第8話 妻が襲撃しにきたのかもしれない
火ノ車亭はマリーシャが引き連れてきた黒いローブの一団に占拠されていた。
パーシルが店裏から確認する限りでは、シアと常連の冒険者が対応しているが、若干気おされ気味だ。
「転生者を出せ! さもないと我々アイフィリア教団はビシャシャビ様の名のもとに武力を以てこの店に制裁を与える!」
ローブの男たちが叫び剣を構える。扱いはさほど慣れていないようで、構えに乱れが見えるが店内に6人、入口も4人、争いになってしまえば怪我人が出ることは火を見るより明らかだった。
「何をやっているんだ!」
家族だった人物の暴挙に、彼はいてもたってもいられなかったパーシルは彼らの中に飛び出した。
彼の声にいち早く反応したマリーシャがパーシルをすかさず睨みつけた。
「パーシル、あの子はどこ! どこにいるの!! 早く! 早く出して!!」
パーシルが見た彼女は、何かを焦るような、期待を募らせているような、そんな焦燥感に瞳を揺らしていた。
彼女の異常性を感じたパーシルは心を落ち着かせ、首を横に振った。
「君にヴェインは会わせられない」
「どうして! あなたはあいつをかばうというの!」
マリーシャから殺意に近い気迫を感じとり、パーシルは一歩後ずさった。
少なくとも二人が一緒に暮らしている時はケンカこそしたが、殺意を向けられることはなかった。
それが今では邪魔をするならば刺すといわんばかりの形相をパーシルに向けている。
――いったい何が彼女を変えてしまったのか。後ろのローブの集団が関係しているのか?
「あっ――」
マリーシャが何かに気が付いたように、パーシルの後ろに視線を送る。
つられてパーシルも彼女の視線を追い、彼と目があった。
「ぱーしる……これF?」
騒ぎが大きくなり気になったのだろうか、二人の視線の先にヴェインが壁に手を付きながら立ち呆けていた。
「転生者ァ!」
マリーシャはヴェインを見つけるや否や飛び出した。
懐に隠し持っていたナイフを抜きヴェインに狙いを定めているようだ。
パーシルはとっさに二人の間に割って入り、マリーシャを抱きしめるように押さえつけた。
「離して。どいて、どきなさい! パーシル!」
突撃を止められたマリーシャはもがくように手をばたつかせる。
「マリーシャ、やめるんだ! なんで!」
それでもなお彼女は体ごと押し付けるようにものすごい力で、もがき前に出ようとする。
パーシルは動揺していた。
体格の差でパーシルはマリーシャに圧倒しているはずなのだ。
さらには彼は冒険者で筋力量も並みの人間と同じかそれ以上だ。
それでもマリーシャに押し負けている。
――なんだ、この力は……!
パーシルは一歩、一歩下がりつつも、なんとか彼女を抑え込む。
だが、あたかも魔物のような剛力にパーシルは不安をよぎらせる。
――彼女は、本当に、彼女なのか。
「私の、私が命を懸けて産んだ子を、ヴェインを、よその他人に渡すものか……! あの子の生きるべき人生を、それをお前が奪ったんだ転生者!」
振り回されるマリーシャの腕、彼女はパーシルが抑えようがかまうことく前へ進もうとしてくる。
パーシルはこれ以上マリーシャを抑えるのは難しいと判断し、彼女からナイフを奪い取るべく、足をかけ、彼女を床に倒した。
しかしマリーシャは獣のごとき、身のこなしで転倒を回避し、彼女は腕を振りかぶり、手にしたナイフをパーシルめがけて投げつけてきた。
パーシルはそのナイフを避けようとし、だが、足を止めた。彼の後ろにはヴェインがいたからだ。
「――――ッ!」
左肩に激痛が走り、ナイフには何かの毒が塗ってあったのか、とたん呼吸が苦しくなり、パーシルは膝をつき、肩で息をつくのがやっとの状況に追い込まれしまった。
――おそらく、俺がが避けると踏んでナイフを投げたのだろうが……。毒か、ヴェインにあたらなくてよかった。
マリーシャはパーシルの行動に動揺したのか、一歩、彼から距離を取った。
「そんな、ちが、違うの……!」
「何をためらうことがある。このナイフで転生児を殺せば、転生者は死に、その体はあなたの息子のモノになるのですよ」
「わ、私は……」
マリーシャに寄り添うローブ姿の男が再び彼女にナイフを差し出す。
彼女はそれを受け取り、決意を固めたのか、表情を硬くしヴェインをにらみつけた。
「ふざけるな!!」
パーシルは激怒した。
毒が原因か視界はまわりはじめ、息が苦しい。それでも彼は叫んだ。
人は暴力の前では死ぬのだ。冒険者であった彼はそれがよく理解できていた。
魔物の牙で死んだ者、盗賊のナイフで死んだ者、矢で撃たれ死んだ者、ゴブリンの棍棒で殴られ続け死んだ者。
それをまして生まれて二年もたたない子供に、何をしようというのだと!
「ふざけているのはあなたの方だ! 異世界転生者を、ごぶはぁ――――」
ごいん、とコミカルな音とともに男が銀のトレイを顔面に受け倒れた。
トレイを投げたシアはものすごく怒っていた。
ナイフはまずかった。
彼らは火ノ車亭の冒険者すべてを敵に回してしまったのだ。
「あんたたち、ウチの稼ぎ頭に何してくれてんのよ!! 全員けり出してやるわ!!」
「おう、やってやろうぜシア」
「いい加減酒がまずかったんだ」
「けが人は赤ん坊と店奥に行ってな。こっからは大人の時間よ!」
シアは大きく息を吸い込み……。
「仲間がやられたらやり返す! それが火ノ車亭よ!!」
彼女の号令を皮切りに酒場、火ノ車亭では大乱戦が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます