63、女王の百合寵姫ハーレムと誕生日に年齢が下がるヒーロー


 王女フィロシュネーを狙って、建物の影から武器を持った数人が躍り出ようとする。潜んでいた青国の反王族派だ。だが、フィロシュネーの視界に凶刃が入るより先に、同じく潜んでいた青国の騎士たちが仕事をしている。


 ――これはつまり、囮だ。


「俺の預言者ときたら、妹を城下に連れ出して」

 フィロシュネーの兄、王太子アーサーは整った顔をしかめた。

「ダーウッドめ、絶対わざとだ」

「アーサー王太子殿下、賊はひっ捕えましてございます。ご安心ください」

 氷雪騎士団の騎士がアーサーの手元に視線を向けている。仔犬が怯えたような気配なのは、アーサーの手が長い槍を握りしめているのが物騒に思われたのだろう。

「ご苦労」

 もう少し動くのが遅かったら槍を投げていた。そして、賊の足元で派手に爆発させていた。王太子アーサーにとって槍とは爆発させる道具なのだ。アーサーは気を落ち着かせるように息を吐いて従士に槍を渡し、周囲を安心させた。

「引き続き、氷雪騎士団は妹に従うように」 

 妹は氷雪騎士団を自分が好きに動かせる騎士団だと思っているが、氷雪騎士団の指揮官は、実はアーサーなのだ。アーサーが「妹に従え」と命じているのである。


「妹には、しばらく城から出るなと伝えるように……いや……」

 紅国から、音楽祭とやらの招待があったはず。婚約者候補にも会えるとあって、フィロシュネーはクスフル外務大臣を味方につけて「わたくしは王族として外交に参ります!」と主張していたのだ。

「他国のほうが安全なのかもしれないな」  

 アーサーの情けない思いが、雨垂れめいて空気を震わせる。

 

 青国の国内は、落ち着いていない。

 強い権力を持つ王族への畏敬はあるが、求心力は落ちていて、クーデターの火種がそこかしこにあるのだ。


 妹姫フィロシュネーに視線を向ければ、アーサーには気づかず預言者ダーウッドと何かを話し込んでいる。そばには、空国からの悪い虫、もとい婚約者候補がいる……。


「あの男に槍を投げてはいけないだろうか?」

「殿下、それはいけません、あの方は隣国の」

「わかった上で槍を投げたい、爆発させたい」

「殿下!」


 槍と爆発は我慢しよう。

 王太子とは我慢の上に成り立つ役職なのだ。

 

「空国の預言者ネネイは預言者の役目を放棄して行方をくらましたらしいが、ダーウッドはよく残ってくれている」

(俺には預言者がついているのだ。俺は預言者に王の資格があると認めてもらっている正統な青王なのだ)

 アーサーはメンタルに悪い『妹にひっつく虫ハルシオン』から目を逸らして優しく眼を細めた。不老症の預言者の役目とは、長く生きることで得た知見や神秘なる預言の能力で絶対の権力を持つ王の補佐をすることだ。アーサーはそう教わっていた。青国の預言者ダーウッドは、父クラストスが生まれるより前から預言者をしている。王太子であるアーサーにとっては、預言者が自分を支持しているという事実が何よりの自信につながっていて、空王のように預言者に見放される事態は何よりも避けなければいけないことだった。


『アーサー、男子たるもの本はそれほど読まなくていい。お勉強もしなくていいぞ。昼は元気に槍をふり、夜も元気に腰を振れ。王太子の仕事はそれでいい。頭を使うことは、有能な臣下に任せるのだ』

 父の顔をした呪術師オルーサは、アーサーを無能に育てるための教育を施していた。

 ゆえにアーサーの幼少期から少年時代の初期は、かなりの脳筋王子だったのだ。妹フィロシュネーが恋愛物語に浸かっているのをみて「本は女の読み物だ」とまで思っていた。

 

『この本を読みますか殿下? お父様には内密に。他国の本ですぞ』

 父の臣下である預言者ダーウッドが槍馬鹿だったアーサーに声をかけたのは、ちょうどアーサーがダーウッドの秘密を知った直後のことだった。

 

 預言者ダーウッドには、身体的な欠陥がある。彼、あるいは彼女には、性別がないのだ。

 そのせいで父クラストスに『出来損ない』と呼ばれていたのを、アーサーは聞いたのだった。

 

『俺に、本を? 父に内緒で?』

 

 ――ダーウッドは父に反発心を抱いているに違いない。それで? 王子の俺に本をくれた理由は?

 

 アーサーの胸には、ふつふつと好奇心が沸き起こった。

 本の装丁を撫でて、最初のページをひらいたとき、ほんのわずかにアーサーの心に波紋が生じた。槍を木に立て掛け、木影で本を読む時間は「父に逆らっている」「それを預言者がけしかけたのだ」という意識がスパイスとなって、とても興奮した。そして、本の中には未知の世界が広がっていた……。 


「預言者ダーウッドを後で俺の部屋に呼ぶように。フィロシュネーを囮にした件を注意したいのと、……フィロシュネーを他国に外遊させることについて意見を伺いたい」

 追憶を振り切るように頭に手をあてて、アーサーはそう命じたのだった。

  


 * * *


 一方、紅国では女王の騎士になったサイラス・ノイエスタルが色鮮やかなドレスを身にまとった女性たちに囲まれていた。全員、女王の寵姫たち――アリアンナ・ローズの百合ハーレムだ。


「わらわの百一人の寵姫たちと企画しました、わらわの騎士ノイエスタルの恋を影からひそやかに見守り、応援する会です」

 

 影じゃない。

 ひそやかでもない。

 サイラスはそんなツッコミを呑み込んだ。

 

 女王アリアンナ・ローズは語る。

「わらわの寵姫の中で、殿方も好む者、恋愛物語をたしなむ者を特別に選抜しました」

 選ばれし寵姫たちは、誇らしげな目をしていた。

 

「身分差に加えて歳の差まで。大変ですわ」 

「ライバルが二人もいるんですって」

「わたくしたちの力で、なんとしてもノイエスタル様を勝利させましょう」

「燃えますわ」

  

 桃李とうり姫、木蓮もくれん姫、飛鳥あすか姫、雛菊ひなぎく姫、かえで姫、瑠璃るり姫、はぎ姫、花梨かりん姫、白薔薇しろばら姫……、女王直々に寵姫としての称号を賜った姫たちは、盛り上がっている。とても楽しそうだ。

 

「あちらの姫君は、恋愛物語がお好きらしいのですよ」

「すーぱーだーりん、というのが流行っているのですわ」 


 フィロシュネー姫の趣味が紅国にも伝わっている。調べられている――。

 目の前に積まれる礼儀作法の教本。そして恋愛物語の本。従士ギネスが壁際に退避して「がんばってください」と旗を振っている。

 

「礼儀作法は完璧に。優雅に、上品に」

「優しく、でもたまに強引に迫ってドキドキさせてほしいですわ」

「やっぱり、ハイスペックなのは大事だと思うの!」

「完璧で優しい私だけを溺愛する王子様……」

「何でもできて、絶対味方で、頼れるのです」

「家柄がよく、教養があって、将来も安泰で。もちろん外見も大事ですわ」


 礼儀作法や教養を教えてくれるらしき教師が何人も手配される。覚えやすいように腕章をつけている。礼儀作法担当、話術担当、スマイル担当、格好良いポーズ担当、口説き文句担当、ポエム担当……。 


「でも、十四歳の差はちょっと厳しいかしら。我が国では男性が未熟な女性をたぶらかす案件について繊細なのです」

 女王が統治する国は、女性を守る国として舵取りされているのだ。

「生物的な性質として、雄というのは子供を産む能力がある若い雌には惹かれるものであり……」

 いつの間にか招かれている学者だか医者だかが語り始めている。発情中の動物の雄を観るような視線がいたたまれない。

 

「ノイエスタル様は政略的意図で青国の姫を狙っておいでですの? それとも若い姫の体目的ですの? それとも中身を好ましく思っていらっしゃいますの?」

「木蓮姫、俺は政略の意図もなく体目的でもなく……」

「精神的な純愛ですね!?」

「妹のような……護衛対象のような……」


 そうだ。妹に近いのではないだろうか。

 俺に懐いていて、俺に一緒にいて欲しいと言っていた、亡くなった妹に。


 ――では俺は、亡き妹の願いを叶えられなかった罪滅ぼしみたいに、妹に似た姫と一緒にいようと思うのだろうか?

 

 そうすることで、妹への罪悪感が薄れる?

 そんな理由? そんな自分勝手な理由?

 そこには、あの姫が欲しがる『恋愛物語のヒーローみたいな溺愛』がないではないか?


 ――あるいは、見返してやりたいとでも思ったのだろうか。青国の連中を?

 俺は結局、あの台本のように「姫のことは愛さない」のだろうか。それはあの至高のお姫様にはふさわしくなくて、可哀想ではないだろうか。愛は大前提なのではないだろうか。


 ――では、愛とはなんなのか。

 単なる好意と、特別なそれはどう違うのか。妹を想う気持ちとどう違うのか。性愛ならまだわかりやすいが、それとも違う精神的な純愛とは?

 俺の中にそれはあるのだろうか。


「……俺を慕ってくださるのが可愛いと思ったのです……」

 

 可愛いと思う気持ちはあるのだ。

 守ってあげたくなるのだ。

 大切に思う気持ちはあるのだ。

 心配する気持ちもあるのだ。


 歳が離れすぎている。身分が違う。そんな相手を想うと、自分がふさわしくないと思う気持ちもとても大きいのだ。

 ハルシオンの方がふさわしい。

 シューエンの方がふさわしい。

 そんな思いがどうしても心のどこかで影を落とすのだ。


「受け身ですわねノイエスタル様? 弱気ですわねノイエスタル様? スパダリにはイマイチですわよ」


 イマイチとは。スパダリとは。

「俺にスパダリは向きません」

「その諦めちゃう感じがダメです!! もっと希望を胸に抱いて!! 諦めないで。もっと熱くなって」


 困り顔でいると、別の寵姫が助け舟を出してくる。

 

「年齢は詐称してもよいのでは? ノイエスタル様はお誕生日も定かではないのでしょう?」

 ――方向性があやしい助け舟だが!

「それはとても素敵なアイディアですわ!」

「いいわね! では思い立ったが吉日、ハッピーバースデー!」

 えっ――?

「今日がノイエスタル様の誕生日です! 二十七歳のお誕生日おめでとうございます!」

「来年のお誕生日には、二十六歳になるのですわ」

「きゃっ、素敵」 


 壁際の従士ギネスは「おもちゃですね」と素直な感想をこぼしていた。

 

「減らせなくなったらどうしますの?」

「そこから今度は年齢を増やしていきましょう」

「楽しい……!」


 女王アリアンナ・ローズは「いいのですか」と一応サイラスの意見を聞いてくれる。

「寵姫様が楽しそうでなにより」 

 サイラスは無の心境に達して、スマイル担当の教師が教えてくれたばかりの「とりあえず浮かべておく」用無難スマイルを浮かべた。

 

「きゃー! ノイエスタル様がスマイルをマスターなさったわー!」

「素敵じゃな~い!」


 寵姫たちが喜んでいる。大喜びだ。これでよかったらしい。スマイル担当の教師も褒めてくれている――!

  

 こうしてサイラスはこの日、『誕生日に年齢が下がる』という稀有な設定を手に入れたのであった。


 

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