泡沫フクロウ(ミミズク)カフェの再建

@kumori_tenki

第1話 泡沫フクロウカフェの出会い

平日の昼間から動画を見ながらできるお仕事があると言ったらどうでしょうか。疑り深い貴方はきっと裏があるに違いないと思うでしょう。何かの詐欺?それとも動画編集?まさかyoutuber!?いいえ違います。答えは時給1100円、売れないフクロウカフェのアルバイトなのです。


「ん、いらっしゃいませ。初めてのご来店ですか?」

「はい」と小さく頷いた彼女はお客様。そして久しぶりの来店。どのくらい久しぶりかというと、多分昨日は見ていない。一昨日はどうだったか、いたような気がしないでもない。ただ、客がいたかどうかを思い出そうと試みる程度には客が来ないのが、このフクロウカフェの良いところである。接客と言っても来店時の注意事項説明と、たまの注文対応だけなのだから、フクロウカフェの業務とは、カウンターでスマホをいじることなんじゃないかと錯覚してしまうほどである。実際には大学生が生活費を稼ぐためにしているアルバイトに過ぎないため、本業はスマホいじりでもカフェ店員でもなく学生であることは明白である。またこれはうち限定の話。他所のフクロウカフェへの誹謗中傷はお控えいただきたい。


「では注意事項の説明をします。当店では…」

一応生来の真面目さから注意事項は上から下まで音読するように心がけている。しかし多くの客は入店直後、なんなら直前から店内の一角に目を奪われているため、頭には入っていないようである。あまり気にしないことにしているがこのお客さんは特に釘付け状態であるようだ。まあいいか、なにかやばいことをしようとすればカウンターを飛び出し、狭い店内を駆け抜けフクロウを守るのだと、そうやって何度も脳内シミュレーションを繰り返した俺に抜かりはない。必ずや止めて見せるのだ。そう決意している。


説明を終え、客がフクロウのいるブースに進んだところで、今受けたアイスコーヒーの注文をキッチンに通す。この店の数少ないメニューはすべてコーヒーの類で構成されており、そのコーヒーはオーナーが直々に淹れるため評判が良い。つまり俺がするのは注文を通して、客の前に持っていく。これだけである。さてこれはカフェなのか、喫茶店なのか、コーヒーショップなのか。それぞれの定義を確認しないことにはなんとも判断は付かないが、生憎目の前のスマホは家では絶対に見ない長尺のライフハック紹介動画に手が一杯のようである。しかし、フクロウを見ながらコーヒーを飲む店があればそれはフクロウカフェなのではないか?フクロウコーヒーショップなどというネーミングにはいささかの居心地の悪さを覚えるは俺だけだろうか。


「う~ん、これは」

「アイスコーヒーです。ここに置いておきます」

当店の誇る自慢のフクロウと迫真の睨めっこを演じる彼女は、その眉間に皺を寄せながらなにか唸っているようである。

「ん~、ありがとうございます」

「えーっと。なにか、ありましたか?」

結構長くここで働いているが、顎に手を当て鳥類を睨みつける人間は初めて見た。

「あ、いえ、この子。なんだか変わってるな、と」

「あー、そうなんですよね。鳴き声も変わってるし、なんだか人の言っていることが分かるみたいですし。人間味ありますよね、この子」

「そうなんですね!鳴き声は聞いたことが無かったので興味があります。ん~。人間味…」

どうやらまだなにか得心いっていないご様子。実際このフクロウは変わり者である。それはブッコローという若干の治安の悪さを感じさせる名前のことではない。態度や立ち居振る舞いが、やはりなんという人間味のあるフクロウなのである。そのことだと勘違いして変にテンションが上がってしまったが、違ったらしい。

「この子についてもっと教えてもらえますか?」

「もちろんいいですよ」

彼女にしたのは、頭の回転が速くよく人を弄っている話、オーナーの持ってくる謎の文房具に興味を示したり示さなかったりする話、閉店時間を気にする話など。彼女は本当に興味深そうに聞いてくるため、すっかり話し込んでしまった。

「あ、すいません折角入れていただいたのに。コーヒーいただきますね。」

「どうぞ、じゃあ僕も下がりますね」

「お話、また聞かせてください」

「また機会があれば、ぜひ」

カウンターでは、スマホが次の動画を再生していた。

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