランドはもうすぐ来る冬の寒さが苦手なので南下するなら一緒に行きたいとのことだった。
二人の了承を得たパーシルは、その後、シアに国を出ることを告げ、契約の終了を願い出た。
パーシルの事情を間近で見ていた彼女だったので、引き留めるわけでなく、餞別にと馬車の手配、食糧の確保を行ってくれた。
「ありがたいのだが、何処からそんな金が?」
「何、心配してんの。これでもまだこっちの方が儲けさせてもらった方よ」
パーシルはどれだけ中抜きされたのだと苦笑いをし、シアに礼を言いつつ、ありがたく馬車を使わせてもらうことにした。
――マリーシャのことは、状況が分からないから手を出せないが……。
そうして、パーシルは心残りを一つ残し、一路サンズライン共和国を目指してティアスター王国を離れることにした。
「それでパーシル。進路はどうするのだ?」
「この時期だと街道を進んでいたら冬になってしまう可能性がある。だから、ある程度進んだら荷馬車を売って『竜の山』を超えよう。それならばギリギリ冬になる前にサンズライン共和国にたどりつける」
サンズライン共和国にたどりつくまでには二通りのルートがある。
一つは街道に沿い進むルート、途中に小さな村等が点在しているので、立ち寄りながらサンズライン共和国を目指すルートだ。
ただ最近は廃村が増えているらしく、運悪く冬の時期にたどりついた村が廃墟になっていたら、それはそれでヴェインが危ない。
いくら異世界転生者とはいえ、冬の寒さの中では、風を凌ぎ、暖を取らなければ死ぬ。ヴェインはそういった肉体的なところは特別ではないのだ。
それ故にパーシルはもう一つのルート、竜の山と呼ばれる難所を突破するルートを選んだ。
竜の山とは、終焉を告げるドラゴンが死んだと昔話が残されている場所だ。
その昔話では英雄ヤマナカシュウヘイと呼ばれる……おそらく異世界転生者がドラゴンを二つに切り裂き、世界は救われたと言われている。
話の通り、地図で見た竜の山は巨大なトカゲのような形をしており、その山を越えた者の話では道中山を真っ二つにしたような谷があり、それを超えなければ向こうの国へはいけないのだそうだ。
昔話が事実がどうかは定かではないが、実際に巨大なドラゴンを二つに切り裂いたような形になっているのが竜の山である。
この山は、道中、馬車は入れず、緊急で知らせを運ぶ人間か、モノ好きぐらいしか入らない難所だ。
なぜか魔物も出るといわれている。
だが、そんなリスクはあるものの直線距離でサンズライン共和国に向かえるため、街道ルートを通るより、こちらの竜の山ルートは馬車を捨てても4倍は早くサンズライン共和国に到着できるのだ。
どちらのルートもリスクはある。
そのうえで竜の山に決めたのは、時間というリターンを考えたパーシルの判断だった。
本来はそういった場合、馬車の速度を上げ、街道ルートを進めば安全で早いものの、パーシル達の馬車は進行速度を早めることができない事情があった。
「ヴェイン大丈夫か?」
「……」
ヴェインは真っ青な顔でパーシルの言葉に、うなずいた。
彼は馬車の振動で完全に馬車酔いしていた。
幼児の三半規管はものすごく敏感ですぐ乗り物酔いになってしまうものなのである。
「少し休憩にしよう」
パーシルは馬車の速度を緩め、休憩をはさむことにした。
――追手がくる可能性は低くてもゼロというわけではない。なるべく早くサンズライン共和国にたどりつきたいが、休み休み移動しないとヴェインの体が持たない。そうして時間をかけていると野ざらしのまま、冬になり、やはりヴェインがもたない。
パーシルはヴェインの調子を確認しつつ、水を飲ませ、酔い止めがわりのミントをかじらせた。
少しずつ顔色が良くなっていくのを確認して、パーシルは念のため荷台の車輪や馬のチェックを済ませておく。
そうして一時間ほどの休憩を取り、パーシルはヴェインの様子を確認しつつ馬車を再び走らせた。
そして三週間後、パーシルたちは無事に竜の山のふもとの村へとたどり着いた。
通常馬車なら10日ほどでたどりつくところ、およそ二倍の時間をかけての到着だった。
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