2、協奏のキャストライト

64、学友団と音楽祭


 夏の始まり。

 窓からは太陽の光が差し込み、部屋中が明るい。

 

 誕生日を控えた青国王女フィロシュネーの『学友団』の茶会の席は、お揃いの髪飾りとメダルをつけた令嬢たちが集まって、和やかな雰囲気だ。学友である令嬢たちには、蘇芳すおう色のリボンの先に輝く銅メダルが授与されていた。皆、誇らしげにメダルをつけている。メダルには『当て馬研究会』と書かれていたりするのだが。


「お兄様が最近、優しいの。昨日は魔宝石を時限式で爆発させる魔法を教えてくださったし、今朝は王族秘伝のお薬の瓶をくださったのよ」

 フィロシュネーは紅茶のカップを優雅に傾けた。透明度の高いストレートの紅茶は、林檎の香り付けがされている。

「お父様の喪が明けて即位式をするでしょう? お兄様ったら、わたくしのお誕生日のお祝いもできていなかったから、即位式と一緒にしようかって仰ったのよ」

 青王の死に際して喪が守られ、公式行事や祝賀行事を控えていた青国は、これから新青王の即位式が行われる予定だ。兄アーサーは、春生まれの王女の誕生日が紛争のために祝うどころではなかったのを可哀想に思い、改めて祝おうと言ってくれたのだった。

 

「フィロシュネー殿下、おめでとうございます! プレゼントを贈ってもよろしいですか?」

 学友のセリーナ・メリーファクト準男爵令嬢が目をきらきらさせている。

「もちろん! 楽しみにしていますわ」

 フィロシュネーはニコニコしながら紅茶のカップを置いた。セリーナと競うように、他の令嬢もお祝いの言葉を贈ってくれる。

「婚約者候補の方々がどんなプレゼントをくださるのかも楽しみですわね、殿下」

「紅国の音楽祭にも参加なさるのでしょう? セリーナ様がピアノを、フィロシュネー殿下がミニハープを演奏なさる予定で」 


 フィロシュネーは頷いた。若干の不満を心のうちに隠しながら。

「わたくしの婚約者候補筆頭の方は、青国にはいらっしゃらないようですけどね……紅国はリュウガイに遭われているのですって」

 リュウガイってなにかしら? 学友たちが不思議そうにしている。

 問われても困る。フィロシュネーも知らない。

「お兄様はそれを知って、わたくしの音楽祭への参加を取りやめにしようかと悩んでおられるようなのですが、わたくしは参加するつもりですの」

 フィロシュネーが確固たる意志をみせれば、セリーナが応えてくれる。

「私、どんなトラブルがあってもフィロシュネー殿下が参加なさるならお供します。紅国の文化には前から興味もありますし」

 セリーナは父親の影響か、他国への興味関心も高い。とても乗り気だ。一方、他の学友たちは。

 

「わたくしも、お家の都合がよければお出かけできたと思うのですが」

「私は月のものが不順で遠出が不安ですの」

「わたしは北国なんて怖くて怖くて……」

 

 言い訳をしている。オリヴィア・ペンブルック男爵令嬢、アンナ・ブラックワーン伯爵令嬢、フェリシア・オルダースミス男爵令嬢、マリアンヌ・デヴェリック公爵令嬢、カタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢……学友たちは、ほとんどがあれこれと理由をつけて同行を辞退していた。

「いいのよ。無理はなさらなくても」

 ほとんど空国としかマトモな国交がなかった青国の貴族令嬢たちは、ちょっぴり紅国に怯えていた。

 これまでは、ある意味で呪術師オルーサが「こらぁ。俺様の国に入ってくるなー!」と外から守ってくれていたともいえるのだ。それがいなくなった今、亜人や異文化が流入しまくり、情報遮断されていた真実が飛び交って、国側がそれを「そんな真実はなぁい!」と誤魔化して……紅国に「めっ」されたりして、と、なかなかカオスな情勢なのである。


「未知の世界って、怖いですわよね。わたくし、わかりますの……でも、ちょっとわくわくする気持ちもありません?」

 フィロシュネーは学友たちに微笑んだ。

 

「ええ……怖いけど、わくわくする気持ちもあります」

「わ、わたくしも」

「わたしもです」

 ――みんな、首を縦にしてくれる……。

 

(同調するよう圧力をかけたみたいになってないかしら?)

 フィロシュネーはこっそりとそれを案じつつ、お菓子に手を伸ばした。

 フィロシュネーの意見には、みんなYESを返しがちだ。王族相手にNOは言いにくい。当たり前だ。

 以前は「わたくしが一番偉いのだから、当然! みんなわたくしを崇めなさい!」と思っていたものだが、こうして同じ趣味を持つ学友団を作って「お友達」と呼んでいると、たまに気になるのである。


(怖いが勝るか、ワクワクが勝るか。それは、個人差がありそうね。そういうのを個性というのかしら)

 

 みんなで囲むメインテーブルには、可愛らしい見た目のお菓子が並んでいる。

 

 アソーテッド・クッキーにはチョコレート色やベビーピンク色の生地にミルク色で動物の足跡を描いてあり。

 オレンジチーズケーキは真ん中にピンク色のチョコレートの花が乗っている。

 ふわふわのブリオッシュサンドは、生地の上にラズベリーを小さくカットした粒がトッピングされて。上からさらさらの雪みたいなシュガーパウダーをまぶしてあって、カスタードホイップにオレンジピールが混ざっている。


(わたくしばかりが話していては、いけないわ。聞き役になりましょう) 

 お菓子とお茶を楽しみながら、フィロシュネーは他の令嬢に話を振ってみた。

 

 学友たちが話すのは、だいたいが「最近読んだ恋愛物語の感想」や「婚約者の惚気」だ。

 

「私の婚約者はアインベルグ侯爵家の嫡男で、私に毎朝カンパニュラの花束を届けてくださるのです。それも、手書きの情熱的なポエムがつづられたメッセージカード付き!」

 オリヴィアが婚約者自慢をしている。

「うう、うらやましいです」 

 セリーナは羨ましそうにしながら自分の婚約者の話を打ち明けた。

「私の婚約者は紅国の伯爵家の公子様なのですが、どうも私以外に想い人がいるようで……婚約破棄になってしまうかもしれません」


 学友たちがザワリとする。心なしか、惚気話の時より反応がいい。


「まあ、婚約破棄」

「想い人が……おつらいですわね」

「家同士が決めた婚約なのに? やっぱり商人だから? あっ、いえ、身分を蔑んだわけではないのです、おほほほ」 


「私、最初の方のお手紙では心弾む文言をいただいていたのです。それが最近になって『惹かれてはいけないと思いつつ惹かれてしまう方ができました』などと書いて……」

 セリーナは哀し気に「メアリー・スーン男爵令嬢というらしいです。紅国では有名な方みたい。すごくモテるのですって」とハンカチを取り出して、はむっと噛んだ。


「ええっ!? 婚約者へのお手紙に馬鹿正直にそんなことを書いてきますの?」

「そのお手紙、証拠にして婚約破棄ですわね。違約金……慰謝料を請求しましょう、商人らしく! あっ、商人を馬鹿にしてるわけではないのですわよ?」

「やり直しの魔道具を探して婚約者とやり直すとかロマンがありますわ〜!」


 学友団が大盛り上がり。みんな婚約破棄ジャンルの恋愛物語を嗜んでいるエリート令嬢たちなものだから、対策もバッチリだ。たまに夢と虚構の区別があやしい発言があるのは、ご愛敬。


 セリーナはハンカチを噛みながら「やっぱりあり得ないですよね、ふええん」と唸っている。

「あら、セリーナ様。ハンカチは食べ物ではありませんわ」

「むぐぐ……悔しさを持て余しておりました」


 セリーナは、悔しいとハンカチを噛む――学友について理解を深めつつ、フィロシュネーは立ち上がって扇をぱらりと広げた。


「男爵令嬢がなんです。婚約者は、セリーナ様でしょう。紅国と青国の友好のために家同士が決めた婚約なのに、浮気するなんて。非がどちらにあるか明白です」


 思えば、似たような被害者が何人もいる。

 紅国ってどうなっていますの? 浮気大国ですの? 不倫国家なのですか?

 もしかしてわたくしの誕生日に駆け付けないサイラスも、今頃浮気しています?


「違約金! 慰謝料! 大いにふんだくりましょう!」

 フィロシュネーは心に怒りの炎を燃え上がらせた。


「あちらの国がどれだけ不倫や浮気に寛容なのか存じませんが、浮気、だめ、絶対! わたくしフィロシュネーは、紅国の不届き者たちに正義を執行してやりますっ!」


「きゃあ、フィロシュネー殿下〜! 紅国をやっつけましょう!」

「やだ、紅国をやっつけるって言い方だと外交問題になっちゃいますわ」

「うふふふ、モラルがなくて野蛮な紅国なんてやっつけて、支配してやればいいのですわー!」


 学友団が変な方向に盛り上がっている。この発言の数々は決して外に漏らしてはいけない――。

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