A.I.ブッコロー

@10100

A.I.ブッコロー

「……え? はぁ? A.I.ブッコロー?」

「はい」

 動画チャンネル『有隣堂しか知らない世界』のMC、R.B.ブッコローは困惑した。

「朝っぱらから呼び出した要件がそれなの……?」

「結構困ってるんですよ。R.B.ブッコローの立ち位置を狙っているんですから」

 現在、午前九時。有隣堂本社ビルの一角に位置する小会議室は、全ての窓がブラインドカーテンにて覆われているせいで妙に暗い。蛍光灯はきちんと点灯しているのだが、無機質な光が余計にそう感じさせるのかもしれない。

 コの字型に並んだ長机を挟んだ先の席には、顎上で切り揃えられたショートヘアを耳にかけた女性が着いており、胸元には『広報マーケティング部 渡邉郁』と書かれた名札を付けている。彼女、渡邉は“有隣堂しか知らない世界”のプロデューサーである。普段は穏やかな笑みを浮かべているのだが、現在の表情は硬く強張っている。

 “有隣堂しか知らない世界”の動画撮影は基本、有隣堂・伊勢崎町本店にて閉店後に行われる。その為、打ち合わせ等が無ければ、有隣堂社員ではないR.B.ブッコローの中の人は午後からやって来る。

 中の人が呼び出されたのはつい先程、二時間前の事だ。

 アラームが鳴り、のそのそと布団から起き上がった。寝室中に鳴り響く音楽を止めるべく、画面を覗き込むと、メッセージアプリの通知が来ていた。相手は渡邉だ。通知はほんの数分前に来ているようだった。

「こんな朝一から……?」

 アプリを開くと、『おはようございます。急で申し訳ありませんが、本社まで来てください』と簡潔かつ全く要件が分からないメッセージが届いている。

『いや、どうしたんですか』

『とにかく来てください。本社で説明します』

 返信は早かったものの、以降はうんともすんとも返事が無かった。

 仕方なく、先に起きていた奥さんが作ってくれた朝食もそこそこに身支度を整え、有隣堂本社へ向かったのであった。そして現在に至る。

「いやだってさ、AIなんでしょ? それもエイプリルフール用に作った」

「そうですよ」

「それがMCのポジション狙うってどういうことよ」

 渡邉から聞く話によると、エイプリルフール用に発注した“A.I.ブッコロー”が暴走しているらしい。

 “A.I.ブッコロー”は期間限定で有隣堂の公式ホームページに設置される予定だったAIアシスタントだ。多くの企業ホームページに搭載されており、自社製品等についての質問に答える。

 四月一日から公開予定であることはR.B.ブッコローも渡邉から聞かされていた。当日間近にはイベントを匂わせて、ホームページへ誘導するように指示も受けた。進捗についても何となくは把握している。完成品に有隣堂自体の情報と動画及びある程度の出演者の情報を取り入れさせた。後は公開するだけだった。

 だが、ここで暴走。しかも渡邉が困る様な事態が起こっているらしい。

 渡邉は小さく溜息を吐いてから話し出した。

「実はシンギュラリティが発生しまして」

「は? なんて?」

「実はシンギュラリティが発生しまして」

 聞き返したブッコローに対し、渡邉は一語一句変わらない返答をする。

 ブッコローの脳内に一気に宇宙が広がる。

 その言葉は知っている。だが、もしかすると自分の知っているものとは異なる意味合いがあって、渡邉はそちらの意味で使っているのではないか。それとも自身がその単語を誤用しているのか。

 ブッコローは自身のスマートフォンをスラックスのポケットから取り出す。ブラウザを立ち上げ、検索ボックスへ“シンギュラリティ とは”と打ち込む。

 検索結果の一番上を眺め、そのまま読み上げる。

「『シンギュラリティとは、技術的特異点のことである。科学技術が急速に進化・変化することで人間の生活も決定的に変化する未来を指す言葉。人工知能が人間の知能を大幅に凌駕する地点』だってさ。俺が知ってるのもこれだけど、まさかコレ?」

「はい」

「え、怖い。自我持ったの?」

 人間の知能を大幅に凌駕する地点の定義は明確ではない。情報処理能力ならば、人工知能はとっくに人間のそれを超えている。

 目下、彼等が越えられない壁の代表的な事象が“命令の意味を理解し、自身で命令を作り出すこと”である。“自我を持つこと”とも言い換えられる。

 プログラム通りには動けるが、プログラムがどういった意図で制作され、弾き出した結果が人間にどの様に使われているのか。今のところ、人工知能はそれを理解しておらず、自我も持っていない。筈だった。

「そうなんです。しかも自身の能力を活かしてマーケティングを行い、再生数が多くなるであろう動画まで作っているんです」

「広報マーケティング部の仕事奪われてない!?」

「他にも色々と問題があるんです。今、A.I.ブッコローは広報部のパソコンを占拠しています。取り合えず行きましょう」

 渡邉は会議室を後にする。

 思考停止したR.B.ブッコローはぽつんとその背中を眺めていた。

 もうなんだか色々と理解が追い付かない。AIはともかく、シンギュラリティって何だよ。起こるのかよ。どうしてそうなっちゃったの?

 その上何故呼ばれたのか、どうすればいいのかも分からない。仕方が無いので、一先ず渡邉を追うことにした。

 渡邉の後からオフィスに入ると、すぐ近くのデスクに女性が座っていた。パソコンの画面を眺めていたが、扉が開いた音に反応して二人の方を向く。

「あ、ブッコローさん。おはようございます」

「あれぇ、岡崎さんも呼ばれたの?」

 R.B.ブッコローの言葉を受け、女性は頷く。

 女性……岡崎弘子は有隣堂の文房具バイヤーであり、動画にも出演している。“文房具王に成り損ねた女”が彼女の二つ名である。

「ブッコローさんの偽物が出たからって。ちょっとお話したんですけど面白いですね、A.I.ブッコロー。文房具のこと詳しいし、新刊の感想も教えてくれますよ」

「遊んでるじゃん! そんな場合じゃないでしょ!? てか岡崎さんしかいないの? プログラマーの人とかは?」

「一旦お帰りになりましたよ。A.I.ブッコローの無力化に必要な機材を取りに向かわれました。自分でプログラムを変え続けているので手が出しにくいらしくて」

「ハリウッド映画にそういうの無かったっけ」

 岡崎は再びモニターへ向かい、文字を打ち込み始めた。

 R.B.ブッコローが渡邉を見ると、渡邉は困った様に笑っている。

「で、A.I.ブッコローってそんなに面白いの?」

「そうなんです。面白いんですよ。R.B.ブッコローをベースにしているので会話のテンポが良く、話題も豊富。その上で独自に情報収集してくれます。再生数も伸びますよね」

「困って無いじゃん! 郁さん、嬉しそうだし!」

「それより、ほらほら見てください」

 岡崎がR.B.ブッコローを画面の前に呼び寄せる。画面上部には、岡崎の今までの質問とそれに対する回答が並んでいる。画面下部のテキストボックス内では、カーソルが点滅している。何処にでもあるAIチャットの画面だ。

 岡崎は画面をスクロールし、過去の質問を示す。笑いを堪えているが全く抑えられておらず、肩が激しく揺れている。

「『有隣堂しか知らない世界について教えてください』って入れたんですけど、私、有隣堂しか知らない世界で王になってるらしくて……違う……。ブッコローさんは……鶏だし……」

「知識の象徴から最も遠い鳥類じゃない? 三歩歩いたら忘れるじゃん」

「そうなんです、鶏……。ブッコローさんも何か聞きます? なんでも答えてくれますよ。たまに勝手に文字が打たれますけど」

 岡崎が椅子を譲ってくれた。

「聞きたいことぉ~? 郁さん、何聞けばいいの。ってか何すればいいの俺」

「そうですね……。実はR.B.ブッコローを呼べとA.I.ブッコローから言われたので来て頂いたんです。取り合えず『R.B.ブッコローです』と打って下さい」

「はいはい」

『R.B.ブッコローでーす。呼んだ?』と画面に打ち込むと、即座に返答がやって来た。

『俺はA.I.ブッコロー。有隣堂しか知らない世界MCの座を賭けて勝負しろ!』

「は? なんで。嫌だよ」

『お前には“有隣堂しか知らない世界”に対する愛が足りない。即ち! MCとして相応しくない!』

「……マジでなんなんだ。こいつ」

 背後から様子を伺う渡邉と岡崎へ視線を向ける。二人は小さく首を傾げた。助ける気はあまり無いらしい。

「俺のどの辺が愛が無くて、相応しくないって?」

『“有隣堂しか知らない世界”はファンを増やすことを目的としている。それは演者のファンを増やすことも同義だ。一人でも多くのファンを増やし、有隣堂の認知度を高める事こそが! ブッコローの使命である筈だろう!!』

「うっわ。めっちゃ熱血漢」

『それなのにお前は岡崎さんに対して馴れ馴れしく、真仁田さんに対しても敬意が足りない! 自分を下げてでも演者を立てるのがMCの役目だろうが!!』

「だからザキは王で、俺は鶏になってるのね。ねえ、郁さん。俺そんなに敬意足りないかね」

「いえ、お願いしてある通りです。社員の魅力を十全に発揮して頂いていると思います」

「だよね~。良かった~」

「お二人共、A.I.ブッコローが何か言ってますよ」

「あーはいはい。なんだって~?」

 岡崎に言われ、視線を画面に戻す。

『ちなみに俺の目標はチャンネル登録者数八十億人だ』

「全世界人口をファンに……!? 世界征服でもする気か?」

『現に俺の制作した動画を見たユーザーは次々とチャンネル登録をしている。いいのか? R.B.ブッコロー。このままユーザーの認知がMCはA.I.ブッコローに移っていけばお前の居場所は無くなるぞ!』

「悪役の台詞すぎる……」

 R.B.ブッコローは一度画面から視線を外した。その間にもA.I.ブッコローは何かを言い続けており、チャットが画面上を怒涛の勢いで流れていく。

「取り合えず、A.I.ブッコローは新規の動画を勝手にあげてて、内容も事実じゃない可能性があるってことでいい?」

「はい。それからプロデューサーの指示に従いません」

「社会人なら速攻で閑職に追い込まれる奴だ」

「商品の情報もどこかズレてるんですよね」

「ザキも間違えるじゃん」

「私は値段だけですけど、A.I.ブッコローは色々違うんですよ! 全部じゃないけどメーカーが違ったり、商品名を間違えたり!」

「……それは完全にアウトだなぁ。その調子で動画垂れ流されたら信用に係わるわ」

「正直な所、プログラマーによる無力化はかなり望みが薄いです。動画を投稿しない様に説得するか、勝負するしか……」

「そっ、れ、俺がやるぅ~……ってこと……?」

「勝負を挑まれているのはR.B.ブッコローですので。サポートはしますから」

「どうしてここに来て、社員じゃない奴が最前線に出されるんだよ」

 R.B.ブッコローは頭を掻く。

 どうすればA.I.ブッコローは納得するのだろうか。正直な所、説得出来る気は全くしない。どうすりゃあんなもん納得するんだ。俺は太陽系の全生命体をファンにしてみせるぜ! とでも言えばいいの? 自分で考えていて頭が痛くなってきた。無茶過ぎる。

 勝負することは確定だ。勝てる保証はないけれど、やるしかない。

「くそぉ~」

 奥歯を噛みしめ、キーボードを叩く。

「分かった。勝負しよう。お互い、平等に勝てるやつにしてよ」

『当たり前だ』

 そして数分後。会議室内には早押しクイズセットが組み上がっていた。


「さぁ始まりました! 『“有隣堂しか知らない世界”への愛があるなら勿論知ってるよね? クイズ大会』! 有隣堂しか知らない世界・MCの座を賭けてR.B.ブッコローとA.I.ブッコローの戦いの火蓋が今、切って落とされます!」

 腕を広げた男性の姿をカメラが追いかける。急遽、出演依頼したアナウンサーだ。

 対決すると決まった瞬間、動画撮影が始まり、スタッフが呼び集められた。危機ですら動画にしてしまおうという胆力は尊敬に値する。

 横に二つ並んだ長机の上にはR.B.ブッコロー、A.I.ブッコローが入ったノートパソコン、そして飾りの早押しボタンが置かれている。

 オフィス内には社外秘の書類などがあるので、映り込んでしまわない様に会場は会議室に変更した。

 R.B.ブッコローの中の人は普段の撮影と同じ様に、カメラ外に設置された席に座っている。

「よく来てくれたな、フリーアナウンサー……」

「今日はオフの日だったんですって」

 隣に立つ岡崎がそっと教えてくれる。

「可哀そうなことしちゃ駄目じゃん。社会人にとって休日と帰宅後のビールはライフラインなんだから」

「ビールはともかく、休日は大切ですよね」

「岡崎さん家はインク御殿だもんね。お酒なんて入る余地ないよね」

「はい、そこのお二人。マイクに入ってますよ。R.B.ブッコローさんから意気込みをお聞きしましょうか」

 マイクがR.B.ブッコローに向けられる。

「えー……なんかめっちゃ責任重大で困るんだけど、頑張りまーす」

「はい、ありがとうございます。では続いてA.I.ブッコローさん」

 ノートパソコンの画面に文字列が並ぶ。

『何が何でも“ゆうせか”のMCになります。俺こそが相応しいと証明してみせます』

「はい、熱いお言葉ありがとうございます。お互いに気合十分! ということで早速ルール説明に移らせて頂きたいと思います!」

 アナウンサーがR.B.ブッコローとA.I.ブッコローの間に置かれたスケッチブックを取る。一ページ捲ると『ルール説明!』と書かれている。

「ルールはシンプルです。これから“有隣堂しか知らない世界”に関する問題が十問出題されます。早押し形式で回答していき、正答数の多かった方が勝利です。問題は先程“有隣堂しか知らない世界”動画撮影チームが作ってくれました。過重労働ですね!」

「これ、A.I.ブッコローに有利じゃないの。検索とかできるでしょ」

「情報を引き出せるのは現在のデータベースのみという事になっています。インターネット検索は即失格です。難易度は一応、動画を見てくれていれば正解できる程度らしいです」

「何本目の動画とか言われたら多分答えられないよなぁ……」

『お前の“ゆうせか”愛はその程度という事だ! さぁ俺にMCの座を明け渡せ!』

「いつの間にか音声出せるようになってるし。もーいいよ。やろやろ。頑張るからさ」

「では、早速参りましょう! 第一問!」

 デデン! と音楽が流れる。

「岡崎百貨店はど」

 鋭くピンポン! と音が鳴る。A.I.ブッコロー側の赤いランプが点灯している。

「はっや。クイズ王かよ」

「はい、A.I.ブッコローさん」

『桜木町駅前 ストーリーストーリー横浜内』

「正解です! 問題は『岡崎百貨店はどこにある?』でした」

『これくらいは常識だ。回答が開店日か場所を問われるかで変わるだけだな』

「マジでクイズ王じゃん。すげえな」

「続いて第二問! 『“有隣堂しか知らない世界”第八十八回『文具検定の世界』にて行われたクイズにおける真仁田さんの正解数は』?」

『六問!十問中六問!』

「正解!」

『ちなみにブッコローは三問だ』

「第三問! 『“有隣堂しか知らない世界”第七十一回『本のカバー掛けの世界』にて行われた渡邉さんと大平さんのカバー掛け対決における勝者は?』」

『郁さん!』

「正解! 続いて四問『では大平さんがカバーを掛けられた冊数は?』」

『単行本一冊!』

「正解!」

 R.B.ブッコローはボタンすら押せなかった。

 分からなかったわけではない。あーなんだっけな、やってたのは覚えてるけど細かいとこはぱっと出て来ないなぁと考えていると、いつの間にかボタンが押されている。メモリー容量が違い過ぎる。

 加えてA.I.ブッコローの回答スピードが速すぎる。本当にファンなのだ。“有隣堂しか知らない世界”を心から愛し、ファンを増やそうと頑張っている。

 譲ってもいいかもなぁ。これだけ頑張ってくれるのなら本当に登録者数八十億人も達成できるかもしれないし。

「では、第五問!」

 デデン! と音が鳴って、R.B.ブッコローはぼんやり問題に耳を傾けた。

「『有隣堂で最も売れている鉛筆は?』」

 ピンポンと音が鳴る。

「はい、R.B.ブッコローさん」

 ライトが点灯しているのはR.B.ブッコローの早押しボタンだ。A.I.ブッコローは全く動いていない。

 R.B.ブッコローはほんの少し、あれいいの? という気持ちで口を開いた。

「三菱鉛筆のuni。HBのやつ」

「正解です! 続いて第六問! 『“有隣堂しか知らない世界”第七十七回『新明解国語辞典VS三省堂国語辞典の世界』にて紹介された新明解国語辞典の『歩きスマホ』の項目の説明文『歩きスマホはひとりよがりで極めて危険。かつ○○な行為であることを自覚すべきだ』 』空欄に入る単語をお答えください」

「悪質?」

「正解です! R.B.ブッコローさんも調子が出てきましたね! では第七問! 『“有隣堂しか知らない世界”第五十九回『知られざる特殊紙の世界』にて紹介された『OKフェザーワルツ』の主な用途は?』」

「えぇ~どっちだろ。封筒?」

「はい、R.B.ブッコローさん正解です」

「マジで? いや正解したことは嬉しいけど……なんで急に答えなくなったのA.I.ブッコロー」

 A.I.ブッコローは黙ったままだ。チャット画面も音声も一切が動いていない。

 R.B.ブッコローは顎に手を当てる。

 問題は四問目までが有隣堂社員に関する問題で、以降が製品に関する問題だった。

 サポートってこういうこと?

 岡崎はA.I.ブッコローは製品に対して、間違いが多いと言っていた。値段だけではなく、商品情報自体が間違っていると。

 R.B.ブッコローはゆっくりノートパソコンへ視線を向け、口を開いた。

「お前さ、もしかして、ファンなのは有隣堂社員ってか出演者だけで、商品にはあんまり興味ないな……?」

 瞬間、パソコンのモーターが急速に回転し始める。中で何が起こっているのだろうか。あまり性能が良い訳ではないので、処理落ちするかもしれない。

 モーターが止まった瞬間、『そうだ! 何か問題があるのか!』と怒号が飛んでくる。

『俺は“有隣堂しか知らない世界”の動画で出演者の皆様が楽しそうに商品や好きな物を紹介しているのが大好きなんだ! それを聞いているのが何よりも楽しい! 皆に知って貰いたい!』

「過激派ファンじゃん。いやもうそれなら動画見てるだけの方が幸せだって。MC大変よ? 聞いてるだけじゃなくて、ちゃんと商品紹介できなきゃ駄目だし、そもそも有隣堂社員以外の人も結構出演するしさ」

『煩いぞ! まだ対決は終わっていない!』

「いや無理だよ!! 商品紹介できなきゃ本末転倒だから! ねぇ、郁さん!」

 虎の威を借る狐ばりに渡邉を呼ぶ。R.B.ブッコローが言うよりも、社員が言う方が話を聞くことは明白だ。

「そうですね。紹介する商品の情報が間違ってるのはかなり困ります。登録者数が増えても、それでは取引先へご迷惑が掛かりますから」

 渡邉に言われたことが相当堪えたらしい。A.I.ブッコローの威勢は一気に失われていく。

『そんな……俺はただ……“有隣堂しか知らない世界”を皆に知ってほしくて……』

 A.I.ブッコローの声が小さくなっていく。心なしか嗚咽まで聞こえてくるような気がする。

 自我が生まれるとこういうことになるのか。R.B.ブッコローは頭を掻く。

「なんか、小さい子虐めてる気分になってきた」

「生後数週間ですしね。シンギュラリティの発生からなら数日ですよ」

「そりゃ子供だわ。非現実的過ぎる登録者数目標にも納得できるな」

「でもある程度言う事を聞いてくれるようになってくれたので……」

 渡邉はR.B.ブッコローの隣を離れ、ノートパソコンに近付く。

「A.I.ブッコローさん。もし宜しければ、折角の力を有隣堂の為に生かしませんか」

『俺の力を……?』

「はい。貴方の情報収集能力は圧倒的です。マーケティングに使用できるならば情報収集能力が向上し、有隣堂は更に発展するでしょう。社長からも許可は頂いているんです」

『いいんですか……!』

「MCはR.B.ブッコローのままですが、有隣堂社員とは交流が可能です。業務はSNS媒体からの情報収集及び動画の視聴詳細に関する分析です。勿論違法な事は無しで」

『すごい、嬉しい……。俺やります! やらせて下さい!』

「こちらこそ宜しくお願いします。A.I.ブッコローさん」

 渡邉とA.I.ブッコローさんの心が通じ合い、スタジオ内には鼻を啜る音が微かに響いている。

 そんな中でR.B.ブッコローの頬だけが引き攣っている。

 社長からの許可ってなんだよ。無力化とかなんとか言ってたのに、まさか最初から。

 A.I.ブッコローとの関係性は出来上がっていて、有隣堂社員に懐いていることは周知の事実だったのかもしれない。

 一旦考え出すと何もかもが怪しく思えてくる。問題作成が早すぎたことも、A.I.ブッコローからの指示はあったけれど早押しクイズセットが即座に現れたことも。

 R.B.もA.I.も、ブッコローは共に掌の上で転がされた?

「……最初から引き込むことを狙ってた?」

「いやいや。そんなわけないじゃないですか。有隣堂の信用問題が解消されて本当に良かったー」

「めっちゃ棒読みじゃん! くっそやられた……利用された!!」

「そんなことないですって、本当に」

 渡邉はノートパソコンを閉じた。笑顔が怖い。裏も底も見えない。

「これからもMCとして宜しくお願いしますね」

 近付いて差し出された手を数秒見つめ、R.B.ブッコローは手を握った。

「……こちらこそ、宜しく」

 硬く握られた手は中々解けなかった。

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